白い首筋に短刀が添えられていた。
辿り着いた先、目に飛び込んできた光景は湊屋の腕に囚われたかたらの姿だった。薄布の夜着に身を包み、緩く結われた夕色の髪が肩に散る。瞳は虚ろに一点を見つめたまま動かない。

「っ、…かたら…!!」

銀時もまた動けない。動けばかたらの身に何が起こるかは想像に容易い。

「天青を殺したか…流石、夜王鳳仙を倒しただけのことはある」

湊屋の落ち着き払った声音と表情が、かたらを強く抱きしめる仕草が、挑発するように銀時の焦燥感を煽っていく。

「…てめェ……!!」

ギリ…と刀の柄が鳴る。

「さて、夕霧は内にこもったまま出てこぬ…どうしたものか」
「……」
「ならば…この美しい顔に傷をつけてみるのはどうだろう」

短刀がかたらの頬に触れ、肌に食い込んだ。

「やめろ、っ…傷つけんじゃねェ…っ」
「好いた娘の顔に傷がつくのは嫌か?…私はそうは思わんよ」
「!!」

切先が頬を撫でていく。白い肌に赤い線が浮き上がり、血の雫が顎を伝う。

「この傷も、流れる血も愛おしい…すべてが私のものだ…今、夕霧は私だけのもの…」
「っ…その肉体はかたらのモンだ…てめェのモンでも、夕霧のモンでもねェ」
「それでも夕霧はここにいる…私の腕の中に……」

湊屋は愛しげに夕色の髪に口付けを落とした。

「っ………」

ぞわりと怒りに震え、銀時は眼を見開く。真紅の瞳が燃え揺らめいた。銀時の魂と、銀時の中にいる藤十郎の魂が共鳴している…
その二つの魂に応えるかのように、青白い炎が次々と座敷の隅を囲んでいった。
地下牢に閉じ込められていた亡魂たちもまた怒りに満ちていた。そして幾ばくかの喜び、ようやく復讐の時がきたのだと…
銀時は一歩、前へ足を踏み出した。

「湊屋…てめェはもう終わりだ……てめェも、このふざけた遊郭も、今ここで終わる」

その言葉に、湊屋はスンと鼻を動かして微かに感じていた臭いを確かめる。

「……楼閣に火を放ったか」

湊屋には青白い鬼火の姿すら見えていなかった。やがて業火と成す鬼火に囲まれているとも分からずに、握る短刀を再びかたらの喉元に突きつける。

「てめェは地獄の業火に焼かれて死ぬ」

また一歩踏み出す銀時、それを見て湊屋は一歩後退った。

「かたらは返してもらう…夕霧の魂も…」
「…夕霧は渡さぬ、たとえ娘の肉体が死しても夕霧の魂はここにある…ここに宿っている!」

もはや湊屋にとって、かたらはただの器でしかないのだ。かたらを殺しても夕霧の魂が残ると信じている。
だからこそ、ためらいなく短刀の切先に力を込めることが……

「主!!おやめくださいっ…その娘を殺してはなりません…!」

銀時が動く前に響いた声は優男のものだった。

『!!』

「主、その娘を殺す必要などありましょうか…殺せば夕霧も消えるやもしれません」
「天青…生きておったのか!」
「さあ早くこちらへ…この楼閣はじきに炎に包まれるでしょう、すぐに脱出を…!」

手招く優男に安堵した湊屋はかたらを引きながら傍に寄る。

「天青、天青…この男を斬れ…こやつは私の夕霧を奪うつもりなのだ、許してはならん…夕霧は絶対に渡さぬ…渡してなるものか…!」

それが主の命令…優男はゆっくりと抜き身の刀を持ち上げ、矛先を定めた。

ドスッ…!!

鈍い音と共に、刀が真っ直ぐにその胸を刺貫いた。溢れ出た鮮血が刃を伝い、鍔から滴り落ちていく…優男は柄を握ったまま前方を見つめた。

「!?」

身構えた銀時はただただ唖然とする。

「っ、……てめェ…なにやって…」

それもそのはず、本来自分に向けられるはずの矛先が湊屋を貫いているのだ。敵である自分ではなく、あろうことか味方で、しかも己の主人たる存在を…

「主、もはやここまで……ここまでにございます」
「て……天青っ……な、ぜ……ッ、…」

湊屋は驚愕に震え、吐血で言葉を詰まらせる。その拍子に腕の力が緩み、支えを失ったかたらが優男の胸に倒れ込んだ。

「!…かたらっ!!」

取り戻さんと駆け出した銀時に向かって、優男はかたらを放った。

「っ!?」
「そこから展望台に出て右に進め…裏手に回ると避難はしごがある。それを使うといい…」
「な、てめェ…今更なに善人ぶってやがる…っ!」

訳が分からない。一体どういう理由があっての行動なのか…銀時はかたらを胸に立ち尽くす。
優男は湊屋から視線を逸らさずに言った。

「私は…私の仇を討ったまでだ……いいから早く、行け…!」

仇…というのならば主人と従者、この二人の間には予てからの因縁があるのだろう。銀時にとっては知る由もなく、知る必要もないことで…今はかたらを連れて楼閣を脱出するのが先だった。

「……っ」

躊躇している時間はない。銀時はかたらを抱きかかえると、展望台に繋がる扉を開け座敷を後にした。



開け放たれた扉から雨の匂いが流れるも、漂う薄煙にのまれていく…青白の鬼火は赤き炎に変わり、座敷に残った優男と湊屋を逃がさぬようにと囲っていた。

「な…何故、っ…このような……ッ…ガハ、ァ」

血反吐をはきながら疑問を向ける湊屋…その顔は苦痛と憎愛に満ち、絶望に歪んでいる。

「夕霧…ッ……ゆう、ぎ…り…」

優男が刀の柄を手放すと、湊屋は力なく崩れ、己の血に塗れた畳の上に跪いた。

「主、私は……かごの鳥を解放したのです」

言いながら方膝をつき、そっと湊屋の手を取る優男…主人の命に逆らい、裏切ってもなお『主』と呼ぶ。

「…ゆ…夕霧は…お前の鳥では…ない、…ッ」
「何を言うのです、主…」

湊屋とは対照的に、優男の表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかで、澄んだ瞳をしている。

「…私が解放した鳥は夕霧ではございません。主…貴方ですよ?夕霧に心を奪われ、闇に囚われた貴方こそ…かごの中の鳥なのです」

「!……ッ…」

湊屋は一瞬だけ目を見開き、ゆっくりと目蓋を閉じていく。

「…かごめ、の……鳥………」

言葉が途切れ…息を引き取る。
湊屋が最期に何を想い、何を感じたかは誰も分からない。死を悔やむのか、甘受するのかも…
優男は主人の最期を見送って、重ねた手を離した。

「そして、…かごの中のかごに囚われた私も……自由になりたかったのです…」

ごうごうと、炎が勢いを増し二人に迫っていた。業火は対象を燃やし尽くすまで消えることはないだろう。骨も残らぬ塵と化すまで…


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