『みなとや』…少年が向かった先は、夕霧太夫が身を投げたという小さな楼閣だった。
できればそこに辿り着く前に少年を捕まえて、かたらについて知ってることを洗い浚い吐かせたかったが…運悪く間に合わなかった。
少年は店先にいる客引き店員と言葉を交わした後、建物側面にある門を開け、中へと消えていく。おそらく奥に裏口があるのだろう。

「………」

銀時は展望台を仰ぎ見て、まさか…と考える。ここ数日間で夕霧の幽霊を見た者がいると聞いたが…それは、かたらじゃないのか?夕霧ではなく、かたらがあの展望台に立っていたのでは…?と、疑問に思う。

「…かたら……っ」

とにかく、今は己の行動を決めなければならなかった。
かたらがそこにいるか否か、確かめるには『みなとや』へ入るしかない。だが、忍び込むにしても店の経営時間に侵入するのは無理だろう。それに、勝手に突っ走って騒ぎを起こすわけにもいかない。

ここは一旦、戻って作戦を立てるか…それとも……

「いらっしゃいませ、お客様。また見に来て下さったのですね」
「どーも。…女の子見てもいい?」

結局、銀時は客として『みなとや』に入ることに決めた。それなら問題ないはずだし、軽く建物内部の構造を確認できる。あわよくば、かたらが見つかるかもしれないのだ。

「もちろん、どうぞこちらへおいで下さい」

前と同じ店員が張見世に招いてくれた。

「今日はさァ、見るだけじゃなくてェ…買いに来たんだよね、俺」
「ありがとうございます。この時間ですから、遊び女の数も揃っておりますよ」
「ほう…よりどりみどり、ってワケね」
「ええ、お好きな子をお選び下さいませ」

銀時は格子の前に立つと、物色するフリを始めた。他の店と比べて、ここの張見世はかなり広い。中に十数人の遊女が座っていても、窮屈ではなさそうだ。

「ホント、別嬪さんばかりで迷っちゃうんですけど…」

別名『人形屋』と呼ばれるだけあって、遊女たちは姫人形のように美しく佇んでいる。
そして、虚ろな微笑みを浮かべ…その身も心も、人ならざるもの…まさしく人形と呼ぶに相応しい雰囲気であった。

「なんつーか違うんだよねェ…もっとグッとくる女がいいっつーかァ…」
「それでは、体付きでお選びになりますか?」
「あー、ボンキュッボンでお願いします…じゃなくて!もっとさァ、特別で別格な感じの子がいいんだけど」

つーか、かたらを出しやがれ。と、喉元まで来た言葉を飲み込む。

「特別…をご所望ですか」
「そうそう」

確実に厄介な客と思われているだろう。店員は一呼吸置いて答えた。

「…おりますよ。ひとりだけ特別な子がございます」
「!…いんの?だったらその子、見せてくんない?」

期待するなと言われても期待してしまう。もし、その遊女がかたらだったなら…力ずくで連れ帰るつもりだ。

「何せ特別ですから…タダではお見せできません」
「見物料だったら払うぜ」
「実の所、…目視しか許されていない遊び女でございます。ですから、お客様の相手はできませんよ?」
「見るだけってか…別にかまわねーよ、視姦すっから」
「…承知致しました。本当はお得意様にしか、お見せしていないのですが……さ、どうぞ中へお入り下さい」

銀時は店員の後ろに続き、店の入り口から受付のある広間へと上がった。流石、楼閣だけあって内装も絢爛豪華な造りである。

「こちらにサインをお願い致します」

まず受付で手続きがあり、利用規約の簡略な説明を聞き、帳簿に名前を書く。普通、こういう店では偽名を使うのが一般的だが、銀時は『坂田』と記入した。
それから料金を前払い…こんなこともあろうかと金の用意はしておいた。流石、吉原だけあって女を見るだけでもお高く付く。見物料だけで結構な金額を支払った。

「すみませんが、お腰の物をお預かり致します」

そして、武器になるものは持ち歩けない決まりがある。銀時は木刀を預け、丸腰になったところで目的の部屋に案内された。

「では坂田様、お時間になりましたら係りの者が知らせに参ります。それまでごゆるりと、目でお楽しみ下さいませ」

言って店員は静かに扉を閉め、去っていった。
その気配が消えたことを確認して、扉に手をかけてみると、当然の如く外側から鍵がかけられていた。
気を取り直し、銀時は座敷を見渡す。この部屋には人も物も…何もなかった。そう…特別な遊女はここより奥の座敷にいる…

「………っ」

銀時は襖の前に立ち、ごくりと唾を飲み込んだ。この奥座敷にいる遊女がかたらであることを祈りつつ、襖を開けていく…

瞬間、視界に飛び込んできた夕日色…

「っ、……かたら…」

咄嗟に口をついて出た名前…部屋の奥、敷布団に伏せている夕色の髪を結い上げた遊女…その顔は花魁衣装の厚い袖に隠れて見えない。

「かたら……かたら、だろ…?」

そばに寄りたくとも、部屋は真っ二つに仕切られていて近づけなかった。ふたりを隔てているのは太い鉄格子…掴んで揺さぶってもビクともしない。

「く、……かたら…っ、かたら…!」

銀時は必死に呼びかける。すると、夕色の頭がゆっくりと動き出した。

「!!」

顔を上げた遊女は紛うこと無き…かたらそのものであった。花かんざしの垂れ飾りを揺らしながら、かたらは銀時に顔を向けた。目頭から目尻に流れる淡紅色、頬も唇もあでやかに色付いているが、花魁にしては控え目な薄化粧だ。
銀時は鉄格子を掴み、かたらを見つめる。そして、かたらの瞳も銀時を捉えた。

