狂乱の貴公子夜の歓楽街、その喧騒を切り裂くようにサイレンが鳴り響いた。
赤色灯を点滅させた真選組のパトカーが数台、路肩に乱暴に停められると隊士たちが一斉に飛び出していく。事前に指示しているため行動は速やかだ。
数分前、攘夷浪士の会合場所を突き止めた、と屯所に連絡が入った。すでに先攻隊として一番隊が突入している。
一拍おいて、土方とかたらは車を降りた。直後に無線機から沖田の声…
『土方さん、土方さーん、聞こえやすかーい?』
「聞こえてる、もうちっと静かに喋れっ」
『はいはい報告…結構、規模のでかい会合でしてねィ…案の定、桂一派もいましたぜ』
「桂だと!?逃がしたのかっ?」
『ええまーいつもどおり逃げ足の速い野郎でさァ』
「じゃねーだろがっ、悠長な口叩いてねーで捕まえろ!」
『包囲網は?』
「四方に配置済み、桂はどっちに逃げた?」
『北方向、追い詰めまさァ』
ブツッと通信が切れる。
「北…こちらですね。迎え撃ちますか…」
かたらは腰に巻いた革帯の位置を整え、刀を左脇腹に引き寄せる。
「ああ」
路地裏に入ると隊士たちの騒ぐ声が聞こえた。数名の浪士を捕獲した模様…しかし、そこに桂はいない。
「こっちだっ、屋根に上がったぞ!」
やや離れた場所から加勢を求める声。その方角、土方に続いてかたらも細い路地に入っていく。
カン、カン…ッ
頭上から僅かな足音がして、ふたりは顔を上げた。
見上げれば影…長い髪が月夜に照らされキラリと光る。シルエットは女のように見えた。
「桂だ…っ!」
実物を見たことがないかたらと違い、土方は何度も相まみえている敵である。土方が確信するなら、あれが桂小太郎なのだろう。
「副長、追います!」
かたらは言って瞬時に跳躍する。民家の壁から屋根へ上がり、アパート建物に飛び移った。まるで忍者のような身のこなし、そこから全速力で距離を縮めていく。
「桂小太郎!大人しく投降しなさいっ!」
かたらの通った声に桂は一瞬ピクリと反応を見せた。が、振り向きもしない。
「止まりなさい!」
丁度、小さなデパートの屋上で、この先建物に飛び移るには距離がある。追い詰めたも同然…しかし油断は禁物。なるべく無傷で捕らえたいが相手は超大物犯罪者、油断すればこちらがやられる。
「止まらなければ…撃ちます!」
かたらは隊服のジャケット裏から取り出した何かを桂に向かって投げた。
「!?」
シュッ…!と、空気を裂いて鋭利な切先が桂に迫る。
桂は振り向きざまにそれを避けたつもりだったが、頬の痛みに負傷を知った。生温かい血がぽたりと地面に落ちる。
「もう逃げ場はないですよ」
かたらは立ち止まった桂にゆっくりと近づいていく。
「フン、貴様が真選組に入ったという女隊士か…言っておくが、女子に捕まる俺ではないぞ」
「では、わたしも言っておきますね…女を甘く見ないほうがいい」
腰の刀に手をかけて柄を握りしめる。サアッと夜風がかたらの夕髪を撫でていった。月明かりの下でも輝く夕色…
「!?……お前…っ、…な……っ」
桂は目を見開いた。目の前にある存在に、ただただ困惑して言葉も出なかった…
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