「坂田さん、…やっと会えましたね」

茶室の中心に座るその姿に胸が熱くなる。

「ずっと会いたかったんです。早くお礼を言うべきなのに…遅くなってしまって申し訳ありません」

軽く纏め上げた夕色の髪に淡紅色の浴衣、かたらは三つ指をつき頭を下げた。

「坂田さんには命を救われました。この恩は返そうと思っても簡単に返せるものではありません…だからこの先、坂田さんのために何か力になれることがあるのなら、わたしは喜んでこの身を捧げます」
「ちょ…何もそこまでかしこまらなくていいから!あと男の前で身を捧げるとか軽々しく言うんじゃねーよ?誤解するから!銀さん誤解しちゃうからねっ?」
「どう受け取られてもかまいません。命の恩人に誠心誠意、尽くしたいと思うのは至極当然のことです」
「!……」

銀時はかたらの傍に寄って膝をついた。

「いいから、頭を上げろ」

言って肩口に手を乗せると、かたらはそろそろと顔を上げた。どことなく艶やかなその表情に一瞬ドキリとしつつ気を静める。間近にかたらの存在があって、更に触れることができるなんて、いつ暴走してもおかしくない状況を自ら作ってしまった。迂闊だった。

「坂田さん……」

少し頬を染め、潤んだ瞳で見上げてくるかたらに理性が削られていく気がしてならない。銀時は欲望を誤魔化すようにかたらの肩をポンと叩いて離れ、用意された座布団に腰を据えた。

「命の恩人って言ったな…だったら俺も、お前に誠心誠意この身を捧げなくちゃならねェ」
「!…それは…」
「昔、戦じゃお前に何度も危ないところを助けてもらった…俺たちゃ互いに護り護られやってきたんだ。お前の背中の傷も……俺を庇ったせいで付いた傷だからな」
「そう…だったんですか…」
「そーいうこった。だから、かしこまる必要はねーし、これからもよろしくっつーことで」

手土産に買ってきた和菓子を包みから取って差し出す。昔かたらがよく好んで食べていたものを選んできた。今でも好きかどうかは分からない。

「…和菓子!わたしの好きなものばかりです!」
「そうだろーよ」

銀時はふっと笑みを浮かべた。和菓子の詰め合わせ箱には淡く鮮やかな生菓子、かたらは特に求肥を使ったものが好きだった。食の好みは昔も今も変わらないらしい。

「ふふ、わたしのために選んできてくれたんですね。ありがとうございます!今、お茶淹れますね」

かたらは傍らに置いてある盆に手を伸ばし、急須に茶葉を入れて湯を注いだ。それからの蒸らし時間の無言が落ち着かず、銀時は言葉を探す。

「…そーいや、お前に茶を淹れてもらうのも随分と久し振りだ…」
「昔もこうやって坂田さんにお茶を出していたんですね、わたし……でもお茶の味はきっと違うと思います。このお茶は坂田さんのために選んだものですから…あともう少し蒸らすのでちょっと待ってくださいね」

浸出時間が長いということは上級茶に違いない。そういう知識も昔かたらに教わったことだ。まだ子供だった頃、松陽先生がどこかで貰ってきた一級品の茶葉をかたらが淹れて出してくれた。あの時は普段飲む茶と味がまったく違っていて驚いたものだ。
目の前にいるかたらは昔と変わらず、ゆっくりと二つの茶碗に茶を廻し注いでから茶托に乗せ、点前に出してきた。

「どうぞ」

菓子皿も添えて、かたらは視線を下げたままに銀時が茶を口にするのを待つ。銀時は茶碗を手に取って口付け、啜った。

「……甘い…な」
「玉露です。渋みがないでしょう?坂田さんは渋いの苦手そうだと思ったので、甘みのあるものを選んでみました」
「よく分かってんじゃねーか。でも、お前が淹れたモンなら安い茶だろーが高い茶だろーが何でも美味く感じるかもな…」
「?…それって…」
「イヤ!深く考えなくていーから!き、気にすんなよ?」
「それって、………」

口を噤んだかたらの頬が赤くなるのを見て、銀時は焦った。あれだけ鈍感だったのに、ここにきて感情を察しているのだ。銀時の想いに気づき、それを言葉にしたなら自惚れになってしまう。故に口を噤んでいるのだろう。

「………」
「………あの、坂田さん…怪我の具合はどうでしょうか…?」
「へ?ああ…腕の傷は大したことねーから心配すんな…昔からこーいう怪我にゃ慣れてるし、塞いじまえばすぐに治る」
「すみません…わたしのせいで…」
「迷惑かけたって?…別に迷惑でも何でもねーし、いい加減他人行儀な物言いはやめろよな」
「そ、そうですね。気をつけます……ところで、神楽ちゃんと新八くんは元気ですか?」

自ら話題を振ってくるかたらの様子がどうもおかしい、と銀時は考えた。何か意識されているような…もしかして、もしかするのかも…しれない。

「あー…あいつらは元気ありあまってっからなぁー」
「よかった。また、みんなで遊びに行けたらいいんですけどね…」
「行けんだろ?そーそー来週七日の夜、かぶき町で七夕祭りがあるんだわ。一緒に行かねェ?」
「!…ふたりで、ですか…?」
「………」

めちゃくちゃ意識してんじゃねーかァァァ!!と心の中で叫ぶ。何これ春?春が来たの??

