銀時と藤十郎…互いに記憶を垣間見たおかげで、面倒な説明を省くことができた。だから、これから先の願望を口にするだけならば、話は簡単である。

〔銀時殿、私をこの地下牢から連れ出してほしい…〕

「…そりゃまあ、夕霧さんにはアンタの魂を捜してくれって頼まれてるし…こーして捕まったのも地下牢を探す手間が省けた、ってなモンだ。…けどね、ご覧の通り今の俺は両手両足ぐるぐる巻きで、檻の中にいるワケですよ。ここから出たいなら、まず俺を助けてください。つーかこの縄、解いてください」

皮膚に食い込むガッチガチに締められた荒縄を、自力で外すことは難しい。

〔解いてやりたいのは山々だが、私には無理だ…物を掴むことができない〕

「そっかぁ、無理なのね…ハハ………何この絶望感」

このままだと自分も藤十郎の二の舞でグッサリ殺られてしまう…あの、ぐりぐり腹の中を抉られていく感覚がよみがえり、銀時の顔が引きつった。

〔私はまだ霊として未熟ゆえ、こうして生者との干渉が成功したのも銀時殿が初めてなのだ…〕

それは銀時の霊感が強いために成し得たと言ってもいいだろう。

「…アンタも地縛霊でここから動けないクチか?」

〔ここは死者にとっての呪縛牢…数箇所に貼られた霊符のせいで、皆ここから出られない〕

「皆……?」

〔ここより奥に進むと井戸のような穴がある。分厚い鉄の蓋に覆われているが、その下には多くの死た…〕

「ちょっ、やめてェェェェ!!…言わなくていいから!知ってるからっ!」

地下牢の奥にある遺体を捨てる穴…どうやら、夕霧の言っていた噂は本当のようだ。一体そこに、幾つの亡骸が葬られているのか。そして、幾つの亡魂が囚われているのか。

〔耳を澄まさずとも、そなたには聞こえるはずだ……すすり泣きや、怒りに震える唸りが…〕

「っ…聞きたくない!んなモン聞こえてたまるかァァァ!!」

耳を塞いで「あーあー聞こえなーい」とやりたくてもできない歯痒さ。銀時は怨霊の声に惑わされないよう意識を逸らさず、藤十郎と自分だけに集中した。

〔奥にいる亡魂の大半は怨霊のかたまりと化している。私も一度は怒りに飲まれ同化した…けれど、いつの間にかこの鉄格子の中に戻っていたのだ…殺されたこの場所に…〕

「……とにかくよ、その霊符とやらを剥がせば…アンタはここから動けるんだろ?」

〔私だけではない、皆が解放されるだろう〕

「怨霊解き放って呪われたらどーするよ…つーか、その前に俺を解放してくれ」

〔怒りの矛先は決まっている。銀時殿に危害はない〕

「そっかぁ、なら安心だわ…じゃなくて!先に俺を解き放ってもらわねーと…」

ハッとして銀時は言葉を止めた。微かに聞こえた物音…淀んだ空気が揺れ、何者かの訪れを告げていた。

「っ………」

銀時も、藤十郎も口を閉ざす。焦ったところでどうにもならないと、覚悟を決めるしかなかった。もちろん、最後まで戦う覚悟だ。
バチッと小さな音が鳴り、通路の電球に光が灯る。ザッ…ザッ…ザッ…足音が次第に大きくなり、耳元近くで止まった。
やってきた男は鉄格子の傍らにしゃがみ込むと、銀時を見てニヤリと口角を吊り上げた。無精ヒゲにぼっさりした髪、どう見ても小汚い浪人風の男…どう考えても楼主でないことは確実だろう。
その男が口を開いた。

「よォ、白髪の兄ちゃん、久しぶりだなァ」
「!………?」
「オイオイまっさか、おめェも忘れたとか抜かすなよ?こっちはトラウマになるくれェ覚えてんのによォ…」

言われて、銀時はジト目で男を見据える。

「………誰だ?」
「はあァ!?…って、どんだけ忘れ去られてんだ俺は…怒りを通り越して悲しくなっちまうだろ?あの娘も俺を忘れてるしよォ…おめェらの脳ミソどーなってんだァ?ったく…」
「!…かたらのこと言ってんのか?…つーか、テメーは誰なんだよ」

まったくもって思い出せない銀時が訊くと、男は面倒くさそうに溜息をついた。

「十年以上前の出来事だ、覚えてねーか?おめェの妹分攫った二人組の男がいただろォ?そのうちの一人が俺だ」
「…………!!…あのときの…!?」
「反応遅っ……ま、思い出したならそれでいいけどよ」
「まさかテメーらが…かたらを…」
「重要なことも忘れちまったみてェだから言っておく…元々な、娘は湊屋の旦那のモンだったんだ。こっちから見りゃあ、娘を横取りしたのはおめェのほうなんだよ」
「!…みなとや……湊屋…」

『どうも湊屋って野郎は天人と繋がってるみてェだぜ…近々、江戸に繰り出して吉原にてめェの店を開くんだとよ』

面影に立つは少年高杉、晋助の言っていた台詞が頭をよぎる。過去と現在が繋がって、再びかたらを憂き目に遭わせようとする者たちがいると、銀時は理解した。

「俺が横取り?…ふざけたこと言ってんじゃねーぞ…あいつの親ァ殺して、自分のモノにしようたァ鬼畜外道なんかじゃねェ…畜生以下のクズ野郎がすることだぜ」

銀時が冷やかに言い放っても、男は動じない。

「畜生以下のクズ野郎か…言い得て妙、ってなモンだ。今更、真っ当に生きようたァ思わねーさ…ま、俺の相棒は結婚してガキ作って、こっから足洗っちまったけどな…アイツはアイツ、俺は俺だ」

〔銀時殿、この男の相棒は…殺されているのだが…〕

急に藤十郎が割り込んできて、銀時はフッと笑った。

「……オイ、ヒゲ野郎…テメーはとんだお気楽ヤローだぜ…堅気の仕事ならともかく、テメーらの所業は簡単に足を洗えるモンじゃねーだろ?足なんざ洗えねーよ……殺されちまったらな」
「…アイツが殺されたって言いてェのか?」
「口封じにゃ付き物だろ?案外、家族まとめて奥の穴ん中で暮らしてるかもなァ」

挑発するような銀時の言い草に、男はしばし沈黙する。思い当たる節があるのか、ないのか…表情からは何もうかがえない。

「バカ言うな…殺されるのはおめェのほうだ、兄ちゃん」

言って、男はゆっくりと立ち上がった。

「俺はこれから旦那を呼びに行く…命乞いなら旦那にするこった」
「!……っ」
「じゃあな…次に会うときゃ口も利けねェだろーが、丁重に葬ってやんよ」

殺されること前提らしい。そうして男は踵を返し戻っていった。気配が消えても、通路の明かりはそのままに…電球に照らされた銀時の顔に冷や汗がふつふつと浮かんだ。

「オイ、ヤベーぞ…このままじゃマジで殺られる…!」

〔…銀時殿、いざとなれば私が体を張ってそなたを護ろう〕

「イヤ、アンタに張れる体ねーだろがっ」

認めたくないが、絶体絶命の窮地に立っている…のかもしれない。


3 / 6
[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -