〔また…同じ事の繰り返しか……〕

「ちょっと、やめてくんない?あきらめてんの?あきらめたらそこで試合終了だよ?俺だってなァ、アンタの二の舞はまっぴら御免なんだよ……」

言って銀時はしばらく押し黙り、思考を巡らせる。
ここに囚われてどのくらい経ったのか…腹の減り具合からみて夕飯時はとっくに過ぎているだろう。ざっと五時間程度は気を失っていたのかもしれない。
殴られた後頭部はジンジンするが、おかげでここ数日の寝不足が解消された…とプラスに…プラマイゼロに考える。否、プラマイゼロどころか現状はマイナス極地で死神がそこまで迫っているのだ。

かたらが殺されることはないにせよ、早く助けなければ薬物に毒され、廃人になる可能性だってある。今は夕霧がかたらの精神を護ってくれているが、それもいつまで続くか分からない。だから一刻も早く、かたらを救出しなければ…否、救出したかった…救出できたらいいのに……

「ああああぁぁぁもうっ!どーすりゃいいんだこの状況!!」

どう足掻いても、危機的状況に陥って力が増大するヒーローのようにブチイイィィィ!と拘束は破れない。

「っ…何でかたらなんだ?何でかたらに執着してんだっ!?」

昔だけにとどまらず今のかたらに付きまとう影…ここの楼主・湊屋がかたらにこだわる理由が分からなかった。美しい娘が欲しい、ただそれだけの理由ではないのか?

〔それは…夕霧に似ているからだ〕

銀時の疑問に藤十郎が答えた。

〔かたらではなく、夕霧への執着心なのだ……現楼主とは生前の頃、何回か顔を合わせたことがある。…夕霧に心を寄せている男だと、私には分かった…気づいていた…〕

「んじゃ、湊屋は…港町でたまたま夕霧太夫に似てる少女を見つけて、手に入れようとしたってワケか?」

〔おそらくは義姉夫婦に接触し…その娘が夕霧の姪だと知ったのだろう〕

そして娘を欲しいがために、両親の命を奪ったというのか…

「だからって、夕霧の姉を殺すこたァねーだろ…似たような顔してんだろうに…」

〔いや、義姉さんと夕霧は姉妹でも髪色や顔立ちが違っていた。夕霧は祖母に似ているそうだ〕

「隔世遺伝ってやつか……とにかく、だ。湊屋はかたらを死んだ夕霧の代わりにしようってんだな?」

〔そうだろう…先代楼主は夕霧を道具として扱っていたが、現楼主はどうするつもりか…〕

「ま、どんな因縁だろーとかたらの不幸に繋がるモンは全部、俺が断ち切ってやるぜ…!」

キリッとキメても、まず己に巻きついている縄を断ち切らなければ始まらない。銀時は檻の中を見渡して、鉄格子の一箇所にさびて尖った部分を見つけた。

「お、コレいけるかも」

もぞもぞと上体を起こし、背中側で縛られた手首を尖がりに押し付け、左右に動かしていく。地道な作業だが、摩擦で縄を切ろうという魂胆だ。ずりずりずり…ひたすら擦って荒縄が切れるのを待つ。
やがてブチッと音が鳴り一本が切れた。しかし、頑丈に巻かれているため数本切らないと枷は外れないだろう。そのまま二本…三本と、順調に切り進めていたその時…

〔銀時殿、気配が…!〕

「チッ……来やがったか」

三本目を切り終え、銀時は鉄格子から離れた。両手の拘束は随分緩くなったが、まだ外せそうになく「クソッ」と小さく焦りを漏らす。



「お前が夜王を倒した男か…」

鉄格子の外に立った男は開口一番にそう言って、話を続けた。

「おかげで少々立ち回りに苦労している…天人とて利用価値があるというに」
「…オイオイ、初めて会ったのにハジメマシテの挨拶もなしかァ?無作法にも程があるぜ」

銀時は男を睨みつける。
一体どんなエロジジイが登場するのかと思いきゃ、意外にも湊屋は整った顔立ちだ。年は五十過ぎ、中肉中背、白髪混じりの灰髪を後ろになでつけている。
そして斜め後ろには用心棒の優男が立ち、銀時に冷然たる視線を向けていた。

「そうか、それはすまなかった…別れの挨拶は忘れずにするとしよう」
「会って早々サヨウナラってか?…かたらをどうするつもりだ?」
「はてさて、どうしたものか……どうすると思うかね?」

湊屋は僅かに微笑みながら質問を質問で返した。

「テメーの考えてることなんざ知るかよ…って言いてェところだが、グッサリ殺られる前に真実を知りたい。…かたらを夕霧太夫の代わりにする気か?」
「夕霧の代わり、か……私もそう考えていたよ。つい先程まではな」

