とある料亭の座敷にて、男四人が顔を付き合わせていた。警察庁長官・松平片栗虎に呼び出され、近藤、土方、沖田が席に着いている。松平は口にくわえた煙草を一吸いしてゆっくりと紫煙を吐き出した。

「…おめーらにひとつ黙っていたことがあってなァ」

サングラス越しでも真面目な顔つきだった。これは何か厄介なことを言い出す前触れか、それとも…

「とっつぁん、黙ってたって…一体なにを?」
「だからよォ、かたらちゃんのことでハナシがあるわけよォ、おじさんはァ」
「オイとっつぁん、もったいぶらねェで早く言ってくれ」

土方が責付く。かたらの件ならば、今はどんな情報でも手に入れたかった。

「今回の誘拐事件でおめーらはもう知っちまっただろォ?かたらちゃんの出生についてなァ」

何故、かたらが攫われたのか。その理由を問い詰めた結果、得た情報は遊女の間で語り草になっている『夕霧の涙雨』とかいう恋物語から始まった。土方たちは日輪に協力を仰ぎ、検証すべく旗本記録から除籍された一族を調べている最中である。

「とっつぁん…かたらちゃんはやっぱり…」
「生まれは将軍直属の家臣、旗本良家…吉原で訊いた話は本当だったってことか」

言って土方は煙草に火を点ける。

「その通りィ、出生については目星がついてたわけよォ…まァ黙っていたのにもわけがあってよォ…一応、これは極秘扱いになるんだわ」
「極秘!?どうしてかたらちゃんが極秘扱い!?」
「どうしてもクソもね〜よォ、おめーらよく考えてみやがれィ…重追放と言いながら一族郎党皆殺しにされてんのにィ、その生き残りの存在が知れたらど〜すんのよォ」
「でも…当時のかたらちゃんはまだ幼女でしょ!?それを今更…」
「近藤ォ、連中を甘くみてね〜かァ?あいつらはどんな微々たる不穏分子も排除するだろ〜よォ」

松平の言う連中とは天人・天導衆と、それに従う幕府の一部を指している。

「だからよォ、おめーらはこれ以上深入りするんじゃねェ…おめーらがいくら秘密裏に調べようが、何を嗅ぎ回ってるかは何れバレちまうからなァ」
「…とっつぁんの言いてェことは分かった…葉月かたらの出生、その一族、当主の罪状を調査すりゃあ都合が悪くなる奴らがいるってことだな」

眉間にしわを寄せ土方は訝しむ。かたらの一族について詮索すればするほど、かたらの存在が危うくなる可能性があるというのなら、ここで手を引くしかない。松平はそれを警告するために会合を開いたのだろう。

「そ〜いうこったァ、かたらちゃんが本当に大事ならァこの件は解決したものとして処理しろィ…近藤ォ、わかったなァ?」
「……とっつぁんが言うならそうするさ」

答えながら近藤は土方と沖田に目配せした。二人とも小さく頷きを返し反論はない様子…だが、土方が軽く手を挙げた。

「とっつぁん、ひとつ質問していいか?」
「あん?何だ、トシ」
「葉月は記憶喪失になってから幕府医官の養女になった…そして義父を亡くしてからはとっつぁんが引き取った。それから幕府関する暗殺部隊、幕府要人の護衛を遂行してきたんだろ?葉月が当主の娘と瓜二つだってんなら、葉月の存在を疑い気づいた奴もいたんじゃねーか?」

松平は髭の剃り跡をガリガリと掻いて一拍おいた。黙っていても仕方がないと思ったのか、その口を開く。

「…まァ実は、ある要人の護衛ってェのが幼いかたらちゃんを知っている人でなァ、当主の親友だった男なんだがよォ…俺ァその人に頼まれて、かたらちゃんをおめーらに預けたのよォ」
「そいつァどーいう…」
「俺ァ最初からかたらちゃんを隠すつもりでェ、むさくるしい野郎共の中に放り込んだんだってばよォ」
「はあぁ!?イヤどっちも危険じゃねーか?むしろ目立つし!」
「まー葉月は強いからアッチの心配はねェとして、入隊をマスコミに披露しなかったのはそーいう理由だったワケですねィ」

