『……あのね、銀兄。…ちょっと外行ってきてもいい?』

あん?なんだ厠か?

『違いますぅー。すぐ戻ってくるから、ね?』



すうっと、まどろみの夢から覚めて銀時は欠伸をした。何だか懐かしい夢を見たような気がする…頭の中はぼんやりだった。

ポツ…ポツ…ポツ…

茶屋の軒先で音が鳴る。ポタリと雫が落ちてきたと思ったら…

「わっ雨ですよ、銀さん…もっとこっちに座らないと濡れちゃいますよ」
「あ…?」
「んん…アレ?雨アルか…晴れてるのに…」

神楽も目を覚まし、自分の番傘を持ち直す。

「天気雨だね」

太陽がありながら大小の雨粒が空から落ちてくる。キラキラ光って幻想的でもある。

「銀ちゃん、何で晴れてて雨降るアルか?」
「………知らね」

まだ寝ぼけている銀時に代わって新八が答える。

「どこか遠くで降った雨が強い風に流されてくるんだよ。だから雨粒の大きさも、降り方もバラバラでしょ」
「ふーん」
「それか…どこかで狐の嫁入りがあるのかもしれないね」
「何アルかそれ」
「古い言い伝えでさ、天気雨のときには狐の祝言があるんだって」
「…狐の結婚に興味ないネ…それより、かたらは戻ってきてないアルか?」
「うん、まだ…もう一時間経ってるんだけど…」

『すぐ戻ってくるから』と、かたらの声…昔と今とが重なって、銀時の脳裏に鮮明に甦った。

「……嫌な予感がしやがるぜ」

先程見た夢…過去を思い起こす。
あれは十年くらい前のこと…自分とかたら、桂、高杉の四人で村市場に出かけたときの話だ。買い物を終え、茶屋で休んでいるとき「すぐ戻ってくるから」と、かたらは出ていったきり戻ってこなかった…

「新八、神楽、…かたらを捜すぞ」



三手に分かれ、商店街の隅から隅まで捜し歩く。日は陰り、夕暮れ…天気雨は止むどころか強くなる一方だった。
かたらが見つからない。捜しても捜しても見つからない。虫の知らせなんてクソ食らえ、悪いことなんて起こらない…そう考えれば考えるほど、負の泥沼に嵌まりそうだった。
今のかたらは昔と違う。体も成長して強い大人になった。昔のように小さくて弱い子供じゃない。例え、どこぞのならず者に絡まれたとしても対処できるはずだ。

でも、不意を突かれたら?

「っ………クソッ」

何の手懸りもなしに一旦、集合場所へ戻ると、神楽がしゃがみ込んでいた。

「オイ神楽…何か情報は?」
「……何もないアル…」

言って立ち上がる神楽は傘を差しているにもかかわらず、銀時と同じくずぶ濡れだった。

「そうか……」
「…すぐ戻るって言ってたのに…かたらどこ行ったアルか?…どこに…」
「………」

雨で人通りが少なくなった道をパシャ、パシャ…と水溜りを蹴りながら新八が駆けてきた。

「!…新八っ」
「銀さんっ…銀さん、これ…かたらさんの…っ…向こうの路地裏に、落ちてて…ケホッ」

新八が差し出したモノに銀時は目を見開いた。

「!!」

『これは、かたらのものであろう?』…脳裏に浮かぶ若かりし桂の姿が新八に重なる。

「新八それ、かたらの巾着アルヨ!」

神楽の言うとおり、今日かたらが使っていた手提げ巾着袋だった。

「嘘だろ…そんな…」
「中身も確認しました…間違いなく、かたらさんのものです…!」

その巾着が落ちていた場所へ行っても、他に手懸りは見つけられなかった。鼻が利く定春を連れてきたとしても、かたらの香りは雨と場の匂いに消されているだろう。

「…かたら…っ」

憂慮する心と裏腹に、夕焼け空に一筋の虹が掛かる。いつの間にか天気雨が止んでいた。

ぶるるるる…ぶるるるる…

銀時は小刻みに振動する巾着袋から携帯電話を取り出して、ディスプレイを見る。

「……っ」

かたらの上司、土方十四郎からの着信だった。





暮夜になり、アメノ横丁も静けさを取り戻しつつある。
商店街から少し離れた小さな神社に真選組のパトカーが一台停まっていた。
屋代に続く階段前に腰をかけ、項垂れている万事屋三人。その手前に立つのは土方十四郎と沖田総悟だった。

