「ま、最初の難関はここを無事に出れるかどうか…」
「銀時さま…外へ出る裏口なら、いくつか心当たりがございます」
「!……案内できるか?」

銀時の言葉に夕霧は力強く頷いて、前帯に手をかける。

「それでは…身軽になるために、重い着物は脱いでおきますね」
「ん、あぁ…そーだな……手伝う?」
「いえ、…ひとりでできますので…」
「………」

帯を解き出した夕霧をまじまじと見ているのも気恥ずかしくなり、銀時は背を向けて鉄格子に寄りかかった。シュル…シュル…と聞こえる布擦れの音にしばらく耳を傾ける。
かたらの姿が視界から外れただけで心苦しく感じ、銀時はフッと息をついて苦笑した。早くこの腕の中に抱きしめたいと、胸が疼き、渇望している…
やがて音がやみ、背中に気配が触れた。

「銀時さま……」

かたらの声であっても、かたらではない…夕霧に名を呼ばれ、振り向く。

「っ……」

銀時はすぐ目の前にあるその姿に、思わず生唾を呑み込んだ。
かたらの肌に、薄い化粧着が滑らかに纏わりつき、体のラインを晒している。艶やかで色のある姿…間近で見れば見るほど、その美しい容姿の虜となってしまう。

「ハァ…今だから言わせてもらうけどさ……きれいになったよな、かたら…惚れ惚れするわ」
「ふふ、そういうことは本人に直接伝えてくださいまし。きっと喜びますよ……記憶を失くしても、あなたを好いておりますから…」
「え…それって愛情?それとも友情か?」
「さて、どちらでしょう…わたくしには答えられぬ感情でございます」

クスクスと夕霧が笑い、釣られて銀時も笑った。

「そうだよな…訊くのは野暮ってモンだよな…ハハ…」
「銀時さま、かたらの記憶喪失について、今話しておきましょうか?」
「へ?」

唐突に夕霧が切り出してきた『記憶喪失』の話…

「…治る見込みがねェなら、ハッキリ言ってくれ」
「いえ、治す手立てがございます」
「!……本当かっ!?」

鉄格子を掴んだ銀時の手に、夕霧の手がそっと重なる。

「わたくしも驚きました…記憶に鍵をかけられていては、自力で思い出すことは難しいでしょう」
「カギ…?」 
「かたらは記憶が戻らぬよう暗示をかけられているのです」
「暗示だと?…そりゃどーいうこった」
「かたらの命を救った医者が…意図的に施した催眠療法によって、過去の記憶を封じているのです。思い出してはいけない、と…」
「!」

『強く思い出そうとする度に、脳裏で矛盾が生じるんです。思い出してはいけない、と…』
前に、かたらが言っていた言葉…その謎が明かされる。

「かたらの義父が…やったことなんだな」
「…辛い過去は忘れたほうがいい…本心ではかたらを手放したくなかったのでしょう。その方はかたらを娘として愛しておりましたから…」

その逆も然り。かたらも義父を尊敬し、慕っていた…

「…今更、文句言ったって仕方ねェ…むしろ俺ァ、そいつにゃ感謝してんだ。かたらの恩人は俺にとっても恩人だからな。……で、暗示を解く方法があんだろ?教えてくれ」

ぎゅっと夕霧の手を握り返す。

「はい…それは………っ」

夕霧はハッと息を呑み、顔を強張らせた。その眼差しは銀時の後ろに向いている。

「触れてはならぬ……利用規約を忘れたのか?」

聞き覚えのある声に振り向けば、この店の用心棒が立っていた。一度だけ相まみえ、刀を交わした男…

「!!…てめーは、っ」

ヒュン…!刹那に抜かれた刃が銀時に迫る。

「銀時さまっ!!」

夕霧の悲鳴と同時に、切先が銀時の喉元手前で止まった。優男はちらりと夕霧を見て、怪訝そうに眉を下げる。

「…銀時さま?……まだ薬に順応していない段階で声を発し、意識があるとは驚きだ。その娘、夜な夜な歩き回るから夢遊病の類かと思っていたが…どうやら違うらしい…どこかの亡魂に肉体を奪われたのではないか?」

『………』

銀時も、夕霧も、沈黙する…

「答えろ……誰が入っている?」

言って、優男は切先を銀時の首に押し当てる。

「……誰って言われてもよぉ、かたらの肉体だぜ?かたらの魂が入ってるに決まってんだろーが」
「私はその娘に訊ねているのだ、お前ではない……さぁ、答えねばこの者の首に風穴が開くことになるが」

グッと切先が皮膚に食い込んだ。それに臆したのは刀を突きつけられた銀時ではなく、夕霧だった。

「おやめくださいまし!わたくしはっ……わたくしは夕霧でございます!その方を殺すというのなら、わたくしは舌を噛んで自害いたします…っ」
「……夕霧太夫、か…」

優男は小さく呟いて、銀時から刀を引く。

「坂田…銀時と言ったか……主がお前と話したいそうだ、一緒に来てもらう」
「あるじ……ここの経営者のことか?」
「そうだ…」
「オイオイ、俺に話があるたァどーいう料簡だ?かたらはあきらめろ、とでも言うつもりじゃあねェだろな」
「会えば分かる」

