江戸に春一番が吹いた午後。
真選組局長・近藤勲は、とある料亭に赴いた。車から降りると決まった部屋に通される。会合でよく使用している座敷だった。

「よォ…急に呼び出して悪かったなァ」

席についていたのは警察庁長官・松平片栗虎。
オールバックにサングラス、咥え煙草。その強面がいかにも警察組織のトップに君臨する男だと物語っている。

「いつものことだろ、とっつぁん。…で、相談ってーのは何だい?」

言いながら、卓を挟んで対座する。失礼して用意されたお茶を口に運ぶ。のどが渇く陽気になったと、しみじみ思う。

「近藤ォ、…おめーに紹介したい女性がいるんだが」

ゴフッ、緑茶が気管に入ってゴホゴホとむせた。

「じょっ、女性ぃ!?…とっつぁん、勘弁してくれよぉ…俺ぁもう、見合いは懲り懲りだ。
それに俺がお妙さん一筋だって、とっつぁんも知ってるだろぉー?」
「あぁん?見合い?…勘違いすんじゃね〜よォ」

松平は吸い込んだ紫煙を吐き出す。

「聞けばおめー、タマ取られそうになったってなァ?危なかったらしいじゃね〜かァ」
「…攘夷連中に狙われるのはいつものことだし、俺ぁとっつぁんほど命狙われてないから大丈夫さ」
「油断は禁物、連中も甘くね〜からよォ…」

松平がパンパン、と手をたたく。

「おめーに用心棒をプレゼントするぜェ」

奥の襖が開かれて、座敷に入ってきたのは…

「えっ!?ちょっ、用心棒って…ええええ!?」

どう見ても可憐な少女。どう見ても用心棒の風体には見えない。むしろ逆に用心棒が必要なのではないかと思った。
春らしい色彩の着物、夕日色の髪を後ろに結い、気品ある顔立ちはまるで姫様のようだ。

「お初にお目にかかります葉月かたらと申します…」

名を名乗り、三つ指をつく。花かんざしの垂れ飾りがしゃらりと揺れた。

「近藤ォ、おめーの傍に置いてやってくれェ」
「えええっ!?とっつぁん、冗談だろ!?こんな美人で可愛い子が俺の用心棒ってええええ!?」

本音を言えば、女に命を護られるとは男として不甲斐ない。

「オイ、落ち着きやがれィ…こう見えてなァ、かたらちゃんはめっちゃ強いの。腕は俺が保証するからよォ」
「保証するって言われても…」

松平はパサッと卓上に書類を置く。顎をしゃくって目を通すよう促した。

「……幕府医官、葉月陽治の養女……医師免許取得…?」

そこには葉月かたらの経歴が書かれていた。腑に落ちないのは医師の資格を持ちながら何故、用心棒の仕事を請け負っているのか、だ。

「三年前、京都で幕府要人が攘夷浪士の襲撃にあってなァ…多勢に無勢、敵の数が多かっただけに、護衛も従者も瞬く間に殺られちまったんだァ。しかァし、その要人は助かった…何故、助かったのか分かるかァ?」

訊かれて近藤はかたらに視線を向ける。

「…そう、かたらちゃんがその場にいた浪士全員を斬り伏せたから、要人は助かったわけよォ」
「………っ」

小柄な少女ひとりで多勢の浪士を倒すなど、手練れていなければ無理な話。だとすれば、子供のころから武道を習っているに違いないだろう。

「その一件でかたらちゃんは義父を失い、事情聴取を受けたんだがァ…驚いたことに、葉月陽治の養女になる前の記憶が一切ないと判明してなァ」
「…記憶喪失、だと…?」
「実際の生まれも育ちも分からねェ、身元不明者。素性が知れないってんで医業にも戻れなくてなァ、そこを俺が引き取ったわけ。…ねっ、かたらちゃん」

「はい。松平のおじさまには大変良くしてもらい、色々な経験をさせていただきました」

承認を求められ、かたらはにこりと答えた。その微笑みを見れば、色々な経験とやらが彼女にとってプラスになったのだと思える。

「お庭番衆が存続してりゃそっちに預けたんだが…おじさんはァ、かたらちゃんの腕を見込んで暗殺部隊に入れちゃったのよォ」
「ちょっ、どこが良くしてもらったのぉぉぉ!?えらいところに入れられてるよねっ?殺人マシーンにされてるよねええ!?」
「暗殺部隊で二年…そして一年間、ある要人の護衛も立派に勤め上げた。…おかげで攻めも護りも完璧な女隊士が出来上がったというわけだァ」

