その場所に足を踏み入れた瞬間から、好奇の目を向けられた。
爪先から頭の天辺まで、舐め回すような視線を浴びながら、かたらは近藤の後ろをついていく。

「いや〜、男臭いところで悪いけど、我慢してね〜」
「平気です。今まで男の方と仕事をすることが多かったので…慣れてますから」
「そっか、そうだよね〜」

真選組屯所の広い敷地内。会議部屋までの道のり、縁側の廊下を歩く。

「…そこの角が会議室だ。朝礼、定例会、あらゆるミーティングはそこで行う。緊急時も速やかに集まることになってる」
「はい、承知しました」

会議部屋に到着した途端、ざわつきがピタリと止んだ。襖障子は開いている。近藤は前に立ち、かたらを横に招く。

「今日は皆に新しい仲間を紹介するぞ」

いつもの朝礼と違い、隊士たちは息を呑んだ。
副長・土方も鋭い眼差しを向け、かたらを注視する。
年齢不詳と聞いていたが、見た感じでは二十歳そこそこといったところか。容姿端麗、声音も穏やか、口元に僅かな笑みをつくり奥ゆかしささえ感じさせる。
しかし、重要なのは外見でなく中身だ。とはいえ性格が良かろうと悪かろうと、隊全体の風紀が乱れるならば即刻、除隊を願うしかない。



葉月かたらの自己紹介は実に簡潔なものだった。
その後、本日の業務予定を告げ、朝礼が終わると解散。各隊それぞれの持ち場へ向かう。

「ちょっといいか、近藤さん…」

土方は近藤を呼び止め、手招いた。
どうしても気になるというか、許せないことがあったからだ。かたらの着ている隊服について…

「どうした?トシ」
「……アレはダメだろ」
「アレ?」
「だからアレだよ、アレ。…あの短いやつ」
「短い…?」

小声で話したつもりだが、わりと近くにいたかたらにはしっかりと聞こえていたらしい。

「このスカートのことですか?」

言って、プリーツスカートを押さえる仕草。
かたらの隊服は、上は隊長仕様のデザインで、下がスカート、膝上までのニーソックスという装いだ。

「…そうだ。短すぎる……じゃなくて!…どうして隊服がスカートなんだ?」
「そりゃ近藤さんの趣味でさァ」
「総悟、断じて俺じゃない。確かに好きではあるけれども、これはとっつぁんが考案した女性用隊服だ」
「……ないな、ない。男と同じやつに替えさせろ」

男の園でフトモモをチラつかせるなんて正気の沙汰とは思えない。現に朝礼で男共の視線を集めていたし、百害あって一利なしというものだ。

「トシ、彼女は男じゃない女の子なの!女子高生しかり、ナースしかり、スチュワーデスしかり…みんなスカートはいてるでしょーが!俺から目の保養を奪うなんて、トシでも許さないんだからぁっ!」
「何故に女子口調…つーかアンタの場合、目の保養どころか性欲対象だろーが」
「ひどいっ、トシひどいいい」
「いや、アンタがひどい」
「まーまー、今時、短い丈なんざ珍しくもねーだろィ。こんなの街に出ればうじゃうじゃいますぜ」

近藤のフォローに入った沖田は、ニヤリと土方を見下す。

「それともなんですかィ?土方さんはスカートだけでコーフンしちまうから見たくない、と?」
「…あのなァ…ガキじゃねーんだから、んなモンで興奮するか、バカ」
「バカは土方さんでさァ。…むっつりヤローが」
「あ゛?総悟てめ、今なんつった…!?」

土方が沖田の胸倉を掴んだ瞬間、「ふふっ」と小さな笑い声がした。見れば、かたらが慌てて口元を隠す。

「あっいえ、ごめんなさい。あの…スカートなら大丈夫です。下にホットパンツをはいているので、見えても平気ですよ?」

ひょいっと、ひらひらを持ち上げると黒い短パンが見えた。

「グハアッ…!じゃ、邪道なり…!」

ガクッ。近藤が吐血して倒れる。
一番厄介で危険なのは近藤局長に他ならない。土方は盛大に溜息を吐いた…



***



一週間も経てば、真選組屯所内の構造も覚えたし、隊の仕組みも、仕事内容も、把握できた。毎日鍛練を怠らず、朝も昼も夜も交替制でパトロール。常に不穏分子に目を光らせている。

だが、特別武装警察といえど大きな事件がなければ平穏な日々。

局長の補佐としての仕事もさしてない状態で、かたらは少し拍子抜けした。もちろん、まだ立ち位置が定まっておらず、ただのお飾りとして見られるのも仕方ないし、それを窮屈とは思わない。

むしろ、近藤局長のほうが窮屈だと感じていたかもしれない。
かたらが傍にいると、できないこともある…





「土方副長、あの…」

夜、土方の自室を訪ねてきたのは葉月かたらだった。

「……どうした?」

土方はチラッと横目で見て、小机の書面に視線を戻す。

「お忙しいところ申し訳ありません。…局長、知りませんか?」
「……いなくなったって?」
「はい。どこに行くかも告げられなかったので…」
「……携帯電話は?繋がらなかったか?」
「それが…局長の携帯、部屋に置いてあったんです」

つまり、忘れていったということか。土方は溜息をつく。

「副長、どこか心当たりがあれば…教えてもらえませんか?」

近藤が夜になって出かける場所といえば大方見当がつく。
土方は筆を取ると、メモ用紙にすらすらと書き込んで、かたらの前に差し出した。

「ま、近藤さんの補佐なら…知っとかねーとな」
「…ありがとうございます」

メモ用紙を受け取るかたらから、ふわりと石鹸の香りがして…思わず目を向けてしまった。
風呂上りだったのか、微かに頬を染め、後ろに結った髪も乾ききっていない。メモをのぞき込むかたらの、艶のある小さな唇が動いた。
一瞬、ドキリとしつつ平静を装う。

