「ゆう…ぎり…?」

すうっと銀時の血の気が引いた。

「ゆっ、ゆゆゆ夕霧って…あ、あの自殺した…夕霧太夫っ!?」

かたらは銀時を見据えたまま頷く…否、夕霧の魂がかたらの体に入っているならば、かたらではなく夕霧が頷いたことになる。つまり、それは夕霧だと肯定しているわけで…

「ハハ…そんなまさかぁ…」
「お初にお目にかかります、銀時さま…いつも、かたらがお世話になっております」

突然、三つ指をつき頭を下げるので、釣られて銀時もお辞儀を返してしまった。

「いえいえ、こちらこそ……って、何で俺の名前知ってんの?お世話って何!?アンタ一体…」

かたら…夕霧は鉄格子にそっと手を添える。

「わたくしはずっとこの楼閣におりました…生きていた頃も、死んでからもずっと…展望台に立っていたのです。まさか…この子が同じ場所に立つとは、思いも寄らぬことでした」
「この子って…アンタ、かたらの…」
「銀時さま、この子はわたくしの姉の子でございます」
「!!」
「…かたらはわたくしの姪なのです」

『そんなにそっくりなら、かたらさんと何か関係あるんじゃ…』
新八の言葉が脳裏によみがえる。その疑問が当たったのだ…

「オイオイ、マジでか…?」
「波長が合わねば肉体を借りることも叶わぬでしょう」

もはや、幽霊怖い!などと思う暇もなく、更なる疑問が湧いてくる。

「んじゃ、かたらがアンタの姪っ子だとして…かたらは旗本良家の生まれだった…ってコトか?」
「…わたくしの事情を知っておられるのですね」
「あの、知ってるっつーか…とある遊女の悲恋話を聞いただけなんで、嘘か本当か分からねーんですけど…ね…」

単刀直入に訊きづらかった。幽霊とはいえ…幽霊だからこそ…気分を損ねたら、何か怖い。やっぱりオバケ怖い…
そんな銀時の複雑な心情と表情をよそに、夕霧は笑みを浮かべた。

「ふふ…『夕霧の涙雨』をお聞きになりましたか……所詮、物語でございます。物語に真か偽かを問うて何になりましょう…真実はわたくしの中にあればよいのです」

言って胸に手を当てる。

「けれど、銀時さま…あなたにだけは真実を知っていただきたく存じます…この子の記憶についても…」
「!…アンタが俺を知ってんのは、かたらの記憶を見たからか?」
「その通りにございます…順を追ってお話しいたしましょう」
「……」

銀時は小さく頷き、夕霧の言葉に耳を傾ける。

「事の始まりは、天人・天導衆が幕府に介入してからでございました…水面下では悪政が横行し、わたくしの父はその悪政執行を強いられておりました…父は己の志と違う政務だとしても、家族のため、一族のためと、心身を磨り減らしながら働いていたのです。そこへ誰の差し金か…父が指令に逆らっていると、主君に叛意を抱いていると、密告する者が現れ…事態が暗転したのです」

派閥争い、権力争いに密告者は付き物だろう。真偽を確かめる暇も猶予も与えず、標的を貶める知恵や手段はいくらでもある。

「お上の意に背く者、その行く末は決まっておりました…不忠の家臣として父は切腹を命じられ、遺された一族は重追放となったのです」
「追放……」

さすがに一族郎党皆殺しという、むごい仕打ちはなかったようだ。銀時は少しだけホッとするも、夕霧が続けた台詞に戦慄を走らせることになる。

「けれど…江戸を出るわたくしたちの前に刺客が立ちふさがりました」
「!」
「表向きは追放…裏は不穏分子の一掃…皆、天人の手から逃れるすべもなく地に倒れゆく中…義兄は幼子のかたらを背負い、姉は病弱なわたくしの手を引いて…必死に森を駆け抜けたのです。しかし、足手まといの者がいては逃げきることも難しい…」

ふわりと微笑む夕霧、哀しみを越えた笑顔だった。

「今生の別れを覚悟して…繋いだ手を離したのは、わたくしのほうでした」
「……」
「それから、わたくしは地下遊郭へ売られ…姉たちは…」
「山陽地方の港町まで逃げてきた、ってワケか…」

