ある日忽然、人が消える。
理由なき失踪…それを『神隠し』と呼んだりもするが、何らかの事件に巻き込まれたと見て間違いない。懸念するは、こういった特異行方不明者が年々増加しており、解決に至らないケースもまた多いということだ。
今日で七日…かたらが行方不明になってから一週間経つ。
地上、真選組は手掛かりも掴めずに捜索が行き詰まっていた。同じく地下吉原での捜索も進展がない状態で、銀時たちは心労し、焦りが募るばかりであった。



相変わらず、雨は降ったりやんだりの繰り返しで太陽は顔を出さない。
新八と神楽は茶屋『ひのや』の長椅子に座って、弱々しく降る雨のしずくを見つめていた。そんなふたりの落ち込み様を見て月詠が口を開く。

「すまぬ…協力すると言っておきながら、何も…」
「ツッキーが謝る必要ないネ」
「そうですよ…大体、かたらさんが吉原にいるかどうかも…分からないんですから」

ふたりは雨粒を見つめたままに言葉を返す。

「…わっちに入った情報と言えば、ここ最近…夕霧の幽霊を見た者がいるということくらいじゃが…実態のない死者を目撃したところで、どうにもなりんせん…」
「夕霧太夫の幽霊…あの展望台にですか?」

振り向いた新八の確認に月詠が頷き、話を続ける。

「雨がやんだ夜…夕色の髪を結った花魁が展望台に出ると聞いた」
「あの月詠さん、それって…本当に幽霊なんですか?」
「かたらじゃないアルか?それ」
「うむ、わっちも怪しいと思ってな…百華の者に見張らせているが、今のところ幽霊も何も出てこぬようじゃ」
「………」

どうも何か引っかかる…と、新八は顎に手を添えた。

「月詠さん、その『みなとや』は真っ当な店なんですよね?」
「真っ当…という言葉が吉原に通ずるか分からぬが、表向きは皆、真っ当な遊女屋と謳っている」

それは店を経営するのだから、当たり前のこと…

「でも裏があるとして…その裏を探るにはどうするんです?」
「基本、悪事の証拠や証言が挙がらぬ限り、強制的に内部調査をすることはせぬが…」
「抜き打ち検査とかって、できないんですか?」
「…第三者を雇って探りを入れることはあるぞ」
「第三者…」

その言葉に新八と神楽は顔を見合わせた。

「…だったら、銀ちゃんにもっと踏み込んでもらうしかないアルな」
「そうだね…いっそ夜中に忍び込む、とか」
「そーアルな、強盗を装って押し入る手もあるネ」
「そっか、中で騒ぎを起こせば月詠さんたち自警団も踏み込めるし、手っ取り早く内情が探れるかも…」

子供が考えるには物騒なやり方である。

「待ちなんし、話が飛躍しとるじゃろ…下手に騒ぎを起こされても困りんす。それに…銀時は『みなとや』の用心棒に一度目を付けられておる。迂闊な手出しはできんぞ」
「でも、銀さん言ってましたよ…『みなとや』は胡散臭いって…裏があるだろうって…」
「あの店のどこかに、かたらがいるかもしれないアル…証拠を待ってる場合じゃないネ、証拠を見つけに行くアル!」
「待ちなんし、ぬしらの気持ちは分かるが…っ…」

じっと、ふたりに見つめられ言葉が詰まる。そんな顔をされると弱い…月詠は小さく息をついてから話を続けた。

「……分かった。わっちも協力すると言った以上、やらねば口先だけになってしまうからな…しかし、あまり事を荒立てて吉原全体に迷惑をかけるわけにもいかぬ…銀時が戻ってきたら作戦を立てるとしよう」





午後三時…銀時は黒い着流しに番傘を持ち、花街を歩いていた。
昼過ぎから張見世をのぞき、最近入った遊女がいれば見せてもらう。もちろん、顔を見るだけで女を買いはしない。これはかたら捜索の一環であって何らやましい感情はないのだ。
あれから七日…あっという間に一週間が過ぎ、今に至る。たとえ何日過ぎようが、かたらをあきらめたりしない。必ず捜し出して想いを告げる…と、銀時は心に誓っていた。

好きだ
愛してる

そんな気持ちを素直に伝えたい…もう、記憶喪失に遠慮している場合じゃない。昔からずっと好きで、今も愛していると知ってほしい…

「ギン!」

不意に名前を呼ばれ、銀時は立ち止まった。直後、足元を白い物体がサッと通り抜ける。

「!……猫か…」
「ギン、待ってよ…っ」

背後から子供の声が近づいてくる。おそらく、あの白猫が『ギン』という名前なのだろう。白猫は待てと言われたからか、止まって振り向き「ンニャ〜」と鳴いた。とても賢そうな猫に見える。

「ギンっ…雨の中歩いたら…足が汚れちゃうよ…って、うわぁ!」

ズシャッ……!
子供は銀時の横を通り過ぎた途端、盛大にコケた。そして、うつ伏せに倒れたまま動かない…

「……オイ、大丈夫か」

銀時は転がった傘を拾い、子供…少年の傍にしゃがみ込む。
少年はゆっくり顔を上げて銀時に視線を向けた。その雨水に汚れた顔が一瞬だけ強張るが、すぐ笑顔に変わる。

「あ…ありがとう、おにーちゃん」
「おう、気ィつけろよ」

年は晴太より一つか二つ上くらいだろう。

「…吉原にも晴太以外のガキがいんだな、知らなかったぜ」
「晴太……」
「知ってっか?日輪太夫んとこの…」

銀時の言葉を遮るように、スッと勢いよく少年は上体を起こす。弾みで胸元から何かがぽろっと出た。
首から紐で吊るしたお守り袋だ。

「僕、急いでるんだ…おにーちゃん、またね」

言って少年は銀時の手から自分の傘を取ると、そそくさと駆け出した。途中で白猫を抱え、通りの人込みに消えていく。
銀時は立ち上がり、ふと違和感に襲われた。

「……あのガキ、何でかたらの…」

かたらのお守りを持っているのか…と、無意識に疑問が浮かび、ハッとする。

「……!?」

あの子供が首にぶら下げていたお守り袋。紐は細く磨り減り、布地が色褪せた古めかしいお守り。何よりも、一瞬見えた『かたら』の刺繍文字…
やっと…やっと手掛かりを見つけた。かたらに繋がる手掛かりを…銀時は逸る気持ちを抑え、少年の後を追いかけた。


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