心地よい朝…本日、予定なし。つまり仕事の依頼が入っていない。
万事屋のオーナー、坂田銀時は事務椅子もとい社長イスに座り、のんびりくつろぎながら新聞を読んでいた。
「お手柄!真選組…攘夷浪士を一網打尽…しかし大物取り逃がす…逃げの小太郎、今回も捕まらず…頬と手に傷有り、目撃情報求む……か」
紙面に載った旧友はいつものように幕吏から逃げおおせたようだ。
「フン、ヅラがあいつらに捕まるワケないネ。誰アルか、ヅラにケガさせたの」
「…そういえば、桂さん知ってるのかな?かたらさんが真選組にいること…」
お茶を運ぶ新八がふと疑問を口にする。
『………』
三人は顔を見合わせて沈黙…
「…銀さん、もし…桂さんとかたらさんが再会しちゃったら、ヤバイんじゃないですか?色々と…」
「そーだな…敵同士になるワケだし…会ったら会ったでアイツ、余計なコト喋りそーだからな…」
「ヅラにも口裏合わせてもらったほうがいいアルな」
「…でも銀さん、もし…もう再会しちゃってたら…?」
「だとしたらァ……」
手に持った新聞には桂と真選組が接触した事実が載っているのだ。桂とかたらが互いに相まみえた可能性は充分有り得る。
「ヅラならここに来んだろ、俺に知らせに…」
ピンポーン…!
言い終わらないうちに玄関の呼び鈴が響いた。
『!』
ピンポーンピンポンピンポンピンポンピポピポピピピピp…連打が速くなっていく。噂をすれば玄関に桂の影、銀時はガラリと戸口を開け、思いっきりツッコミをかました。
「やかましいっ!16連射ならよそでやれ」
「ふご…っ」
桂は銀時の顔面蹴りを食らい一度突っ伏したものの、すぐさま起き上がった。
「ぎっ、銀時っ…かたらが…っ、かたらが真選組にぃ…っ!」
「知ってる。いーから落ち着け、うざったい」
「なっ…知っているだと!?どういうことだっ?かたらは甦ったのか?あれはかたらのゾンビなのかっ?真選組にネクロマンサーがいるとは知らなかったぞ俺は!…イタッ」
バシッ、と頭をはたき二度目のツッコミを入れて桂を黙らせる。
「甦らねーし、ゾンビでもねーし、ネクロマンサーなんて存在しねーんだよ電波バカ。いーから上がれ、説明すっから」
ソファに座り、銀時はかたらと再会してからの経緯を話した。
ポカンと口を半開きにしつつ聞いていた桂はようやく理解したのか、唾を飲み込む。
「…では、あれはかたらのゾンビではないのだな…」
「ちょっとヅラくん、俺のハナシちゃんと聞いてましたか?お前どんだけゾンビ押しなんだよ。ゾンビだったら良かったのか?コープスブライドにしろってか?」
「ヅラくんじゃない、ちゃんと聞いている桂だ…かたらが生きていた…そして記憶喪失……だから、俺を見ても分からなかったのか…」
桂は目を伏せて、左頬に貼られた止血テープをさする。
「ヅラ、その傷…もしかして、かたらにやられたアルか?」
「…流石、リーダーは勘が鋭い。…そうだ、この傷は昨夜かたらに付けられたものだ。話したくとも驚きで声が出なくてな…かたらに刀を振る訳にもいかず、その場を逃れることが精一杯だった…」
「桂さん、落ち込まなくても大丈夫ですよ。…かたらさんなら、話せば分かってくれます」
かたらは自分が元攘夷志士だと知っている。桂が幼馴染だと知ればきっと受け入れてくれるだろう。
「銀時、運命とは皮肉なものだな…俺たちの大切な妹がよもやこんなことになっていようとは…昔は攘夷志士、今は幕府の番犬か…昔は俺の補佐だったというのに、今はあの憎き鬼の副長、土方の補佐だとは…な」
「…生きてただけでも、めっけもん、ってやつだ。そう思え」
「しかし銀時…何故、かたらに真実を話さんのだ…これでは、いつぞやのときと逆ではないか」