親といた幼少期、質素な生活でも幸せだった…と、かたらは言っていた。それは追っ手から身を隠すため、目立たぬよう暮らしていたに違いない。

「姉たちと別れたとき、かたらはまだ二、三歳ほどの幼子でした…今では立派に成長しておりますが…かたらの記憶、そのすべてを知った今…わたくしはあなたに深く感謝するばかりでございます」
「え?あ…イヤその、感謝と言われても…俺はその…」

返す言葉に詰まっていると、夕霧は話を切り替えた。

「銀時さま、折り入ってお願いがございます…どうか、お聞きくださいまし…」
「え?ちょ、待って夕霧さん…その前に教えてくれ、かたらは今どーなってんだ?てっ、貞操は無事なのか?」
「…かたらは薬を打たれております…五感はあれど意識が彷徨っている状態で…先程見たとおりにございます。ですが、わたくしが肉体を借りている間は強制的に精神が眠るので…薬による精神への害毒は止まるでしょう」
「止まる?…んじゃ、アンタがかたらに入ってたほうがいいってェのか?」
「薬を断ってからの意識回復が早くなる…と、思われます」

確証はないらしい。それはそうとして、大事なことを訊かなければ…

「で、かたらの貞操は無事…なのか?」
「……それほどお気になさるなら、今ここでお見せいたしましょうか?」
「へ…?」
「昔と同じように、丹念に確認してもよいのですよ?銀時さま…」
「なっ…!?」

夕霧はかたらの記憶を見ている…ということは、銀時とかたらのアレコレを知っているのだ。子供の頃、かたらの貞操を確認しつつ、そのまま秘部を舌先で愛撫したこともバレている…
銀時の顔が赤くなってから青くなる。それを見て、夕霧はクスクスと肩を震わせて笑い出した。

「…あの夕霧さん、からかわないでもらえます?なにこれ謝ればいいんですか?かたらにワイセツしたコト怒ってんですか?」
「ふふ…冗談でございますよ、銀時さま…かたらは汚されておりません、ご安心を」
「……まぁ、あとで確認するけど。…それで夕霧さん、アンタの話は何なんだ?」
「………」

スッと夕霧の目色が変わり、笑みが止まる。

「わたくしがここにいる理由をお聞きくださいまし」
「ここにいる理由?…地縛霊だからここにいんじゃねーのか?言っとくけど、成仏させてくれとか無理だから。俺ァ、僧侶じゃなくて遊び人だから」

正直、今はかたらを助け出すことが最優先で、それ以外の厄介事は御免こうむりたい…けれど夕霧はかたらの叔母で、銀時にとってもはや他人とは言えない存在になってしまった。

「わたくしは輪廻を外れた魂…成仏とは無縁にございます」

たとえ不成仏霊だとしても、このまま放っておくのは忍びない。

「まぁそのアレだ、俺にできる範囲なら協力してやらんでもない…とりあえず話してくれ、それから考える」
「…感謝いたします」

夕霧は頷き、物語の続きを話し出した。

「わたくしは展望台でずっと待っておりました…あの人が迎えに来るのを…昔も、今も…」

あの人…『夕霧の涙雨』で語られるところの、迎えに来なかった男のことだろう。夕霧は死してもなお男を待っている…瞳子のゆらめきは愛しい者を想う切なさか…

「わたくしには幼馴染の男子がおりました…名を藤十郎と申します。心優しく穏やかな男子で、幼少の頃より病弱だったわたくしの遊び相手にございました。同じ旗本でも階級の低い家柄でしたが、わたくしたちは親の許しを得て、十三の頃に結納を交わし…十七で夫婦になる予定だったのです」
「!……」

銀時は驚いた。単なる偶然だと思うが、夕霧とかたらの共通点に気づく。
かたらが十三のとき、婚約お守りをくれたこと。そして、十七になったら結婚しようと約束したこと。

「結局、それは叶うことなく…わたくしは吉原に幽閉されました。藤十郎と再び逢えたのは、それから六年も先のことにございます…」
「六年……」

何の因果か、別れていた年月まで同じである。銀時とかたらの再会も六年後だった。

「藤十郎はわたくしを落籍するために身代金を用意しておりました。足繁く通い、楼主に何度も説得を試みましたが、天人支配化の吉原で身請けは許されぬ決まりで…わたくしたちは夫婦になれず、ただの遊女と客という関係がしばらく続いたのです」
「………」
「そしてある日、藤十郎が言いました…七夕の晩に迎えに来ると、わたくしと指切りを交わして……それきりでございます」

