「旦那ァ今日退院だって聞きやしたぜ。はいコレ退院祝い」

昼前に銀時の病室を訪ねてきたのは沖田だった。
銀時はサイドテーブルに一旦置かれた紙袋を手に取り、中の包みを開けた。砂糖醤油の香ばしい匂いがすると思ったら、中身はみたらし団子だ。これは沖田が贔屓にしている茶屋のものだろう。

「わりーな、丁度糖分が足りなくて困ってた。ありがやくいははふへ」

しばらく口の中に広がる甘味に癒されていると、沖田がどことなく哀れんだような目を向けてきた。

「あ?…なに?」
「旦那、バレちまいましたよ」
「へ?…バレたって何が?」
「葉月が元攘夷浪士ってことでさァ」
「かたらは…」
「もう意識もしっかりして、歩けるくらいには快復してまさァ。けど、薬物を打たれてからの記憶は殆どねーそうです」
「…そうか」

それは予想していたから驚きはしない。むしろ一方的に契りを交わしたことが知れたら大問題だ。それより、かたらの過去がバレたとはどういう経緯なのか…

「葉月が土方さんに話しちまったんですよ。自分は旦那の幼馴染で、旦那と同じ攘夷浪士だった、ってね」
「…別にかまわねーよ、バレたって…どーせ。かたらは俺をただの仲間だと思ってるしよォ」
「そりゃあ記憶を失くした葉月にとっちゃそーかもしれやせんが、土方は違いやす。あいつァ旦那を疑ってますぜ」
「勝手に疑ってろってんだ。つーか俺のかたらに横恋慕するなんざ百年早ェんだよ」

これはもう一刻も早くかたらにかけられた催眠療法による暗示を解かねばなるまい。かたらの叔母・夕霧のおかげで解決方法はわかっている。記憶が戻った暁には、真選組を辞めさせて万事屋に就職…否、坂田銀時の嫁に永久就職してもらうつもりだ。

「で、沖田君。かたらにゃいつになったら会えんだよ。いつまで面会謝絶なワケ?」
「会いたきゃ無理矢理会いに行ったってかまいやせんが、葉月も数日後には退院ですぜィ。屯所に戻って落ち着いた頃、屯所内での面会を許可する、って土方が葉月に言ってやした」
「アイツ何様のつもりで」
「まぁ一応上司なんで、かわいい部下で尚且つ惚れた女となりゃあ過保護になるのも無理はねーです。それに葉月の出生が明らかになった上、その一族が天導衆に皆殺しにされてんですぜィ。こっちは松平公に葉月を見守るように言われてんでさァ、文句言わねーでくだせェ」

不本意ながら今は土方の方針に従うしかないだろう。真選組にならかたらを任せられる、そのくらいの信頼はある。でもそれは、かたらが記憶を取り戻すまでの話だ。

「チッ、仕方ねェ…今回は身を引くが、必ずかたらとの面会を取り持てよ。できるだけ早く頼むぜ」
「はいはい、了解しやした〜」
「ちょっ、マジで頼むから!お願いね!あとで300円あげるから!ねっ!」
「心配しねーでもちゃんとやりまさァ、んじゃ俺はこれで。……あーそうそう、葉月も会いたがってましたぜ。旦那に」



去り際に言われた台詞を真に受けて、銀時は馬鹿正直にかたらの病室近くまで来てしまった。それに気づいた山崎が銀時に声をかける。

「あ、旦那!かたらさんに会いに来たんですか?」
「分かりきったことを訊くんじゃねーよ」
「あの、かたらさんなら今診察に出てますよ。しばらくは戻らないみたいです」
「……そうか、ならいい」
「ってアレ?帰っちゃうんですか?旦那、ちょっと……」

やけにあっさりと踵を返す銀時の、その表情に一瞬の切なさを垣間見た山崎であった。そして時折同じ表情を見せる男をもうひとりだけ知っていた。

「旦那も、副長も…そんなにかたらさんのことが…」





消灯時間を過ぎてもベッドライトを点けたまま、かたらはサイドテーブルに向かっていた。
見つめる先には一枚の紙…謎の男に渡された手紙には地図が描かれていた。市街地から外れたとある山麓の茶屋への道順である。それから一番下に名前も添えられていた。