ここで松平のドヤ顔。

「俺のお墨付きだぞォ、遠慮せず受け取れィ」
「受け取れって、モノじゃないんだからそんな簡単に」
「かたらちゃんは器用だから何でもできる。おめーの補佐として使ってやってくれやァ」
「でも」
「俺だってなァ、かたらちゃんを美人秘書としてェ傍に置きて〜よォ、本当は。でも、うちの母ちゃんと、すまいるの阿音ちゃんがヤキモチ焼いたら困るからよ、おめーのところに預けさせてもらう」

「近藤局長、どうぞよろしくお願い致します」

「ちょっ、待ってくれよ、俺ぁ」
「うるせ〜ぞ、近藤ォ!ゴタゴタ抜かすんじゃねェ、据え膳食わぬは男の恥だろがァァァ!」
「なにコレ据え膳んん!?」





その日の夜、真選組屯所にて。
会議部屋に三人の男が集まっていた。局長・近藤勲、副長・土方十四郎、一番隊隊長・沖田総悟である。
共に武州出身、昔も今も互いに支え合って生きている仲間、家族と言ってもいいだろう。

「…って、とっつぁんがさぁ〜言うからさぁ〜俺は仕方なくぅ〜」
「あの、近藤さん…困ってんのか、喜んでんのか、どっち?」

見れば分かるが、念のため土方は訊いてみた。

「だってさぁ〜真選組初の女隊士だしぃ〜」
「……ああそう…嬉しいんだ…」

訊くまでもない、訊かなきゃよかったと後悔。

「なぁ〜トシ、どうしよう…俺どう接したらいいのかな?どう扱ったらいいのかな?俺にはお妙さんがいるのに、もしあの子が俺のこと好きになっちゃったりしたら…俺は、…俺は…っ」
「いや、それはないと思う…」
「ま、近藤さんの好きにしたらいいんじゃないですかィ。近藤さん専用のメス豚ってことで」

沖田のきわどい発言はいつものことだから動じない。

「総悟、お前は黙ってろ」

土方は短くなった煙草を最後にひと吸いして灰皿に押しつける。紫煙を吐きながら火を揉み消し、次にまっすぐ近藤を見据えた。

「あのな近藤さん、今からでもいい…この話、断ってこい」
「……へ?」
「いくらとっつぁんの厚意でも頼みでも、うちに女はいらねーよ。今まで女人禁制でやってきたんだ。規則破って規律が乱れたら、隊のまとまりが悪くなるだろ?」
「…いやトシ、それは違う、違うぞっ!彼女が来たら皆、絶対やる気出すと思う!もっと頑張ると思う!そう、何故なら…彼女が美しく…可憐な乙女だからだっ!」
「………」

美人だからといって、そこまで力説する意味が分からない。

「イイ女なら近藤さんの言うとおり、隊士の士気も上がるだろィ…特に、股間の士気は間違いなく上がりまさァ」
「だからお前は黙ってろ」
「土方さんもイライラしてないで、たまにはムラムラしたらどうですかィ?そっちのほうが身体にはいいと思うんでー」
「誰がイライラさせてるのかなァ、総悟くん」

怒りを抑えるため、土方は次の煙草に火をつける。
沖田の言うムラムラが秩序を乱しかねないのだ。女だって、そういう目で見られたら、さぞ居心地が悪いだろう。

「そんなに嫌なら、土方さんがセクハラでもワイセツでもゴウカンでもして、その女追い払えばいいハナシだろィ」
「おい総悟、俺を誰だと思ってんだ」
「そうすりゃ女は近藤さんに泣きつくし、土方は逮捕ムショ行きでさァ」
「………」

あきれて溜息も出ない。これ以上話しても無駄だと思った。明日になれば、ここに女がやってくる。
土方は脱ぎ置いた隊服の上着を掴み、腰を上げた。

「…もういい、近藤さんの好きにしな。俺ァその女にかまってる暇もねェ、猫の手も借りてーくらいに忙しいからな」
「トシ…」
「ただ、…その女に関して何の問題が起きようと…責任を取るのは近藤さん、アンタだぜ」

ピシャリと襖が閉められて、近藤と沖田が残される。

「……総悟、お前はかたらちゃんと仲良くしてあげて、頼むから…」
「へいへい、わかりやした。せいぜい可愛がってやりまさァ」

沖田の黒い笑みに釣られ、苦笑いするしかない近藤であった。


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