『七夕の夜、君を迎えに来る』
と、青年は言った。
『藤十郎…それは、どういう意味なのでしょう…?』
夕色の髪をした花魁が訊く。
『かごの中の鳥はかごの中で死ぬ宿命と、君はあきらめているようだが…私はあきらめなかったのだ……ただ、それだけのこと…』
『?…それでは説明になっておりません』
『君は…かごの外へ出る』
『……わたくしが…?』
『七夕の夜、そのときになれば分かるだろう…』
青年…藤十郎は花魁の右手を取り、引き寄せる。
『夕霧、必ず君を迎えに来るから……約束を交わしてくれないか?』
『…指切りにございますか?』
『そうだ…』
花魁…夕霧は一度目を伏せたあと、複雑な表情で藤十郎を見つめた。
『…信じても…よいのですか?』
『信じてもらわねば約束の意義がない……私を信じてくれ』
『藤十郎……』
夕霧は少しだけ微笑み、ゆっくりと小指を差し出した。それに藤十郎の小指が絡まり、繋がって…ふたりは静かに唱えた。
指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます
『指切った』
スッと離れた小指と小指。藤十郎は夕霧の手を引き止めて、その小指に口付けを落とす。口に含むように愛撫して、甘く噛みつくと、夕霧は吐息をもらした。
『藤十郎…そのまま噛み切ってくださいまし……わたくしの小指をあなたに捧げたい…』
『…心中立てか……』
そう呟き、小指の先にギリ…と歯を立てる。本気で噛み切るわけもなく、藤十郎は唇を離した。
『君の小指、しかと貰い受けた…』
互いに微笑んで、どちらからともなく寄り添う。
『かごの中の鳥も希望が持てるのですね…あなたを信じて待つことしか、わたくしにはできません…』
『夕霧…地上に出て一緒に天の川を見よう……子供の頃のように一緒に…』
『でしたら、わたくしは照る照る坊主を吊るして待たなければなりませんね……昔と同じように』
『そう…短冊に書く願い事も、昔と何ら変わらない』
ずっと一緒にいられますように
そして七夕の日、夜明けの晩。
『楼主!…そなたは約束を破るつもりか…っ』
藤十郎は苦しげに声を上げる。
電球の生温い光が暗闇を照らす地下牢の中で、藤十郎の体は吊るし上げられていた。
『約束?…この吉原において約束事なぞ幻に過ぎませんぞ、藤十郎殿。それに、吉原の法を破ったのは貴方ではありませんか…』
楼主と呼ばれた男は言葉を続ける。
『再三、身請けは禁じられていると申したにもかかわらず…賄賂を押し付け、この扇屋一番の花魁を奪おうとは不届き千万。夕霧太夫を病死したことにせよと、図々しさもはなはだしく不快極まりない始末…』
『何を言う、不届き至極はそなたではないか!体の弱い夕霧に酷使な仕打ち…儚い命と見限り、身請けを承諾したのは其の方であろう!!』
それを聞いて、楼主は刀を抜いた。
『…藤十郎殿、嘘はいけませんな』
スッと藤十郎の頬に刃をあてがい、頬から首へ切先を滑らせ赤い傷を付けていく。
『っ…このような行為…許されると思っているのか!?』
『ええ、許されますとも……この楼閣の主はわたしなのだから…』
切先が腹部で止まり、グ…と皮膚に食い込む。少しずつ肉を裂き、内臓に達してもなお深く、体を貫かんとする。
『ぅ、ぐっ……楼主っ……き、さま…ぁ…ぁあああっ!!』
『目障りなんです…貴方は……』
藤十郎の呻きと共に、三和土(たたき)の床に血溜まりが広がっていく。
『夕霧はわたしの大切な人形……誰が手放すものか…』
『ッ……ゆ、…ぅ……ぎ…………』
涙がこぼれ落ち、遠のく意識の中で何度も名前を呼ぶ。けれどもう、声は届かない…夕霧に届くことは……
果たすことができなかった約束。
体を貫かれた痛みよりもっと、心が痛かった。苦しかった。夕霧を地上に連れ出すまでは生きていたかった。こんなところで死ぬわけにはいかなかった…かたらを…かたらを助け出すまでは……
「!!……んはっ!?」
ビリッと体に電撃を感じて、銀時は覚醒した。
「……アレ?…生きてる?俺、刺されて死んだのに生きてる!?」
〔刺されて死んだのは私だが〕
「はっ?…へ……?」
頭が混乱してわけが分からない銀時に、真横にいた白い人物が語りかけてくる。
〔すまない。そなたの記憶を覗いたのだが…逆に私の記憶もそなたの意識に流れてしまったようだ〕
「…………」
沈黙。そして沈黙。さらに沈黙ののち、銀時はようやく理解した。
「お前なァァァ!勝手に人の肉体に入ってくんじゃねーよ!ビックリして死んだかと…いや!勝手に人を臨死体験させてんじゃねェェェェ!!シンクロ率400%じゃねーかァァァ!!」
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