夜も深まった頃、スナックお登勢の戸口が無遠慮に開けられた。
ガララッと音を立て、ズンズンと入ってきた男は真選組副長・土方十四郎、かたらの上司である。
「迎えにきた」
「やけに早いじゃないかい」
簡潔な一言に、お登勢が返す。
土方は奥で仲良くテーブルに突っ伏しているかたらと銀時を見つけると、ピキキッと青筋を立てた。
「!……っ」
鬼の副長とやらもヤキモチを焼くらしい。存外、可愛いところもある…と、お登勢は口元を吊り上げた。
「安心しな…ただ、飲んでただけさ。銀時は何もしちゃいないよ」
「飲めねェ女に飲ませた時点でアウトなんだよ……ったく、オイ葉月っ、起きねーか」
ペチペチと頬をたたいてもかたらは「んんぅ…」と吐息を漏らすばかりで目も開けない。この状態じゃ抱き上げて運ぶしかないだろう。と、その前に…
「勘定はいくらだ?」
「そこの天パのおごりだからねェ、金はいらないよ」
「…コイツのおごりは縁起が悪ィ」
土方は自分の財布から万札を出してテーブルに置き、かたらを軽々と抱きかかえ戸口に向かう。
「気をつけて帰りな」
お登勢の気遣いに土方は首だけ振り返った。
「電話、取ってもらって助かった…礼を言うぜ」
「あれだけ何回も鳴れば、誰だって緊急事態だと思うさね…アンタ、随分と過保護だねェ」
本来なら客の携帯に勝手に出ることは許されない。しかし、かたらの職が真選組なだけに、何か事件があって呼び出しを食らっていると思い、お登勢は電話に出てしまった。なんてことない保護者からの電話だった訳だが。
「っ…仕方ねーだろ、心配なモンは心配なんだ……とにかくっ、世話んなったな」
ぶっきらぼうに言い放ち、土方はかたらを車に運び込んで早々と去っていった。
「ありゃ完璧惚れてるねェ……銀時、アンタも下らない意地張ってないで真面目に口説いたらどうだい?」
お登勢は呟く。
気持ち良さそうに寝息を立てる銀時は夢の中…きっと、かたらの夢でも見ているのだろう。
真選組屯所に着いた土方は後部座席に乗り込んで、今一度かたらの頬をペシッとたたく。
「んっ……しゃかたさん…もぅ…にょめない…れす…」
「なーにが『しゃかたさん』だ…土方さんだバカヤロー…オラ着いたぞ、起きろコラ」
「ふ…くちょ……?」
うっすらとかたらの目が開く。
酒気を帯びた吐息でさえ男を誘う色香に変わる。それはもう、ガリガリと理性を削られるほどに色っぽい。
「お前が酔うと危険だってことがよーく分かった。もう飲むんじゃねーぞ、分かったか?」
「……zzz」
「あ、寝やがった…」
***
酔い潰れる=昨夜の出来事を覚えていない、は正解であった。
『あの、わたし…なにか粗相しませんでしたか…?』
受話器の向こう側、かたらの声はおずおずといった感じだ。
「別に何の粗相もしてねーから大丈夫、気にすんなってェ」
銀時は極めて明るい声で返す。
『ごめんなさい…お酒が入ってから、なにがあったのか、なにを話したのか…全然覚えてないんです』
「フツーに飲んで、フツーに世間話してただけだから大丈夫、覚えてなくても問題ないってェ」
あの後、先にかたらが酔い潰れて寝てしまい、銀時はその寝顔を肴に酒を飲み続けていた。酔っていたのに、かたらに触れることもせず、ひたすらじっとガン見していたところまでは銀時も覚えている。
『やっぱり…お酒はだめみたいです』
「まー…危険だから飲まないほうがいいかもなァ」
『危険…!?…わたし、やっぱり坂田さんに悪いこと…』
「してないしてない、大丈夫!今のは言葉の綾だからっ」
『…本当に大丈夫ですか…?』
「危険ってェのはアレだ、酒に酔って泥酔したところを悪い男に付け込まれたら困る、って意味で…」
『っ………』
「…かたら?どーした…?」
心なしか、笑いを堪えているような…
『いえっ、なんでも…ありません……ふふ…っ』
「え…何で笑ってんの?俺、何かおかしいコト言った?」
『いいえ、言ってませんよ……っ』
「んじゃ何で笑うんだよ、気になるだろー?」
『ふふ、ナイショです』
一体何が笑いのツボに入ったのか、かたらはクスクスと笑い声を上げた。
そんな風に笑うかたらの声を数年振りに聞いた気がして、銀時の胸が熱くなる。もはや何が原因で笑っているのか、その理由もどうでもよくなって、しばし笑い声に耳を傾けた。
脳裏に思い浮かぶのは子供の頃のかたらだった。満面の笑みではしゃぐ姿、懐かしい光景。…できることなら声だけじゃなく、顔も拝みたかったが電話でよかったと気づく。迂闊にも涙を流す姿なんて見せられたものじゃない。
「…かたら…お前が好きだよ…」
まるで初恋のように恋焦がれていく。
『え?…今なにか言いました?』
「べつにー、何も言ってませんー」
『うそです…絶対なにか言ってましたよね?』
「べっつにぃー、ナイショですぅー」
二度目の恋も同じ相手。
6 / 6
[ prev / next / long ]