「事情は分かった…てめーらを責めても仕方がねェ…葉月に何があったにしろ、自分の身を守れなかったあいつが悪い…迂闊なんだよ、あいつは…っ」

土方は眉間にしわを寄せ、片方の口角をやや引きつらせながら言う。本当は銀時に文句の一つや二つ、三つも言ってやりたいところだが、グッと堪えた。

「…ここ最近、葉月は攘夷浪士に目を付けられてるフシがあった。公にしなくても、副長補佐の女隊士…その存在は攘夷派連中に知れ渡ってるからな…そこから考えりゃ、葉月がどっかの過激派に誘拐された可能性は高い」

新八がハッとして顔を上げる。

「前に、お通ちゃんを拉致して…人質に取った天狗党みたいな奴らですか…?」
「そうだ…監獄に入れられた仲間の解放か…うちの大将の命と引き換えか…攘夷派に攫われたとなりゃ何かしら要求があるはずだ」

一番最悪なケースも考えられる。真選組への見せしめとして、かたらが慰み者にされ…殺される可能性もあるのだ。

「しかし…攘夷派の仕業とも限らねェ…」
「土方さん、どうしやす?」
「何言ってやがる、どうするも何も見つかるまで捜す…うちの野郎共にゃ睡眠時間削って捜索に当たらせる。明日の朝までに態勢を整えてやるよ…!」
「…だそうでさァ、旦那。ここは任せてくだせェ、アンタひどい顔してますぜィ」

沖田が言うように、銀時の虚ろな目と表情は尋常じゃない。

「………」

そして押し黙ったままだ。
カチッ…土方は煙草に火を点け、大きく吸い込んで一気に煙を吐き出した。

「…こっからは俺たちの仕事だ。万事屋、てめーらは帰れ」
「いやアルっ!私たちもかたらを捜すネ…!」

身を乗り出す神楽に沖田が向かい合う。

「ガキは帰ってクソして寝な」
「あんだとゴルァ、かたら捜すのにお前らの許可必要アルかァ?んなもんこっちの勝手ネ!クソガキ」
「バーカ、てめーらガキが夜分にうろついてたら補導されんだろィ…仕事増やされたら堪ったモンじゃねーや」
「ああ゛ん?…ってクサッ」

土方がふたりに向かって紫煙を吹く。

「オイうるせェ、総悟もチャイナ娘も黙りやがれ。いいか、俺は何も捜索から手を引けなんて言ってねェ、一旦帰ってシャキッとしてこいって言ってんだ」
「だったら最初にそう言えヨ!回りくどいボケがっ」
「っ……ホラ、そんな気ィ立ってる状態じゃ何やってもダメだからね、帰りやがりなさい」
「…でもっ、私も捜すネ…だって、かたらが…」

神楽の様子を見れば、かたらがどれだけ慕われているのか、かたらをどれだけ心配しているのか、痛いほど分かる。
土方は一度預かったかたらの手提げ巾着を神楽の前に差し出した。

「葉月の所持品は預けておく…葉月の携帯もな」
「!」
「何か分かれば必ず連絡を入れる…入れてやるから今は帰れ」
「…ホントアルか?…お前らなんて、信用できないネ…」
「ここは信用しとけ。その代わり、そっちも手懸り掴んだら知らせろ…分かったか?」
「……分かったアル…」



どうして、どうしてこんなことに…頭の中が混乱して、銀時の意識を苛んでいく。
過去に一度かたらを失った…あのときの絶望と喪失感が甦り、吐き気がする。これが俗に言うフラッシュバックなのか、知らず知らずにトラウマになっていたのか…

「銀さん、大丈夫ですか…顔が真っ青ですよ…」
「……天国から地獄へ叩き落された気分だぜ」

今は心的外傷に囚われている場合ではない…そう分かっている。

「体が冷えちまったな……新八、神楽、大丈夫か?」
「はい」
「ウン、平気ネ」

昔、ならず者に攫われたかたらを救出した。今回も、きっと助けてみせる。

「少し休んで…また、かたらさんを捜しましょう…」
「そうアル…銀ちゃん、帰ろ…」
「…ああ」

もう悲観しない。
かたらを捜して、見つけて、抱きしめてやろう…そして、この想いを……


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