「…かたら……?」

その瞳がおかしい…焦点が合っているはずなのに、合っていないような違和感…

「お前……っ」

推測はできる…この『人形屋』に囚われているのだ。張見世にいた他の遊女たちと同じ状態でも何ら不思議ではない。人形を演じている、と店員の男は言っていたが…実際には強制的に人形を演じさせられているのだろう。
かたらの表情を見ればおおよその見当がつく。容姿の整った女を攫って、何らかの薬物を使い、服従させている…そうとしか考えられない。
ギリリ…と奥歯が鳴り、銀時の心に怒りの念が湧き上がる。
本人たちの意思、人権を蔑ろにした非道な行為…それが今の吉原に存在していることが許せなかった。

「……かたら、こっちに来い」

銀時は膝を屈めて鉄格子の向こうに手を差し入れる。

「………」

かたらの唇が僅かに開くが、言葉は出てこない。

「いいから早くこっちに来い…お前に触れさせろ」
「………」

じっと動かないかたら。まさか言葉が理解できない程、薬漬けにされてしまったのか…

「オイっ頼むから……こっちにおいで、かたらちゃん」

一か八か、やさしく声をかけてみる。すると、かたらは口元を綻ばせ、そろそろと近づいてきた。

「もっと、こっちにおいで……そうそう、いいこいいこ…って小動物かオマエは」

ようやく銀時の手がかたらに触れる。その垂れた前髪を撫で、頬をさすると、かたらは嬉しそうに擦り寄ってきた。

「…ったく、こんな如何わしいとこに捕まりやがってェ…俺がどんだけ心配したと思ってんの?」
「………」
「俺だけじゃねェ、新八も神楽も…真選組の奴らだって、お前のこと必死に捜してたんだぜ?」
「………」
「だから俺ァ昔っから口を酸っぱくしてお前に言ってただろ?いつ如何なるときも油断は禁物、俺のために貞操を死守せよ!ってな。…ま、忘れちまっちゃあ仕方ねーけどよ」
「………」

説教をかましても、今のかたらには理解できないのだろう。

「……つーか喋れや」
「………」
「かたら、頼むから何か喋ってくれ…」

銀時はかたらの顎を持ち上げ、親指の先で唇をなぞった。その艶やかな唇がぷにっとやわらかくて気持ちいい…甘く懐かしい感触を思い出し、つい情欲に駆られてしまう。口付けの代わりにと親指のひらを押し当てると、かたらが小さく吐息をもらした。

「…ん……は、ぁ……っ」

たまらず、薄く開いた唇に指先をねじ込み歯列をなぞっていく。恍惚とした表情に変化したかたらの舌がちろりと指先を舐め、そして口内に受け入れる。そのなまめかしい仕草に下半身が熱くなる…

「……かたら…っ」

ちゅくっと親指を吸われ理性が飛びそうになったが、間一髪でかたらから手を離した。

「ああああぁぁああっ!んなときにナニやってんだ俺はァァァ!!」
「っ……」

突然、銀時が叫ぶので、ビクッとかたらの体が強張った。

「静まれ、鎮まれ、俺ェェェ!心頭滅却すれば火もまた涼し、今はエロイこと考えてる場合じゃねーんだよ?ここからどう逃げ出すか考えるのが第一だよ?ねっ、そうだよね?銀時くん」

自分で自分に声をかける情けない姿…それを見てキョトンとするかたらにも腹が立つ。

「オメーも桃色吐息なんぞしてる場合じゃねーだろっ!?青色吐息にしろってんだバカヤロォォォ!!」
「………」

とにかく落ち着こう…落ち着いて考えよう…銀時は目を閉じて腕を組む。かたらを見つけた以上、連れ帰らなければならない。手ぶらで帰るなんてもってのほか…

「……武器さえありゃ楽勝なんだがなァ…」

太い鉄格子はとても壊せそうにない。かたらを助けるには向こう側の扉から入るしかないだろう。となれば、ここの従業員を脅すか倒すかして鍵を奪えばいいのだ。

「よし、かたら…時間がきたら作戦開始だからな。お前、今のうちにその重たそうな着物脱いどけよ…手伝ってやっから」
「…わたくしはここを動きたくありません」
「イヤ動きたくないとか、んな悠長なコト言ってる場合じゃねーんだよ……ってアレ…?」

銀時はかたらの帯に手を伸ばしたまま停止する。

「お前さ……今喋ったよね?しかも、動きたくないって言った?何それどーいう意味?俺の幻聴?」
「…幻聴ではありません…ここを動きたくないのです」
「おま、何言って……っ!?」

かたらの雰囲気が一変して銀時は驚いた。

「オイ、かたら……お前…」

虚ろだった瞳に仄かな光が灯り、ゆらゆらと陽炎のように揺れている…

「いいえ…わたくしは……夕霧でございます」


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