それは解き放たれた。
一瞬、爆発でも起きたかのような衝撃に包まれ銀時は吹き飛んだ。それでも負けじと立ち上がり、風圧によろめきながら鉄格子にしがみつく。

「ぅぁあああっ、おにーちゃんんん…っ」
「!!…宗次郎っ」

奥から飛ばされてきた小さな体を間一髪で受け止める。

「くっ…宗次郎、大丈夫か?カラダ乗っ取られてねーか!?」
「う、ん……これ…何が起こってるの…?」
「………っ」

感じるのは途轍もなく強い悲しみと怒り。怨霊と化した亡魂たち。もはや人の形を成してない人魂…青白い火の玉が地下空間を埋め尽くし、ぐるぐると駆け回っていた。そして、あちこちから聞こえる咆哮。

「何って…人魂に囲まれてんだけど……」

怒り狂った怨霊の群れの中で、銀時たちはまるで品定めされるかの如く圧迫されていた。

〔まさか…これ程まで肥大化しているとは…!〕

そばに憑いている藤十郎が驚きの声を上げる。

「藤十郎さん!何とかなんねーのかコレェ!呪い殺されそうな勢いなんですけどォォォ!」

〔このままでは…っ…私も取り込まれてしま…う…〕

「え、ちょっ!?…とっ、藤十郎ォォォォ!!」

揺らぎ、崩れ始めた藤十郎の霊体…銀時は咄嗟にその手を掴んだ。

〔…ぎ…銀時殿……〕

「アレ?掴めたっ!?…と、とにかく!ここは一旦、俺の中に入ってろ!」

〔す…すまない……避難させてもらおう…〕

「俺の肉体は避難所じゃねーけども…仕方ねェ…!」

怨霊に肉体を奪われるくらいなら、藤十郎に入ってもらったほうが安全かもしれない。自分の体も護れるし、藤十郎の魂も護ることができる。互いに利点があるだろう。

「早く入れ…っ…!」

繋いだ手を通じて、藤十郎はするりと銀時の内側に入り込んでいく。二度目は苦しみもなく意外にすんなりといった。

「………っ」

藤十郎を迎え入れ、銀時は宗次郎をしっかり抱き寄せる。
このまま嵐が過ぎ去るのを願うしかなかった。この包囲網を抜け出す勇気も手段もない…ここに陰陽師でもいれば式神を出して怨霊を祓えるのに、外道丸を呼ぶ方法も分からない…
しかし、こんなところでこれ以上足止めを食らっている時間はなかった。早くかたらを助け、夕霧に会わなくては…

きつく目を閉じてゴタゴタ考えていると、フッと体が軽くなった。

「!」

風圧がやみ、辺りが静まる。嵐は過ぎ去ったのかと、銀時は恐る恐る目を開いた。

「っ……な…」

無風だというのに炎が揺らめいていた。
壁や天井、三和土の地面も、鉄格子や作業台からも小さな火が出ている。辺り一面に咲いた青白い炎…それが赤に変わりつつあった。

〔これは鬼火……彼らは業火の玉と化し、楼閣を燃やし尽くすつもりなのだろう〕

火の跡は入り口へと続いている。

「燃やし尽くす…って状況が悪化する一方じゃねーかァァァ!!どーすんだよ!俺ァ、かたらを助けに行くから火事のことまで手が回らねーぞ!?」

楼閣には罪のない遊女たちや、宿泊している客もいるだろう。藤十郎の言うとおり、怨霊が恨みを晴らすためにここを火の海にするつもりなら、ゆゆしき事態。早急に避難させなければ死者が出ることになる。

〔私とて、そなたと同じだ。夕霧とかたらのことが最優先……しかし…〕

「おにーちゃん、早く行こう!」

躊躇する銀時の腕を宗次郎が引っ張った。

「宗次郎…」

大きな瞳がまっすぐに銀時を見据えていた。恐怖に怯える様子は微塵もなく、妙に凛々しい顔付きをしている。

「ここを出て階段を上りきったところに最上階へ出る扉があるんだ。そこから廊下を右に進んで、突き当たりの座敷に入る…おねーちゃんはもっと奥の座敷にいるはずだよ」

言いながら首に吊るしたかたらのお守り袋を外し、銀時に手渡す。

「さあ行って!」
「お前…」
「僕は僕にできることをする。火事になるんでしょ?他のおねーちゃんたちを助けなきゃ!」

その台詞に意表を突かれた。

「…ったく、今までの所業を償えって説教するつもりが自分で悟るたァ大したガキだぜ」
「ガキでも金玉ついた男だよ」

宗次郎はニッと笑った。それはもう作られた仮面の笑みじゃない、本物の表情…

「んじゃ、おめーを男と見込んで兄貴から頼みがある」
「頼み?」
「今すぐ外に出て百華の頭に伝えてくれ…あいつらは俺がここにいることを知ってる。楼閣を見張ってんのは確実だし、いつ突撃してもいいように周辺を包囲してるはずだ」
「…分かった、何て伝えればいい?」
「妹を見つけた…必ず助け出す、と。それと、大火事になりそうだから消火の準備ってな。宗次郎、お前は楼閣の構造を知ってっから百華に協力して遊女と客を避難させろ」
「うん、分かった!」

銀時は入り口の扉を開けて狭い階段を仰ぎ見た。あちらこちらに鬼火が灯り、照明代わりになっている。今は小さな炎でも、のちに業火となるだろう。

「おにーちゃん、先に行って!早く!!」
「…また後でな」

一度だけ宗次郎に振り向いた後、一気に階段を駆け上がっていく。もう、この先何があろうと振り返る余裕はない。どんな障害があろうと前に進むだけ…



地下牢が赤い炎に侵食されゆく中で、ゆらりと人影が立ち上がった。

「う、ぅ……宗次郎……っ」

銀時を見送った直後、宗次郎は名前を呼ばれ目を見開く。

「!!」

振り向けば、銀時に倒された下郎のヒゲ男がこちらに歩み寄ってきた。

「ひ…ヒゲのおじちゃん…」

きっと、裏切ったことを怒っているはず…だとすれば、ただで済むわけがない。でも、ここで捕まったら銀時の頼み事も果たせなくなるのだ。今すぐ走って逃げるしか…

「待て、宗次郎…俺も手伝う…」
「!…ヒゲのおじちゃん…どうして?僕を手伝ってくれるの…?」
「…宗次郎、俺ァヒゲのおじちゃんじゃねーよ…俺ァ…ホラ、小っちゃいほうのおじちゃんだ」
「え?…チビの…おじちゃん?」
「ち……そう、チビおじちゃんだ。丁度こいつが気絶してたからよ、体を借りたってわけだ」

唖然とする宗次郎を見下ろすヒゲ男の眼光は仄赤く、陽炎のように揺らめいている。

「おじちゃんも穴の中にいたの…?」
「まぁな…真っ当に生きようと思った矢先、このザマだ…悪事から手を引くこたァそう簡単にはいかねーらしいな」
「………」
「自由なんて夢のまた夢…親玉を倒さねー限り、俺たちはいつまでも鎖に繋がれた犬なんだよ」

死してなお囚われていた魂。解放されたとしても、恨みの念を断ち切らなければ魂の自由すら、ないのかもしれない。

「大丈夫だよ、おじちゃん…もうすぐ、絶対…自由になれるから…!」

宗次郎の希望に満ちた表情が子供らしくもあり、大人っぽくも見える。ヒゲ男…その肉体を借りた元相棒はフッと口元を緩めて微笑んだ。

「そうだな…あの白髪の兄ちゃんに賭けてみるのも悪くねーかもな」


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