「あっ、違いますよね!神楽ちゃんと新八くんも一緒ですよね…」
「……つーか何?かたらは俺とデートしたいワケ?」
「えっ…そ、そういうつもりじゃ…」
「違うの?俺とはイヤか?イヤなのか?」

何言ってんだ俺はァァァ!!そう思っても勝機があると確信した途端、口から勝手に言葉が滑り落ちていく。S属性の困ったところで、これは相手が降参するまで止まらない。降参しても止まらない場合も無きにしも非ず、だ。

「あのっ、そういうわけじゃ…」
「あーそう、イヤなんだ」
「え!?ちが…違いますっ、わたしは…」
「なに?わたしは?」

頬を染め困った顔を見せるかたらが可愛くて、懐かしくて、愛おしい。

「いやなんかじゃ…ないです…」
「じゃ俺とデートしたい、って言ってくんない?」
「!……っ」
「俺はかたらとふたりっきりでデートしてェけど?誰にも邪魔されずにな」

こっちが素直に気持ちを伝えれば、どう出るだろうか。かたらは視線を逸らし俯くと、少し拗ねたように唇を尖らせた。

「…無理です…わたしだって坂田さんとデートしたいです……でも無理なんです。副長が認めないでしょうし、わたしには必ず護衛人が付きます。だから、ふたりきりには…」
「素直になったと思いきゃコレだ。たまには羽目外してイイ子ちゃんやめたらどーだ?」
「………」
「だったら、鬼の副長説得して祭りに連れて来いよ。その後のこたァ任せろ、俺に考えがある」
「……わかりました。坂田さんがそう言うのなら…わたし、副長にお願いしてみます!」
「その意気で頼むぜ」

話がまとまって、銀時は出された菓子を口にして茶を啜った。ホッと一息ついたところで本来の目的を思い出す。さて、どのタイミングで暗示を解くか…

「よく考えてみれば…今、坂田さんとふたりきりでした、ね…」

かたらは完全に乙女モードというかそういう雰囲気から抜け出せない様子だった。命の恩人が異性の場合、惚れやすいとは聞くが果たしてそのパターンなのだろうか。

「ふたりきりでもこの場所は落ち着かねェ、何が仕掛けてあるか分かったモンじゃねーし」
「大丈夫です。ちゃんと隅々まで確認しましたから、プライバシーは守られています」
「なら何してもバレねェってことだな」
「!!」
「…ちょっと、かたらちゃん…何で動揺してんの?何か期待してたの!?」
「いえ、期待なんて…わたし…」
「言っとくけど、さすがにここでナニかする気はないからね?つーか物事には段階というものがあってだな、ちゃんと順序を踏まえていかねーとダメだろ?」
「そう…ですよね…」

苦笑を漏らし誤魔化すかたらを見て確信した。かたらから告白できるはずもないのだ。かたらはちゃんと過去の、忘れてしまった恋人のために…否、記憶を無くした自分のために一線を引いている。それで自身を縛っているから自由に踏み出せないでいるのだ。
そんな記憶喪失に苦しみ悩むかたらを揶揄した自分が許せなくなって、銀時は覚悟を決めた。

「かたら、お前に見せてェモンがある…ちょっと目ェ瞑っとけ」
「?…はい…」

『愛を告白するなら早めにどーぞ』沖田はそう言っていたが、その必要はない。何故なら今ここで、かたらの記憶を呼び起こすからだ。銀時は懐から取り出したものをかたらの手に握らせた。

「…目ェ開けていいぞ」

言われてかたらは目蓋を上げた。その瞳に鮮やかな黄色が映る。

「これは…水仙の花…ですね」
「ああ、造花だけどな」
「…あの…どうしてこれをわたしに…?」

やはり黄水仙を見ただけでは何も思い出せないようで、かたらは困惑して銀時に視線を戻した。

「こいつァお前の好きだった花で…俺たちにとっちゃ思い出の花でもある。黄水仙の花言葉、知ってるか?」
「え、と…花言葉は………!…あれ?…知っているはずなのに……どうして…」
「思い出せねーか…なら俺が教えてやるぜ。こいつの花言葉は…」

私の愛に応えて
私のもとへ帰って

黄水仙を見つめるかたらに愛しさを込めて言葉を贈る。これでいいはずだ。夕霧から教わった方法はこれで果たした。これでかたらの記憶も戻るはず…

「…かたら……思い出したか……?」
「はい?なにをです??」
「え……だから俺のこととか…お前の過去を……アレ?…もしかして思い出してない?」
「?…なにかこの花に仕掛けがあるんですか?もしかして…これは花を使った治療法なんですか?そんな方法があるなんて知りませんでした」
「………」

戻らなかったァァァ!!血の涙が出そうなくらいに絶望した。というか目の前が一瞬真っ暗になったから本当に血の涙が出ていたのかもしれない。





「造花だからダメだったんじゃないですか?」

新八の推測も銀時と同じだった。もし記憶が戻らなかった原因が造花にあるならば、本物の生花が手に入る時季になるまで半年はかかる。そんな悠長に待っていられない。

「それか花言葉が間違ってるか……何か、足りないのかも…」
「何が足りねェってんだよチクショー…」

銀時はソファに突っ伏したままにぼやく。さっきから夕霧に対しての愚痴ばかりこぼしていた。教えてもらった方法がかたらに効かなかったせいで、かたらを万事屋に連れて帰る計画が失敗に終わったのだ。不貞腐れるのも無理はない。

「銀ちゃん、こーなったらもう七夕祭りに賭けるしかないネ!私と新八でマヨ方を抑えとくから、銀ちゃんはかたらとふたりきりになって、そこでちゃんと告白すればいいアル」
「そうですよ銀さん!記憶が戻らなくたって、素直に気持ちを伝えればかたらさんだって応えてくれますよ」
「当たって砕けるヨロシ」
「骨は拾います」
「……フられるみたいな言い方やめてくんない?」


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