罪咎


「葉月さん、睡眠導入剤を入れておいたからね。これで朝までぐっすり眠れるはずよ」

点滴装置にはいくつかの薬剤バッグが吊るされていて、看護師長が空になったものを手際よく取り替えていく。それを眺めながら、かたらは弱々しく唇を動かした。

「ありがとう…ございます…」
「それじゃ、そろそろ消灯時間だから電気消していくわね。葉月さん、おやすみなさい」
「はい…おやすみなさい…」

プツンと明かりが消えて暗くなる。看護師長が出ていくと、かたらは病室にひとりきりになった。暗いといっても常夜灯が点いているから部屋全体はうっすらと見えるし、窓のブラインドも開いたままだ。

「…………」

その隙間からこぼれる月明かりをぼんやりと見つめ、眠気が訪れるのを待つ。ただひたすらに。
考えたいことがたくさんあった。けれど考えないように努める。考えればまた、曖昧な意識と記憶の断片で頭が混乱するかもしれないから…
救出後、はじめて目を覚ましたときは意識が混濁して自分自身に何が起こったのか理解できなかった。しばらくして大まかな説明を受けたものの、違法薬物の効力が切れず精神不安に陥って、未だ床に臥している状態である。

『葉月、今は何も考えなくていい…いいから休め……何も心配はいらねーよ、お前は元に戻れる…大丈夫だ…』

耳元に残る土方の声。今はその言葉が心の拠り所になっていた。早く元の生活に戻りたいと焦っても仕方がないのだ。逸る気持ちを抑え、時を待とう…

ふっと、何かの気配がかたらをまどろみから引き揚げた。
何者かがブラインドの月光を遮りこちらを見ている。ゆらりと佇む男の影、顔は逆光で見えなかった。

「………」

少しの沈黙のなか思考する。といっても、ぼやけた頭で繰り広げる脳内会議はスローペースだった。
この男は誰だろう。背丈からして担当の医者ではないと思う。シルエットからして銀時や土方とは違うし、真選組の隊士でもなさそうだ。そもそも仲間なら無言で侵入はありえない。たとえ睡眠中だとしてもノックくらいはするはず…

一歩、二歩、影が近づいてきた。

では一体何者なのか、自分に害を為す者なのか、だとしたら再び拉致するつもりでは…
かたらは身構えようと体に力を込めた。けれど、腕一本すら上げることができない。睡眠剤入りの点滴の管が小さく揺れるだけだった。

「…………」

男は未だ沈黙を続けている。その息遣いが妙に不規則に聞こえ、訝しいと思うと同時に察した。鼻につく血の匂い…どうやら手負いの者のようだ。

「……私を…俺を憶えているか?…否、憶えてはいないだろうな…記憶喪失であっては…」

その声に聞き覚えはなかった。男の台詞から推測するならば、記憶を失う以前に面識があったということだろう。したがって、今のかたらには男が何者かも分からなかった。

「…あなたは…だれ…?」
「俺は昔……お前の家族を…父と母を殺した者だ…」
「!………」
「たとえお前が過去を忘れていようと…その事実は変わらない……俺は…お前の仇なのだ」

そう言われて湧き上がる感情もなかった。薬物のせいか、それとも睡眠剤のおかげか、霞んだ思考で紡ぐ言葉も見つからない。

「恨んでいる筈だ…憎んでいる筈だ……今更悔いて謝ったところで何も取り戻せない…お前の大切だった者も、俺の大切だった者も…帰ってはこない…」

親の顔も憶えていない、親の死すら思い出せないのに、一体どうしろというのだろう。かたらには男の意図が読めなかった。

「だから、…お前の手で…俺を殺してくれ…」
「!」
「どうか…俺を終わらせてほしい…」
「……そんな…こと…」
「この紙に…俺の居場所が記してある」

男は懐から取り出した文を枕の下に差し込んだ。

「俺は逃げも隠れもしない…仇討ちに来てほしい…」

それからその手を少し迷わせ、ためらいつつも夕色の髪へと指を伸ばした。冷たい指先がかたらの前髪に触れ、そのまま頬をそっと撫でていった。

「かたら、…お前を待っている…」
「…まって……わたしは………」

あなたを知らないのに…なぜ、あなたを殺さなければならないの?あなたの犯した罪、その理由さえ知らないのに…
もう声も出なかった。言葉は男に届かない。かたらはゆっくりと静かに瞳を閉ざした。脳裏に立ち去る男の影を残して…


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