薄暗い座敷に小さな灯りがともる。男が二人…眠るかたらを見つめていた。
「やはり美しい……私が求めていたものだ…」
齢五十の男は感嘆の息をつき、かたらの髪に触れ、慈しみを込め撫でていく。
「腹と背中に刀傷があると、ババが申しておりました」
もう一人の男が告げる。顔付きだけ見ればまだ青年の域であろう。
「体の傷なぞ構わんよ…端から客を取らせるつもりはない」
「では、この娘をどうするのです?」
二人の関係は主人と従者であり、それは青年が少年の頃から続いている。
「…妻にする…と云ったら私を笑うか?」
「いえ、…めでたきことでございます」
「あの時、手に入れておけば成長を拝めたというに……今更、詮無きことか」
主人の名は湊屋。
吉原の花街、数多ある店の一つ『みなとや』を経営している。
「主…再び出逢えただけでも幸運と見做すべきでしょう」
「運命でなく、幸運か……しかし、お前にとっては不運かもしれんな」
主の言葉に、青年は遠くを見つめるよう目を細めた。
「別段、気にしておりません」
「…そうか、ならば良い」
湊屋は夕色の髪を弄ぶ。指に絡めても、するりと解けていく。
「客は取らせぬが、客寄せはできよう…名は夕霧、それ以外に相応しい名は無い…」
夕霧…それがかたらの呼び名となった。
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