銀時は最上階の隠し扉を出て、全速力で廊下を駆け抜けた。幸い、火はまだ回っていない。おそらく下の階からじわりじわりと迫ってくるだろう。

〔銀時殿、こっちだ!この先に夕霧が…!〕

頭の中に響く藤十郎の案内に従って進んでいく。意識が同調しているせいか、初めて踏み入る場所でも知っているような感覚だった。

「…っと、その前に番犬退治といこうじゃねーか」

閉ざされた襖の奥に潜む僅かな殺気を感じ、銀時は素早く刀を抜いた。そのまま、勢いで切先を襖へと突き立てる。
ドス…ッ!と、刃が飲み込まれると同時に向こう側からも刃が突き立てられた。光る切先が銀時の首をかすめ小さな切傷をつける。

「っ……!」

互いに手応えがなく、再び同時に刃を引き抜いて後ろに飛び退くと、間を隔てていた襖がパタリと倒れた。

「娘を助けに来たか」

奥にいたのは湊屋の用心棒…優男は相変わらずの冷めた眼で銀時を見つめている。その頬に一筋の傷がついていた。

「わりーけど、ゆっくりテメーの相手をしてる暇はねェ…早急にケリつけさせてもらうぜ!」

銀時から仕掛ける、が…

「………」

優男は無言で軽々と刃を受け流し、銀時との間合いを離した。
さらに攻撃を繰り出しても相手は身を引くばかりで仕留められず…細身ゆえか俊敏さは銀時よりも上のようだ。

「っ、時間稼ぎかよ…!」

ただの用心棒じゃないと、そこらの用心棒とは格が違うと思っていたが、まともに相手にされないのは腹が立つ。

キンッ…!

小さな摩擦音を立てて、優男が静かに飛び退いた。

「悪いが、私はここでお前に殺される訳にはいかぬ。それと……お前を殺したくはない」
「…どういう意味か分からねーが、こっちはテメーを足止めできりゃあそれでいい」

言って銀時は刀を構え直した。次の攻撃で急所を突くために神経を研ぎ澄ませ、気を集中させる。

「私を殺していい者はただひとりだけ…」

優男は無防備に刀を下ろしたままで言う。その声音は儚い希望を詠うかのように響き、消えていく。

「…それはお前ではない」
「だったら、四分の三殺しで勘弁しといてやる」

次の刹那、銀時は一気に間合いを詰め優男の懐に入った。
大振りで力任せの攻撃は通用しない。ならばその逆、相手と同じスタイルで戦えばいい。余計な力を抜くことで俊敏さは増す。相手の動きに合わせ追い詰めていけばいいのだ。
キィン!と悲鳴を上げ、ふたつの刃が何度も火花を散らす。間合いさえ取る暇も与えず、銀時は一心不乱に攻めていく。昔、白夜叉と呼ばれていたあの頃の感性感覚は今でも心身と共にある…

そんな銀時の攻撃に、防ぐだけでは立ち行かなくなった優男が攻勢に転じた。
至近距離で繰り出される刃が、やがて互いの体をえぐり鮮血が宙に舞う。銀時が優男の右肩を突いた瞬間、銀時の右腕も斬りつけられていた。

『……っ…』

ふたりは一旦、身を引き呼吸を整える。
銀時は二の腕からの出血を左手で押さえた。今すぐ止血が必要なくらいに血が流れ出ている…

「お互い利き腕をやっちまったが…俺ァまだまだイケるぜ」

対する優男も肩を負傷している。もう右腕は上がらないだろう…と思ったら、優男は刀を左手に持ち替えた。

「私は左も利き腕だ」
「…奇遇だな、俺もそうだ。けど、まだ充分右は使えんだよ」

手で止血したままに刀を構え、挑発する。

「ならば……来い!」
「言われなくても…!」

瞬時にふたりの距離が縮まって、刃が交わった。

ガキィン!!

