「いや〜トシ、今まで気づかなくてすまんかった」
「……何が?」
「本当に、切実に、のどから手が出るほど欲しかったのはお前のほうだって、やっと気づいた」
「……だから何が?」
「いっつも忙しい忙しい言ってたよね〜、猫の手も借りたいって言ってたよね〜、トシってば」
「近藤さん…要点を言ってくれ、要点を」

土方に軽く睨まれ、近藤は真面目な顔つきになった。ゴホンと咳払い。

「本日付をもって、葉月かたらを真選組副長補佐に任命した」
「………え?今なんて?」
「今日から、かたらちゃんがお前の補佐につく」
「………なんでだよっ!?」

と言いつつ、理由は読める。かたらが傍にいるとストーカー行為もままならないとか、そんな理由だろう。

「だって、だってぇ…お妙さんがヤキモチ焼くんだもの…俺とかたらちゃんの関係を勘違いするんだものぉ」
「ヤキモチって…」
「トシ、頼むっ!俺ぁもう、お妙さんに誤解されたくないっ、これ以上嫌われたくないんだよおぉぉぉ!」

嫌われている自覚はあるらしい。

「だからって俺に押しつけないでくれ。元々あの女はとっつぁんがアンタの用心棒として送り込んだ女だ。だったらアンタの傍に置いとくべきだろ?」

そう、ストーカーを卒業させる良い機会だと思う…

「ハッハッハァ、心配するな、トシ!とっつぁんはトシの補佐でもかまわねーって言ってた!」
「はあァァァ!?何勝手に決めて…」

ギシッ、と廊下の床板が軋む音がして、ふたりは目を向ける。
ススス…、襖を開けたのは沖田だった。

「……なんだ、総悟か…」
「なんだ、とはなんでィ。…土方さんがいらないってんなら、あの女…俺がもらいますぜ?」

沖田は部屋に入ると壁に背を凭せ、腕を組む。

「暗殺部隊に入れるほどの腕前…それを活かすには一番隊が最適でさァ。ねェ、近藤さん」
「ふむ…総悟の意見も一理ある」
「ちょっ、近藤さん、よく考えろ!総悟に預けたら色々な意味で危ねーよっ」
「土方死ねばいいのに。…ま、ここは本人の希望も訊いてみたらどうでしょう…オイ、入りな」
『!?』

サッと現れたのは話題の人物、葉月かたら。「失礼します」と頭を下げ、沖田の隣に並んだ。

「葉月、お前はどうしたいんでィ?」
「たらい回しでも、わたしはかまいません。色々なものを見て、色々経験することは楽しいですし…何より勉強になりますから」

ふわりとした笑顔、その本心は見えない。それに、たらい回しされることに慣れているような口振りだ。

「ほら、近藤さん。葉月は複数相手でも、どんなプレイでも楽しめるって言ってるし、ここはまず一番隊に」
「お前はナニするつもりィィィ!?ダメだ、こいつにだけは預けちゃならねェ!近藤さん…っ」
「それじゃ、トシの補佐で決まりだな!」
「あ……え?」

掘ったつもりはないのに、墓穴を掘っていた。

「トシならきっと、かたらちゃんの能力を最大限に活かせるはずだ。頼むぞぉ、トシ!」
「………あ、あぁ…わかったよ…」

もう、ここは腹を括ってビシバシと教育してやろう。女だろうと関係ない、立派な補佐に仕立てれば自分の仕事も楽になる。そう前向きに考えることにした。

「葉月、気をつけな。土方さんはサバサバしてそうに見えて、実はネチネチしつこく責めるタイプでさァ」
「陰湿なんですね」
「なぁにがネチネチだ、陰湿なのは総悟、お前だろが……ったく」

仕方ねェ…、心の中でつぶやいて煙草に火をつける。その仕草をかたらがまじまじと見ていた。

「ん…?」
「…いえ、なんでもありません」
「煙草が臭いって素直に言ったらいいだろィ。女の前で煙草吸うなんてサイテーよねー」
「うるせェ…俺ァ、女だからって特別扱いはしねーよ」
「はい、そのほうがわたしも嬉しいです」



副長補佐に決まり、かたらは土方の隣部屋に引っ越した。
忙しい理由を訊けば、前に土方が入院で休んでいた分の書類が溜まっているらしい。手始めに書類等の事務処理から教わって、その日の夜遅くまで一緒に過ごした。





真夜中を過ぎた午前二時、かたらは浅い夢から目を覚ます。

「………っ」

起き上がると涙が頬を流れ落ちた。
いつもの黒い夢だった。薄暗い世界、黒い影。束の間の悲しみに震え、涙を拭う。

少し腫れてしまった目元を冷やすため手水場に行こうと自室を出て、隣部屋の灯りに気づいた。まだ土方は起きているのだろうか。しかし、動く気配は感じられない…
気になって襖障子の隙間を覗くと、小机に突っ伏して眠る土方の姿が見えた。失礼して中に入り、隅に折りたたまれている布団から毛布を取り出す。
鬼の副長と呼ばれていても、寝顔は幼い子供のようで可愛い。人の気配で起きないのは疲れている証拠。かたらはそっと毛布をかけて、室内灯を消した。

「………」

部屋の入り口から差し込む僅かな月明かり。
薄暗くなった部屋に浮かぶ土方の影…それが黒い夢と同じ光景に見えて、かたらはハッと息を呑んだ。

黒い影。

恋焦がれた黒い影が目の前に存在している。
そんな錯覚にかたらは手を伸ばす…違うと分かっていても求めてしまう…

「っ……」

愛しさに襲われて、震える指先でその髪に触れた。
黒髪を撫でた感触に、胸が締めつけられる。身体の中心が疼くように熱くなる。ふと、それが欲情だと思い出して、かたらは土方から身を離した。
瞬時に気配を絶ち、部屋を出る。



塗りつぶされた黒い記憶。
それ以降今まで、黒い影に重なった人はいない。

土方が初めてだった…


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