「天青…てんせい……」

男の名を口にしてみても思い出せることは何ひとつなく、かたらは小さく溜息を漏らした。
今回の事件、誘拐された当事者として詳しい説明を受けたのはつい先日で、攫われた原因がまさか自分の出生に関係しているとは思わなかった。一族の素性も明らかになり、夕霧という叔母の話も聞いた。けれど、両親について知ることはできなかった。

『俺は昔……お前の家族を…父と母を殺した者だ…』

謎の男、天青という者が本当に自分の両親を殺したのか…それを確かめる術はない。

『どうか…俺を終わらせてほしい…』

罪を告白し、許しを請うこともなく、罰を求める…その切実な声がただただ耳に残っていた。
例えば、もしも今すぐに記憶が戻ったなら自分はどうするだろうか。親の仇を討つのだろうか。果たしてそれで恨みが晴れるのだろうか…

「違う……そうじゃない……」

記憶のある自分。記憶のない自分。それぞれが別の人格のような考え方がそもそも間違っているのだ。わたしはわたし、今を生きている自分がわたしなら…わたしが決める。それでいい。だから、わたしが下す決断は…



***



その日の山崎は隠密裏に動いていた。これは真選組の仕事ではなく、むしろ仕事をこっそり抜け出して、とある山麓の茶屋へと向かっていた。

『今度、副長のおつかいで買い物に出かけたときに山崎さんに奢ります。食べたい物も欲しい物も奢りますから、どうかお願いします』

かたらの潤んだ瞳を思い出すと、胸がキュッとして痛い。それって恋?恋なの??そう思うと同時にあるふたりの人物、その顔がちらついて山崎は思念を振り払った。今はかたらに頼まれたことを遂行するのみである。
懐にあるかたらから預かった手紙、これをある男に渡すだけの簡単なお使いだが、内密にと頼まれていた。本来なら即刻上司である土方に報告すべきことで、かたらにそれとなく示唆するも…

『わたしがここを抜け出したとして……困るのは誰でしょうか?』

ふわりと微笑む姿を思い出すと、心臓がキュッとして痛い。それって脅し?脅迫なの??そんなことをされたら、あるふたりの人物、というか土方と銀時に殺されてしまうだろう。それはイヤなので、山崎は詳細も何も訊かずに承服したのである。

そんなこんなで目的場所の茶屋に到着、天青という名の男を捜していると、店主が奥の間へと案内してくれた。そこで山崎が目にしたのは床に臥している病人…というよりは怪我人であった。

「あ、あの……あなたが天青さん?ですよね?」
「……そうだ…」

その顔半分が包帯で覆われていたが、片方の眼はしっかりと山崎を見据えている。

「あのっ、かたらさんから、あなたに手紙を渡すように頼まれているんです…っ」
「!………」

天青はゆっくりと上体を起こして山崎に向き合った。掛け布団がずり落ち、着崩れた襦袢の下にも包帯が見えた。鳩尾付近を負傷したのか痛々しく血が滲んでいる。でも怪我はそれだけじゃなかった。

「これをっ…」

山崎が手紙を差し出すと、天青が手を伸ばしてきた。その腕も手の指までもが包帯に包まれていて、そこから皮膚が焼け爛れたような臭いがした。これは火傷…よくよく見れば男の体のあちこちにケロイド状の痕があった。

「…すまない…」

天青は震える指先で手紙を受け取り、書面に目を通していく。時折苦しそうに息をつきながら全て読み終えた後、山崎に言った。

「手紙を届けてくれて…ありがとう……すまないが、かたら殿に伝えておいてほしい…」

そこに幾ばくかの切なさが見えて、この男も同じなのだと気づいてしまった。

「承知した、と…」

ああ、かたらさん…あなたって人は一体どれだけの心を盗んできたんですか?


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