激突の勢いに弾かれ一瞬の隙が生まれた。その僅かな隙を、銀時は見逃さなかった。

「!…っ」

血の目潰し…血塗れた左手を振り払い、飛沫を優男の顔に浴びせる。

「こいつで仕舞ェだ…!」

視力を奪ってしまえば、またそこに隙が生まれる。動きに遅れが出る。優男が最後に繰り出した刃は銀時にかすりもしなかった。
ドスッ…鈍い音と共に、パタパタと青畳に血が落ちる。

「ぐ……ガハァ…ッ」

鳩尾を貫かれ吐血する優男。

「止めは刺さねェ……テメーを殺すのは、テメーに屠られた奴らの怨念だ」

銀時が刀を引くと、優男は膝をついて倒れ込んだ。

「…っ……」
「すぐに復讐の業火がテメーを迎えに来るだろーよ」

血の匂いに混じり、物が焦げたような臭いが鼻を突く。微かに聞こえる悲鳴…下の階が騒がしいのは火の手が回ったからだろう。

〔銀時殿、腕が…!〕

「…こんなモン、いつもと比べりゃマシなほうだ」

銀時はベルトを外して右腕に巻きつける。簡単に止血を済ませると、先へ進むべく走りだした。





降り頻る夜雨の中…『みなとや』の異変に逸早く気づいたのは正面入り口を見張っていた百華の者、そして近くの宿舎二階から監視していた月詠たちであった。
店の正面玄関から従業員や客が慌てふためきながら出てくるのを見て、駆けつけてみれば…

「火事!?…オイぬし!一体何があった!?」

月詠が逃げようとする従業員の胸倉を捕まえて訊く。

「いっ…一階奥から火が上がって…消そうとしてもっ、消えなくて…だから…っ」
「ぬし、店の遊女はどうした!?まさか…見捨てたとは言わせぬぞ」
「っ………」
「遊女を道具とし人とは数えぬか?それとも遊女を外に出せば、何か不都合なことでもあるのか?」
「……っ…」

口を閉ざす男に時間をかけている暇はなかった。

「ツッキー、どうするネ!突撃アルか!?」
「火が大きくなる前に何とかしないと…!」

神楽と新八の声に頷き、月詠が顔を上げる。その強い眼は百華の頭・死神太夫と呼ぶに相応しい。

「百華に告ぐ!一班はわっちと共に『みなとや』へ突入、人命救助を優先に銀時を捜索する!二班は消火作業にかかれ!三班は従業員を捕縛し、客と遊女を保護、怪我人の手当てを頼む!」

頭の指示に皆が動き出す。

「月詠さん!僕たちも…」
「ぬしらにここで待てとは言わぬ…行くぞ」

言って身を翻す月詠に続いていく。

「銀ちゃんどこアルかァァァ!!銀ちゃあああんんん!!」

闇雲に呼びかけても返事はなく、神楽は地団太を踏む。踏み入った広間には薄煙が漂っていたが、まだ炎は見えなかった。
それでも一階通路の奥から、二階から階段を駆け下りてくる者がいた。遊女を抱えて逃げる客の姿もある。

「ツッキー!どこから探すネ!?」
「どうやら上の階にも火が回っているようじゃな…ここは二手に分かれ捜索する」

月詠が班を二つに分けると、それぞれが散っていった。

「僕たちはどうします?」
「わっちらは…」

「頭!頭ァァァ!!子供がっ…!」

月詠の言葉を遮って部下の一人が戻ってきた。その背後には煤に汚れた少年の姿…銀時と別れ、火元の地下牢から出てきた宗次郎だった。

「頭に伝言があるそうです!おそらく銀時様からの…」
「銀時から!?…ぬしは『みなとや』の童じゃな、銀時は無事なのか?銀時の妹は…」

食い付く勢いで皆の視線が宗次郎に集まった。

「…おにーちゃんは…旦那さまのいる五階に、おねーちゃんを助けに行った…」
「おねーちゃんってかたらのことアルな!?」
「そう…必ず助け出すって、だから、百華に火を食い止めてもらって、遊女を助けてもらえって…早くおねーちゃんたちを助けなきゃ…僕も、手伝うから…っ」

吸い込んだ煙に気管をやられたのだろう、少し咽ながら話す宗次郎。月詠は安心させようと、その小さな肩に手をのせた。

「承知した、わっちらに任せるといい。遊女の救出に最善を尽くすと約束しよう」
「行きましょう!月詠さん」
「みんなを助けるアル!!」


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