白煙と黒煙が渦を巻きながら雨夜の闇に昇っていく。
消火作業も空しく、炎は弱まるどころか勢いを増し楼閣全体を包み込んでいた。一階から三階までの遊女と客、従業員の救出はできたが、その先の上階へ向かう経路が断たれ退却を余儀なくされた。
どんなに足掻いても火は消えない。消すことができなかった。これ以上、手も足も出せない状態だった。月詠たち百華に残された出来ることといえば、周囲の店に飛び火しないよう防火することだった。
銀時とその妹、かたらの無事を信じて…

「銀ちゃん…かたら…」

燃え上がる楼閣を見つめ、神楽はぽつりと呟いた。時間が経てども銀時たちの姿は見えない。楼閣はすでに建物の骨組みが所々覗いている。もし、二人がまだ中にいるとしたら…もう…

「大丈夫だよ、神楽ちゃん…銀さんは必ず帰ってくる…かたらさんを連れて僕たちのところへ帰ってくるよ」
「……ウン…」

新八の言葉に力なく頷き、神楽は煤だらけの顔をゴシゴシと腕で拭った。二人とも顔も服も真っ黒に汚れている。ここ数日の疲労も相まって、心身ともに限界が近い。

「オイ、こいつァ一体何の騒ぎだ!?火事とは聞いてねーが、まさかここが葉月を攫った奴らの…?」

『!!』

背後からの声に振り向けば、いつもの黒服に身を包んだ男たちが野次馬を掻き分けてきた。

「土方さん…!」
「てめーら来るの遅いアル!火事になって、銀ちゃんも、かたらも、まだ行方不明のままネ!」
「チャイナ、てめーの連絡がノロいから遅れたんだろィ」

土方の隣に沖田、近藤が並ぶ。その後ろには山崎を含む隊士数名が控えた。

「それより新八君!かたらちゃんは本当に遊郭に囚われていたの?働かされていたの??まさか…まさかキズモノにいっ!?」
「近藤さん、んな心配はいらねェ…葉月の命が無事ならそれでいい…とにかく、状況を説明しろ…!」

『っ………』

そう言われても、新八と神楽に答えられることは限られていた。
かたらが何故『みなとや』に囚われたのか…その理由も、かたらの過去にまつわる話も、本当に夕霧太夫の血縁者だったという真実も、今はまだ知り得ないのだ。



火勢が衰えるのを待つ間、土方たちは従業員の事情聴取を執っていた。次第に明らかになる『みなとや』の悪行に皆、怒りを隠せなかった。特に月詠は…

「すまぬが、こやつらの始末は百華に任せてほしい。こうなったのも悪徳を見抜けなかったわっちの責任でもある…」
「ここは吉原だ、元々こっちの管轄じゃねェ…だが、楼主が生きて見つかった場合、取り調べはさせてもらうぜ」

土方としても、かたらを攫った犯人ともなれば怒りもひとしおである。

「承知しんした。では、わっちは捜索に戻る…早く銀時と銀時の妹を捜さねばな」
「……妹、だと…?」

月詠の「銀時の妹」発言に顔をしかめる土方。すかさず沖田がフォローを入れた。

「土方さん、あの葉月が旦那と血が繋がってるように見えますかィ?妹っつーのは旦那の妹分って意味でさァ」
「んなこたァ分かってる!ただ、…俺は…その…っ」

言葉が見つからず戸惑う土方に、今度は月詠が空気を読んだ。

「ぬしら行くぞ、火が弱まった今なら楼閣の裏手を捜索できるはずじゃ」

取り調べのために借りた宿舎を出て現場に向かう。
今まで視界をかすめていた雨も炎と共に鎮まりつつあった。煙にまみれた雲の隙間から月光が漏れている。外では真選組の隊士たちが百華の助っ人に入り、怪我人の世話や雑用に追われていた。もちろん銀時とかたらの捜索に出ている者もいる。

「こっちじゃ、足元に気をつけなんし」

上階から燃え落ちた瓦礫を避けながら裏門へ辿りつくと、百華の班長と山崎が慌てて走り寄ってきた。

「頭ァァァ!!」
「副長ォォォ!!」
「頭!見つかりましたっ、銀時様が!」
「副長!見つかったんですよっ、かたらさんが!早くこっちに…んごふっ!」

山崎を押し退け土方が走り出す。続いて皆も走りだした。昂る気持ちを抑えられない。焼け焦げた庭木を抜けて敷き詰められた白石を踏んでいく。
そして視線の先に…

『!!』

銀時とかたらを捉えた。
行灯と月明かりに照らされたその姿…かたらを抱きかかえている銀時だった。

「銀さんんん!!」
「銀ちゃん!!」

新八と神楽が駆け寄ると、銀時は小さく口元を綻ばせた。

「…取り戻したぜ…かたらを…」
「信じてましたよ、銀さん…二人が無事に戻ってくるって…本当によかった…!」
「無事じゃないアル!怪我してるネ!大丈夫アルか!?かたらは??」

かたらの顔を覗き込む。顔色の確認はできないが眠っているように見えた。

「気ィ失ってるだけだ…大した怪我はしてねーから安心しろ…」
「よかったアル…!でも、銀ちゃんは怪我してるヨ」
「とにかく早く手当てしなくちゃ…月詠さん!医療班をお願いします!」

月詠は無言で頷き部下に指示を出す。それから銀時のそばに寄った。

「ぬしはいつも無茶ばかりする」
「…無茶じゃねーよ…」
「これを無茶と言わず何と言う?…ほれ、その手負いで運ぶのは辛いはずじゃ、わっちが代わろう」
「いや…いい…」
「?」

月詠の好意を断り、銀時は覚束ない足取りで前に進む。対峙するは複雑な表情を浮べ固まっている土方である。

「!……」
「わりーな…心配かけた…」
「!!」

するりと、銀時の口から出たのは予想外の台詞だった。

「……なんでてめーが謝んだよ」
「…さあな…」

答える気のない返しに土方は怪訝に眉を寄せた。心底で疑問が膨らんでいく。目の前にいる、ふたりの関係に…

「……葉月はてめーの」
「すまねェ…もう限界なんだわ…あとはたの…む…」

銀時はどうにか声を絞り出し土方にかたらを預けると、その場に倒れ込んだ。

「!!…オイ、万事屋!?」

周囲は再びざわめきに包まれ動き出す……また、いつもの日常を取り戻すために。


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