先程まで、とはどういう意味なのか…

「あの娘はもうかたらではない…夕霧なのだ。代わり、などと呼ぶこともなかろう」
「…違う」
「かたらは消え、その肉体には夕霧の魂が宿っている…ならば夕霧そのものではないか」
「違う…勝手に存在抹消してんじゃねェ…かたらの肉体にはかたらの魂が入ってんだ、夕霧のモンじゃねーんだよ」

その言葉を湊屋は鼻で笑って一蹴する。

「誰が何と言おうと…私が望み、願い、信じる限り…夕霧であり続けるのだよ」
「ハッ、自己暗示たァ悲しい男だぜ…言っとくけどな、かたらも夕霧もテメーのモンにゃならねーよ。かたらは俺のモン、夕霧は藤十郎のモンって昔っから決まってんだバカヤロー」
「…大方、夕霧から藤十郎の話を聞いたのだろう?あれは先代に殺された哀れな男ぞ、もっと上手く立ち回っておれば良いものを…それに、お前も藤十郎と同じ境遇であることに変わりないぞ?」
「…そりゃ認めたくねーな」

藤十郎はじっと佇んだまま会話を聞いている。やはり湊屋と優男に亡霊は見えないようだ。

「では、質問の答えを教えてやろう」

湊屋の眼光が鋭さを増し、銀時を見下す。そして、勝ち誇ったかのように言った。

「私は夕霧を妻に娶る…落ち着いてから契りを交わすつもりでいたが、決めたよ…今宵、夕霧を抱いた後…お前を殺すことにしよう」
「っ、テメェ…!!」
「かたらの肉体も、夕霧の魂も、すべて私のものになるのだ…」

〔そのようなこと、許してなるものか…!〕

「ふざけんなっ!…かたらに手ェ出してみろ、俺がテメーを…」
「檻の中の獣に何ができるというのだ?遠吠えしかできぬ負け犬ではないか…お前はもう充分に味わったのだろう?これからは私が夕霧を貰い受けようぞ……では、また後程にな」

そう言い残し、湊屋は入り口に足を向け歩み出した。優男もその後に続いていく。

「やめろっ…かたらに手を出すな!…きたねェ手であいつに触んじゃねェ…!!」

ガシャン!鉄格子に体をぶつけ、抗議の声を上げるも…所詮、負け犬の遠吠えでしかなかった。





新八たちに知らせが届いたのは夕刻だった。
月詠の自警団、『みなとや』を見張っていた部下の報告によると、銀時が店に入ったきり三時間経っても出てこないそうだ。

「客を装って入ったなら…きっと、銀さんはかたらさんに繋がる手掛かりを掴んだんですよ…!」
「絶対そうアル!銀ちゃん居ても立っても居られずに一人で乗り込んでしまったアル!」

新八と神楽の言い分に、月詠は小さく溜息をついた。

「まったく…目を付けられていて堂々と店に入るとは、何を考えとるんじゃ?あの男は…」
「何っていうか、かたらのコトしか考えてないネ」
「月詠さん、やっぱり夕霧太夫の幽霊はかたらさんだったんですよ…かたらさんはあの店に囚われている…銀さんは何か証拠を見つけたから店に入った、そうとしか考えられないです…!」
「…そうじゃろうが、一報は欲しかった」

言って、吸い終わった煙管の灰をコンッと静かに叩き落す。

「遊女屋に入れば武器を預け丸腰になる…狭い座敷では袋の鼠も同然じゃ。上手く行動せんと囲まれてグサリ……いくら銀時でも丸腰は分が悪いじゃろう…」

煙管を手巾に包み、着物の袂に仕舞い込む。それから月詠は二人に視線を向けた。

「月詠さん…」
「ツッキー、どーするアルか…?」
「…ぬしら、わっちについてきなんし。場所を移す」



屋根をたたく雨音が次第に強くなり、窓から見下ろす通りは人もまばら…新八たちは『みなとや』楼閣に近い宿舎の二階、一部屋を借りて出動の時を待っていた。
下手に動き偵察を感づかれたら、証拠を抹消されるだろう。だから、今すぐ真っ向から突撃するわけにもいかなかった。逃げられる可能性があるからだ。ここは慎重に…と月詠が作戦を立てる。ふたりはそれに従うまでだった。

「銀ちゃん…早くかたら助けて帰ってきてほしいアル…」
「そうだね、上手くやってるといいんだけど……」

外では雨夜に紛れ、百華の女たちが楼閣の敷地をじりじりと包囲していた。


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