沖田も少なからず疑問に思っていたらしい。

「マスコミ連中には俺が釘ィ刺してある。だから一切かたらちゃんのことは報道されねェのよ」
「裏で揉み消してたのはとっつぁんか、どうりで周りが騒がねェわけだ」

しかし、今回の件でかたらの存在は多少なりとも認知されただろう。それでも幕府内部に身を置くよりは、元はゴロツキ浪士、チンピラ警察と揶揄される真選組に身を隠したほうがまだ安全なのかもしれない。

「つ〜ことでェ、これからはおめーら組織が一団となってかたらちゃんを見守ってやってくれィ。おじさんからのお・ね・が・い」

強持てのおっさんが可愛く言っても語尾にハートマークは付かなかった。



屯所に戻ってからの土方は自室前の縁側でひたすらに煙草を燻らせていた。
ぼうっとしていても頭に浮かぶのはかたらのことである。そして時折、銀髪の男がちらついて苛々するから、傍から見ればそっとしておこう!と思うに違いない。沖田以外は…

「土方さん、アンタまだうじうじ悩んでるんですかィ」
「…うるせーよ、ほっとけ」
「気になるなら直接旦那に訊きゃあいいのに、これだから意気地のねェ男はいけねーや」

坂田銀時の事情聴取を行ったのは沖田だった。聴取書によれば銀時とかたらの関係は友人と記されており、体を張ってかたらを救出した理由は『惚れた女に肩入れして何が悪い』で、その他ふたりの過去にまつわる事柄は一切書かれていなかった。

「…総悟、お前は知って」
「知ってても土方さんに教えるつもりはねーですぜ、こりゃあ万事屋の旦那のプライベートなんで」
「っ………」

沖田から話を訊き出すことは無理、だとしたら…やはり直接、尋ねるしかないのだろうか。本人に…



***



さかた ぎんとき
病室入り口のネームプレートには平仮名でそう書かれていた。平仮名にかかれば、どんな名前も可愛らしく幼いものに見えてしまうが、実際の人物を思い浮かべるとそんな考えはすぐに消え失せた。
土方はドアの前で未だ悩み立ちすくむ。銀時にかたらとの関係を問いただしても素直に話す訳がないだろうし、口達者な銀時に勝てる気がしないのだ。見舞い品として買った某有名洋菓子店のプリンで何とかならないかと、現実逃避しかけたそのとき…

「あ、土方さん!もしかして…銀さんのお見舞いに来てくれたんですか?」
「あ〜何アルかソレ、銀ちゃんへのお見舞い品アルか?オイ寄こせよソレ、私がもらっとくネ」

メガネとチャイナ娘に見つかってしまった。

「あの…ちょ……」
「あ〜コレ、駅前で売ってる高級プリンアルな!前から一度食べてみたいと思ってたアル!ありがとヨ、ニコマヨ中毒!」
「神楽ちゃん、それ神楽ちゃんのじゃないからね。銀さんのだからね」

言いながらメガネもとい新八がドアを開け、先にチャイナ娘もとい神楽が病室へと入った。

「土方さんもどうぞ」
「イヤ…俺は……」
「新八ィ、銀ちゃん気持ちよさそうに寝てるネ…起こすアルか?」

神楽のポージングがどう見ても人を起こそうとする姿勢じゃない。今まさに殴りかかろうとしていて、土方は慌てて止めた。

「イヤいい!起こさなくていいから!もう行くから!」
「それじゃ銀ちゃんが寝てる間にプリン全部食べちゃお」
「残してあげて!一個だけ残してあげて!可哀想だから!」
「え、本当にもう行っちゃうんですか?」
「ああ、今日は忙しくてな…それと挨拶が遅れたが、葉月の件では感謝してる…万事屋が起きたらよろしく言っといてくれ。じゃあな…」