「かぶき町……スナック、すまいる…」
「…近藤さん行きつけのキャバクラだ」

その清楚な色香を打ち消すため、土方は煙草に火をつけて吸い込んだ。





キャバクラがどんなところなのかは知っている。
それに『すまいる』という店の名を何度か聞いたことがあった。多分、松平公行きつけの店もそこだろう。

店の扉を開けると強い酒のにおいに襲われて、かたらは少しだけ眉を下げた。男女の騒がしい声、うっすらと漂う煙草のけむり、やや暗い桃色の照明。この空間に酔いそうになる。
入り口の店員に警察手帳を見せると、すぐさま店長がやってきた。

「!…真選組に女性の方がいるとは…」
「真選組局長補佐、葉月かたらと申します。近藤局長はここにいますか?」
「ハイ、いらっしゃってますよ。あのー何か急用でしょうか?」
「いえ…忘れ物を届けに来ただけです」

かたらは上着の内ポケットから携帯電話を取り出す。

「それだったら、お預かりしましょう…それとも、直接渡します?」
「…案内してください」

一応、携帯電話のデータも機密情報と呼べるもの。念のため、手渡したほうが安全だろう。かたらは店員の後ろに続いた。
案内された席には近藤と、その隣でにっこり微笑んでいる女性。おそらく近藤お気に入りのキャバ嬢だと思われる。

「失礼致します。近藤さま、補佐の方が忘れ物を届けにいらしてます」

店員はそう告げて持ち場へ戻る。近藤はかたらを見ると目をパチパチしばたいた。

「………かたらちゃんんん!?」
「局長、お邪魔して申し訳ありません。携帯電話をお届けにあがりました」

かたらは電話を手渡す。

「あ、ああ〜!俺、忘れてたのか〜アハハ〜ご、ごめんね〜」
「二件お電話がありました。急ぎの用件でないので明日かけ直すそうです。…では、わたしはこれで」

失礼します、そう頭を下げたときだった。

「あら、きれいな人ね〜。…近藤さん、紹介して下さらないの?」
「へっ!?あっ…えっと…この子は俺の部下で…」
「局長補佐の葉月かたらと申します。以後お見知りおきを…」
「葉月さんね、私は志村妙ですわ。…もぉ〜近藤さんったら、こんな美人さんといつ結婚したんです?」
「はひっ!?お妙さん…?」
「だって、補佐って女房のことでしょう?女人禁制の真選組に入れるなんて、局長の女房にならなければ無理な話ですわ〜」

お妙のただならぬ笑顔に近藤の表情が真っ青になっていく。やはり、部下といえ男女の仲を邪魔するものではなかったと、かたらは申し訳なく思った。

「あの…違いますよ?わたしはただの部下です。ただ、局長に携帯電話を届けに来ただけで…」
「まあ、気の利くよくできた若奥さまだこと。ゴリラにはもったいないわね」
「わ、わか…?…ごり…?」

これが女の嫉妬というものだろうか。かたらにはよく分からない。

「近藤さんもお嫁さんもらったなら、こんなところで遊んでちゃダメですよ〜。男は家庭を大事にしないと〜、もう二度とここに来るんじゃねーぞゴリラ」
「お妙さんん、勘違いしないでえぇぇぇ!違うのっ、かたらちゃんは違うのおぉぉぉ!」
「そうです、わたしは局長のお嫁さんじゃありません。勘違いですよ?」
「もぉ〜照れなくていいのに、こっちが恥ずかしくなるじゃない」

何度否定すれば、理解してもらえるのか。

「お妙さんっ、違うんですぅ!かたらちゃんとはそんな関係じゃないんですぅぅぅ!」
「そうです、局長とわたしの間には何もありませんから」
「あら、まだ清い交際の段階だったのね。ごめんなさい、私ったら早とちりして…」

根本的なところが訂正できていない。

「イヤお妙さん、そこじゃなくて…」
「ふたりは例えるなら美女と野獣カップルね、素敵だわ〜。私、喜んで応援させてもらいますから!」
「ちょっ、お妙さん聞いてくださいっ、違うんです!かたらちゃんは……トシの…土方十四郎の婚約者なんですっ!!」
「そうです、………っえ?」

かたらが近藤を見ると、涙ながらのウインクを返された。話を合わせて、の合図。

「土方さんの婚約者ですって?……葉月さん、本当に?」
「…はい、本当です。ここへ来たのも、土方副長…いえ、十四郎さんに頼まれたんです」
「だから、お妙さん…ヤキモチなんて焼く必要ありませんよ。俺はずっとずっと、いつまでも、お妙さん一筋ですからあぁぁぁ!!」

ゴゴゴ…そんな擬音が聞こえた。

「だぁ〜れが〜いつ、ヤキモチ焼いたってぇ〜?」

ゆらりと、お妙が立ち構える。

「こちとら、ゴリラなんぞに焼くモチはねーんだよォォォ!」

ドゴアァッ!!



ノックアウトされた近藤をタクシーに乗せ、かたらも隣に並んで座る。店でもらった氷嚢をおしぼりで包み、近藤の腫れあがった頬にそっと押し当てた。
ドメスティックバイオレンス…?
近藤とお妙、ふたりの関係がイマイチ分からずに頭を捻るかたらであった。


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