カチ…と、優男が刃を鞘に収める。
その瞬間に銀時は動いた。再び抜刀する暇を与えまいと、相手の懐に突っ込んで両腕を封じる。

「わりーが、そのクソ上司に伝えといてくれ……誰が行くかバカヤロー!ってな。あと、かたらは返してもらうぜ」

互いに手の自由が利かない…ともなれば、足が物を言う。銀時から仕掛けた足払いに優男は体勢を崩し、倒れた。

「っ……」

寝技ができない代わりに、銀時はそのまま上から全体重をかけて押さえつけた。

「…殺されるって分かっててさァ、大人しくついてくワケねーだろぉ?」
「………そう…だな…」

優男は苦しそうに、笑みを浮かべる。それが…不敵な笑みに変わった瞬間には、もう手遅れだった。

「銀時さまっ…!!」

ゴッ!と、後頭部に鈍い音が響き……銀時は意識を手放した。





土の匂い…それと、カビ臭さが鼻を突く…

「…ぅ……う、く…っ……」

銀時は呻きながら薄目を開けた。体は仰向けになっているが、辺りは真っ暗で天井も何も見えない。

「ここ、は………痛っ」

ゆっくり意識が浮上して覚醒した途端、ズキッと鋭い痛みが走る。鈍器で軽く殴られたらしい後頭部はきっとタンコブができていて、悪ければ出血しているだろう…確認のため手を伸ばそうとするも、あいにく両手は背中側で縛られていた。両足も同じく、縄でぐるぐる巻きである。

「………」

情けなくて泣きたい。かたらを助けるはずだったのに、自分が助けを求める側になってしまった。迂闊だった自分に反吐が出る…というか、気持ち悪くて吐き気がする。頭も痛いし、この場の淀んだ空気も息苦しくて、呼吸も上手くできない…気がする。
苦し紛れに横に寝返りを打つと、遠くに小さな明かりが見えた。銀時はその光を頼りに目を凝らす。次第に辺りの闇が和らいで、知りたくもない現実が見えてきた。
鉄格子、その檻の中に囚われている自分…

『ここに囚われている魂は…わたくしだけではございません。地下牢に行けばきっと、たくさんの魂が嘆いていることでしょう…そこに藤十郎の魂も居るはず…』

思い出したくなかった夕霧の台詞…

「………まさか…イヤ違うだろ……うん、大丈夫…」

ここが地下牢であることを是が非でも認めたくない。オバケなんて見たくない。

「そんな、地下牢なんてベタな…」

展開あってたまるか…と、顔を仰向けに戻してみれば、何やら白いモヤが見えた。それはふわりと空中に浮いていて、やがて人の輪郭をまとっていく。

「っ!?………」

暗闇にはっきりくっきり浮かぶ男の姿に、銀時は固まった。

〔そなた、大丈夫か?〕

と声が聞こえ、同時に男の蒼白な顔が近づいてくる。

「っ、ぎゃあああぁぁあああぁぁ!!」

銀時は咄嗟に床ローリングで回避して、ガシャンッ!と勢いよく鉄格子にぶつかった。そのまま外に助けを求める。

「だっ、誰かァァァ助けてェェェェ!!頼むからオバケと一緒の牢は勘弁してくださいいいィィィ!!」

〔そなたには、私の声も姿も分かるようだ…〕

助けも空しく、背後にぞわりと冷気…否、霊気が漂った。

「っ…頼むから、300円あげるから、呪い殺すとかナシの方向でお願いします…!俺にはやらなきゃなんねーことがあるんだ……かたらを…かたらを助け出すまではっ…こんなところでくたばるワケにはいかねーんだよ…!」

〔…かたら?…かたら……懐かしい名だ…〕

「!?……アンタ、かたらを知ってんのか?…まさか、アンタが夕霧太夫の…」

〔そなたは夕霧に会ったのか…私の愛しいひとに…〕

「!!」

間違いない。この亡魂こそが夕霧の幼馴染で恋人の…藤十郎ではないのか。ならば、夕霧のこと、かたらと自分が置かれている危機的状況を説明しなければならなかった。
銀時は恐怖を振り払い、男に向き合った。が…

〔……すまぬ…〕

男が唐突に謝るので、「へ?」と口を開いたその瞬間。
銀時の体中が金縛りに遭ったかの如く痺れ、何かが内側に減り込んでくる感覚に圧迫された。ひとつの亡魂が、魂ある肉体に無理やり侵入し、同化を試みているように…

「ぅ…く…っ………」

それに抗うすべもなく、銀時の意識は揺らぎ、落ちていくだけ…


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