話から察するに、夕霧を裏切るような男には到底思えない…

「…アンタは今でも信じて待ってんのか?」
「だからここにいるのです…」
「つーか、何で迎えに来なかったんだ?その男は…」
「殺されたのです」
「そーかそーか、殺されたからね…そりゃ殺されたら迎えにも行けねーし、約束も果たせねーわ……って、オイオイ…誰に殺されたってんだ?」

憶測で考えると、楼主が一番怪しいだろう。

「約束の日を過ぎて、不審に思ったわたくしは楼主に問いただしました…すると楼主は、あの男とはもう二度と会えぬと言い…更に問い詰めたところ、殺したと言ったのです」
「……」
「それを知って…わたくしは展望台から身を投げました」

殺されたから、男は夕霧を迎えに行けなかった。そして、夕霧は自ら命を絶った…

「あの、夕霧さん…向こうも死んでるってコトはァ…アンタがここで待つ意味あるんですか?」
「わたくしは…藤十郎の魂を待っているのです…死ねば逢えると思いましたが、それも叶わぬまま…展望台から動くこともできず……」

夕霧は伏し目になって言葉を止める。
これが『夕霧の涙雨』の真相で…物語はまだ完結していない。夕霧と藤十郎、ふたつの亡魂がひとつに繋がらない限り、終わりを迎えることはない…
だとしたら、夕霧のお願い…頼み事とは一体何なのか?銀時は同情しつつ、不安に駆られた。

「まさか俺に…男の魂を捜してくれ、とか言うつもりじゃあ…ないよね?…ありえないよね?」

恐る恐る訊いてみると、夕霧はにっこりと笑みを作った。

「え?…マジで?」
「銀時さま…この楼閣のどこかに、地下牢へ通じる扉が隠されております」
「…地下牢?」
「噂では地下牢の奥に大きな穴があって、そこに遺体を捨てているとか…」
「い…遺体ってなに…?」
「病死した遊女や、訳ありの…死体ではないでしょうか」
「…ワケあり……」

嫌な予感しかしない。

「ここに囚われている魂は…わたくしだけではございません。地下牢に行けばきっと、たくさんの魂が嘆いていることでしょう…そこに藤十郎の魂も居るはず…」

というか、嫌な悪寒しかしない。

「わたくしはかたらの肉体を借り、地下牢の扉を探していたのですが…勝手に出歩いているところを見つかって、薬を打たれ、部屋に閉じ込められ…今は自由に動くこともままなりません。ですから、銀時さまに…」
「イヤイヤイヤ無理っ、ぜったい無理!そんな恐ろしい場所、死んでも行きたくねーから!!だって祟られちゃうよ?カラダ乗っ取られちゃうよっ!?」

霊感が強くても、オバケが怖かったら意味がない。才能の無駄遣いというやつだ。もう二度と、とある幽霊旅館のような体験はしたくないし、そんなのこっちから願い下げである。

「戦を経験なさっているのに、死者が怖いのですか?」
「それとこれとは別だから!過去の戦争と平和ボケした現在じゃあ心内環境がまったく違うからねっ?そもそもな、捜せっつっても…俺にゃステルス機能も搭載されてねーし、隠れ蓑も持ってねーし、忍者じゃねーし…俺一人じゃ無理なんだよっ!怖いし…」
「真に怖いものは生者にございましょう」
「そりゃそーかもしんねェけど…」

今はかたらの身の安全が第一なのだ。それは譲れない。

「…夕霧さん、地下牢の件は一旦ここを脱出してから考えようぜ」
「わたくしも…でしょうか?」
「かたらもアンタも一緒にここを出る。…仲間が心配してんだ。早く連れ帰って、お前の顔見せてやりてェんだよ」

ハッと夕霧が息を震わせて、申し訳なさそうに表情を歪ませた。

「……わたくしは己のことばかり考えて…これでは叔母失格でございますね」
「まぁ、とにかくよ…かたらを救出すりゃ、この店が女を攫って不正に働かせてるっつー証明になるからな。そしたら俺と月詠率いる自警団で突撃して、堂々と悪者退治できるってワケだ。地下牢の探索は障害物を排除してからのほうがいーだろ?」

一人じゃ無理でも大勢で行けば怖くない。それに、不正に罰を与えるのは吉原の番人・月詠の仕事だ。

「…そう…ですね、ここは銀時さまのご意見に従いましょう」

説得成功。


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