いつぞやとは攘夷時代、男装して己を偽っていたかたらのことである。
「…あのな、んなコト言えるわけねーだろぉー?記憶のない人間に、俺とお前は将来を誓い合った仲です、って言ったところで混乱させるだけだぞ?じゃあ結婚しましょう!ってなるワケでもねーし。…ま、自力で思い出してほしい、っつーのが俺の本音だ」
台詞の恥ずかしさから、銀時はズズズと音を立てて茶を飲んだ。
「……そう、か…」
「とにかく!…かたらの記憶が戻るまでは、俺が恋人だった事実は伏せておく。だから、ヅラも口裏合わせろよ?頼むからボロを出すな」
「う、うむ……しかし、ボロを出すなと言われても…かたらと話す機会なぞ俺には…」
「一応、ヅラのことは後でかたらに話しとくからよ、まー心配すんな」
「………」
いかにも腑に落ちないといった風に、桂は目を細める。
「……銀時ばかりズルイではないか」
「あ?」
「…俺とてかたらに会いたいし、話したいのだぞ?」
「あのなァ、お尋ね者のオメーをホイホイ紹介できるかっての」
桂の気持ちは分かるが、昨夜の事件で見回り強化されている今、行動するのは危険だろう。
「ヅラ、やきもちアルか?」
「桂さんも好きなんですね、かたらさんのこと」
「リーダー、餅は焼くものだ。新八くん、かたらは銀時だけの妹じゃない、俺にとっても妹だ」
「妹萌えアルか」
「妹萌えだね…」
あんな可愛い妹がいたら誰だって溺愛する、と新八はひとり頷く。
「ハッハッハ、俺は銀時と違って優しく思いやりのある兄だったからな。ものすごくかたらに慕われていたぞ」
「え、それじゃ銀さんは…」
「それはもう銀時はひどい兄でな、妹にやりたい放題、落花狼藉もいいとこ…」
ガッ!と銀時は桂の胸倉を締め上げた。余計なことを言われては困る。
「だまれハゲ」
「ハ、ハゲじゃない…ヅラ…」
「嘘つくんじゃねーぞコラ」
「う、嘘じゃない…本当のことではないか…」
にらみ合う大人を余所に、隣では「落花狼藉って何アルか?」と神楽に訊かれ、答えられない新八。
そんな気まずい雰囲気の中…本日二度目の呼び鈴が鳴らされた。
ピンポーン…!
「私、見てくるヨ」
スタスタと廊下へ出た神楽はすぐに戻ってきた。
「銀ちゃん…かたらアル」
『ええええっ!?』
男三人はあたふたと焦る。まさかこんなタイミングでかたらが来るとは思わない。いつもなら事前に連絡をくれるはずで…
「ぎ、銀さん、どーすんですか、ヤバイですよ…っ」
「チッ、仕方ねェ…!」
銀時は桂の胸倉を掴んだまま引っ張って、隣部屋の和室に放る。
「!…何をする、ぎんと…」
「黙ってろ」
タンッ!襖を閉めると同時に神楽がかたらを呼びに行く。
「突然の訪問になってしまってごめんなさい…」
「お、おう……何だ、今日は非番か?」
かたらの格好は隊服ではなく、女子袴だった。とりあえずソファに案内して、新八にお茶を汲ませる。
「仕事は午後からなんです。あの、…どうしても気になることがあって…」
「……気になること…?」
「はい…今朝の新聞、読まれましたか?」
かたらは社長机に置いてある新聞紙をチラリと見て、銀時に視線を戻す。
「……読んだ。…昨夜は大変だったみてェだな…」
「新聞にわたしの名は伏せられていますが、…桂小太郎を取り逃がしたのは…わたしなんです」
「………」
「あの、上手く言えませんが…桂小太郎と刀を交えたとき、なにか不思議な感じがしたんです…わたしは彼を知っているような…彼もわたしを知っているような…そんな気がして…だから、坂田さんなら…なにか知ってるんじゃないかって、そう思ってここへ来たんです」