内心ヒヤヒヤしながら後退り、廊下を歩き出した。それから銀時が寝ていて助かったと安堵する。やっぱり面と向かっては話しづらかった。

立ち去る土方を見送って、新八はドアを閉めた。

「土方さん、何か銀さんに話があって来たんじゃないかな…」
「お礼…むぐ…言いたかっただけじゃないアルか?…んぐ…プリンおいしいアルぅ!」
「それだけじゃないような気がするけど……こっちだって土方さんに訊きたいことがあったのに…かたらさんは面会謝絶で会えないし、せめて今どうしているのか、快復に向かっているのかくらい教えてもらいたかったのに…」
「銀ちゃんの分のプリン、食べていい?」
「うん……ってダメ!食べちゃダメだから!あれ?僕の分は!?」
「すでに私の胃袋の中ネ」

病院だというのにギャーギャー騒がしい。銀時は注意する気にもなれず寝返りを打った。それから土方が引き返してくれて助かったと安堵する。狸寝入りを決め込んだのは、やっぱり面と向かって話しづらいからであった。
お互いに。



土方は銀時の病室を後にして、その足でかたらのところへ向かった。病棟は違うが、かたらと銀時は同じ大江戸病院に入院している。ちなみに銀時の治療費、入院代は真選組の資金から出すことになった。それについては仕方ないし文句もない。

「山崎、変わりはねェか?」
「はい!異常なしであります!」

かたらの病室前には必ず真選組の隊士が一名、護衛を兼ねて見張りに付くようにしている。交代制でやらせているが、主に担当しているのは山崎だ。土方は入室する前に軽くかたらの診察状況を確認してからドアをノックした。少しの間をおいて「どうぞ」と声がかかる。瞬時に気を引き締め中に入ると、そこにはベッドの縁に座っているかたらがいた。

「!…葉月、起きてて大丈夫なのか?」
「はい、もう大丈夫です…トイレにも歩いていけますし…売店をのぞきに行きたいくらい元気ですよ」

そうは言ってもまだ青白い顔で生気がなく、とてもじゃないが大丈夫そうには見えない。土方は返す言葉に困り、ふっと苦笑してしまった。

「あ…ウソじゃないです、わたしはもう…っ」

言いながら立ち上がって歩こうと試みるも、足がもつれて前のめりに倒れかかった。土方は咄嗟に片方の腕でかたらを支え、もう片方で点滴スタンドを握った。

「…ほらみろ、無理すんじゃねェ」
「っ……副長…すみません……」

土方の優しい口調に甘えて、かたらはその胸元に頬を寄せた。前にも一度こんなふうに抱き合ったことがあったと互いに思い出す。あれは春の夜風、夢にうなされ現実に戻ったとき…

「…なんでだろう……副長にこうされると…すごく…安心します…」
「そうか……」

土方としては複雑な心境であった。少なからず慕われているのかもしれないが、かたらのその感情が過去に経験したものであって、安心すると言ってもそれは自分だからではなく、失われた過去の誰かに重ね合わせているのではないか…そう思えて仕方ない。

「副長…窓からでいいので、外の景色を眺めたいです…」
「ん、ああ…椅子が必要だな」

かたらを窓辺に座らせて、土方はブラインドを上げた。相変わらずの曇り空、梅雨はまだまだ明けそうにない。

「いつか…いつか思い出す日が来るんでしょうか……」

ぽつりと漏らした台詞。哀愁に満ちたその横顔を見て、土方は確信した。かたらが自分に重ねている影は…

「…葉月、お前には恋人がいたんだな」
「!……どうして…」
「お前の顔みりゃあ否が応でも分かる」
「そんなに…わかりますか?…そうなんです…いえ、そうみたいです。わたしには結婚を約束をした恋人がいたみたいなんです…」
「…それは」
「坂田さんから教えてもらったんです」
「そ、そうか…お前と万事屋は昔の…」
「幼馴染で…仲間、だったようです」

伝説の攘夷志士『白夜叉』の仲間、ということは必然的にかたらも…

「わたしは元攘夷志士だった…そういうことになりますね」

かたらには空白の期間があった。天導衆の追っ手から逃れた後、幕府医官に命を救われる前、その間のことだ。


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