かたらが行方不明になって三日経つ。
攘夷過激派による拉致と推測したものの、犯行声明はまだ出ていない。
真選組は公務の人員を裂き、特別捜索隊を設置、片っ端から不穏分子それらに関係する者を洗っていった。攘夷浪士はもちろん即刻逮捕、攘夷予備軍の活動支援者も調べ上げ、情報収集に当たった。
かたらのためともなれば隊士たちは日々の公務より真摯であったが、それでもかたらに繋がる有力な情報は未だ無し。行方不明になる前、かたらの足取りは商店街から外れた路地裏で途切れている。後の目撃情報も入らず、捕まえた浪士も拉致計画はないと言う…真偽はわからないが。
「あれだけ目立つ容姿だ…どこぞの馬の骨に見初められ、攫われた可能性もある…」
言って土方は煙草を吸い込む。吐いた煙が目に沁みるほど寝不足だった。目の下にはクマがあり、隣にいる沖田も同じく目をしょぼしょぼとさせている。
「どこぞの変態に拉致監禁されてるってコトですかィ…葉月なら上手く逃げれそーなモンですぜ?あいつ縄脱け得意だし…」
「…そいつァ初耳だ」
「得意だっつーから緊縛してやったら見事に縄脱けしましてねィ…まったく、縛り甲斐のねェ女でさァ」
「……にしても実際はそう上手くいかねェモンなんだ」
「でしょーね」
このままただ闇雲に、捜索範囲を拡げるしかないのか…
「…総悟、万事屋は?」
「旦那とガキどもは、知り合いに協力を頼むとか何とか言ってやした」
「そうか…」
頭上に雨雲が漂い、今にも降り出しそうだった。
銀時たちは重い足取りで吉原へ続く、長い長い階段を下りていく。
もう三日…かたらの情報は何も入ってこない。まるで神隠しに遭ったかのように、存在が消失してしまった。
真選組とは別行動で伝手を当たったが、攘夷派の一党首・桂でさえ過激派の活動を把握仕切れていない。袂を分かつ、かつての幼馴染・高杉晋助率いる鬼兵隊も、今は江戸を離れているらしい…噂の真偽は分からないが。
「妹を捜している?…ぬしに妹がいたとは初耳じゃな」
日輪が経営している茶屋『ひのや』…店先にいた月詠は少し驚いて銀時を見る。
「……ぬしに似ているのか?」
「血は繋がってねーよ、妹分ってヤツだ」
店の長椅子に座ると、奥から晴太が飛び出してきた。
「銀さんっ、新兄、神楽ちゃん、久し振りっ!何?遊びに来てくれたのっ?」
「今日は遊びじゃないネ」
「ちょっとね、頼みたいことがあって来たんだ」
新八と神楽の言葉に「?」と首をひねる。すかさず月詠が答えた。
「銀時の妹が行方不明らしくてな、捜しておるそうじゃ」
「ぎっ、銀さんに妹っ!?……銀さんみたいな顔してるの?」
「だから血は繋がってねェって言ってんだろーが…これ見てみろ、似てねーから」
銀時は懐から取り出した写真を手渡す。それを晴太と月詠はまじまじと見つめた。
「ほう…美人じゃの」
「ホント可愛い…銀さんに全っ然似てないね」
「オイ何度も言わせんな、近親相姦にゃならねェ間柄だコノヤロー」
「にしても銀時…この娘、真選組の服を着とるようじゃが…」
「あぁ、そーいや知るワケねーか…」
元々かたらは知る人ぞ知る存在で、マスメディアなどで公に発表されていない。ならば、ここ吉原の住人も真選組に女が入隊したなどと知りもしないだろう。今でこそ吉原が花街として開放されているが、今でもまだ地上との隔たりがあるということだ。
「…どっから説明すりゃいいのか…」
銀時はフッと息をつく。寝不足のせいで頭が回らない。
悩んでいると…キコ、キコ…と勝手許から日輪が出てきて、車椅子を銀時の隣に寄せた。
「その妹の名は何て言うんだい?」
日輪は言いながら、膝にのせた盆を長椅子の端に置く。湯呑みの水面がゆらりと波打った。
「……かたら、ってんだ」
「いい名だね…銀さん、話を聞かせてもらおうじゃないか」
ポツ…ポツ…ポツ…雨の音が増えていく。
銀時が話し終えた頃に降り始めた雨は、やさしく地面を濡らす小雨だった。
「地上じゃ真選組の奴らが必死こいて捜してる…それでも、まだ何の手懸りも掴めてねーんだ。で、捜索範囲を拡げるっつーから、俺らもあちこち当たってる」
「それでここに来たんだね…」
「もしかしたら、ここ吉原にかたらさんがいるかもしれない…だから、協力してもらいたくて…」
「かたら捜すの手伝ってほしいアル」
銀時も、子供たちも、心配の念が強く疲れた顔をしている。おそらく睡眠時間を削って捜しているのだろう。そして不安で眠れないのかもしれない。
「水臭いこと言わないでおくれよ…吉原救世主様の頼みだもの、協力するに決まってるでしょ?…ね、月詠」
「当然じゃ、わっちも手伝わせてもらう」
「すまねェ…」
「ぬしらの沈んだ顔など見ていられぬ。しかし…万一その娘がここ吉原で見つかったとなれば問題ではあるな…」
月詠が煙管を吹かす。
「万一ここ吉原で見つかった場合、それは人身売買になるじゃろう?わっちも鳳仙亡き後、百華を率いてそういった悪行の取り締まりを続けてはいるが…情けない話、百華の力を以ってしても暴けぬ悪がおるんじゃ…吉原にはまだ闇がありんす…掃っても掃い切れぬ闇が…」
目を伏せる月詠に続き日輪が口を開く。
「吉原もね、前と比べりゃ随分と平穏に暮らせるようになったよ。それは銀さんたち万事屋のおかげだし、月詠たち自警団のがんばりでもあるんだ。悪なんてもんは拭いても染み出てくるものさ。その染みを白粉で上手く隠す奴らがいるんだよ」
「ここも地上も変わらねェ…か」
何にしても、かたらを攫った悪人は只では置かない。
「そうだ…ちょいと私にも見せとくれ、銀さんの妹の写真」
「ん…あぁ、一枚渡しとくぜ」
銀時から写真を受け取ると、日輪は一瞬驚愕して写真に目を凝らした。
「!………銀さんに似てない…」
「何、おめーらブッ殺されてーの?わざとらしく驚きやがってェ、んなリアクションいらねーんだよ!…ったく、人が真面目に…」
「違うの、銀さん…本当にびっくりしたんだよ!だって、…だってこの子……」
狼狽気味の日輪に、銀時は怪訝に眉を下げる。
「あ?何だよ?何だってんだ…?」
「……怖いくらいそっくりなんだ…」
『そっくり?』
万事屋三人の声が重なり、日輪が頷く。
「本当に…怖いくらい似てる…」
「オイオイ、かたらが誰に似てるってんだ?」
「名は夕霧…夕霧太夫……この子、まるで彼女の生き写しみたいに似てるのよ…」
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