桂のことを訊かれるだろう、と予想はできた。どの道、桂との関係を話すことに変わりはない。しかし、銀時には腑に落ちない…というか、怒りと悲しみが同時に湧き上がって複雑な心境に陥った。
自分と再会したときよりも、桂と再会したときのほうが、かたらの記憶を揺さぶったのではないか。と、嫉妬を隠せない。
「ヘェー…知ってるような気がしたんだー…フーン…」
「ちょっと何不機嫌になってんですか、かたらさんの前ですよ…っ」
新八が静かに注意するも、銀時は斜め下向きでふてくされた。
「…あの、わたし…」
何か悪いことを言ってしまったと、困惑するかたらに答えたのは神楽だ。
「ヅラ…じゃなかった、桂はかたらの幼馴染アルヨ」
「え?」
かたらの小さな驚きと同時にガタンッ…と、隣部屋から物音が聞こえ、皆が一斉に襖を見る。
「?…あの、他に誰かいらっしゃってるんですか?そういえば…玄関の履物が一つ多かったような…」
「かたら、かたらは真選組アル……でも、昔は銀ちゃんと同じ攘夷志士ネ」
唐突な神楽の台詞が重くのしかかる。それでも、かたらはにっこりと笑みを作った。
「確かに、今は真選組で…敵は昔の同志かもしれない……でも、勝手に辞めることはできないの。一口に攘夷といっても色々あって、過激派の危険な手口は許せないし…」
「ヅ…桂は過激派じゃないアル」
「!……」
「かたらさん、僕たち…攘夷とかそんな大それた思想は持ってないし、日々生きるのに精一杯な庶民です。だから、本当はあまり肩入れしたくないんです…けど言わせてください。桂さんは危険な男じゃありません、穏健派です……ねっ、銀さん」
話を振られて銀時は頭をかいた。
「ガキどもがめずらしく擁護しやがってェ…アイツが付け上がっちまうだろーがァ」
「…坂田さん、教えてください。桂小太郎はわたしの幼馴染…なんですか?」
真偽を求める真剣な眼差しに嘘は言えない。
「そーだよ…アイツもお前の兄ちゃんみてーなモンだった…」
「兄……」
かたらは俯いて口を噤む。
「んで、どーする?あっちの部屋に桂がいるっつったら捕まえるか?俺ァ別にかまわねーけど」
「…あの銀さん、ここで桂さんが捕まったら、間違いなく銀さんも芋蔓式に捕まります」
「なーに言ってんだ、俺ァ善良な一般ピープルだよー?捕まるワケが…」
「銀ちゃん、犯罪者をかくまう人も犯罪者アル」
「……そーだった忘れてた」
万事屋三人がかたらを見やると、かたらは腰を上げ襖の前まで歩いていった。
「安心してください、捕まえるつもりはありません」
声を張り、襖の向こうに声をかける。
「だから…桂小太郎さん、出てきてもらえませんか?」
…返事がない。
「ヅラー、どーしたアルかー?恥ずかしいアルかー?」
シーン…
「桂さん…もしかして窓から逃げちゃった…とか?」
「んなコトねーよ…かたら、思い切って開けちゃってー」
「…では、遠慮なく」
言って、かたらの指が襖の引き手に触れる寸前だった。スパアァァンと勝手に開いたと思ったら、中から飛び出してきたのだ。桂が…
「!?」
「かたらっ、俺の愛しいかたらよォォォ!よくぞ、よくぞ生きていたァァァ!!」
至近距離で避けることもできず、かたらはきつく抱きしめられた。むぐっ、と息が詰まって何も見えない。
「なっ!ヅラてめ何しやがんだァァァ、俺だってそんな抱きしめるとかしてねェ…っ!?」
銀時の嫉妬という名の助け船を待たずして、桂は床に倒れ込んだ。
「…ごめんなさい、ついクセで…」
かたらは恥ずかしそうに苦笑する。どうやら、かたらの金的蹴りがヒットしたらしく、桂は股間を押さえ悶絶していた。
「ご愁傷さまアルな…」
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