機械人形のたまがやってきて、飲み物と小料理をテーブルに並べていく。
銀時はとりあえずの生ビールで、かたらはウーロン茶である。

お決まりの定例句「お仕事お疲れさまです」と乾杯をして、銀時はぐいっと中ジョッキを傾けた。緊張からか、のどが渇いていたらしい。一杯目をハイペースで飲み切って一息つく。

「美味しそうに飲みますね。…わたしも飲みたくなります…」

かたらは羨ましそうに銀時を見つめていた。その眼差しにドキリとするも平常心を保つ。

「…強要はしねーけど、飲みたきゃ飲んでもいいんだぜ?」
「そうですね…なんとなく、飲みたい気分…かもしれません」

言いながら、かたらの表情がすうっと陰る。

「なーに、どーした?仕事で嫌なコトでもあったの?上司のセクハラ、もしくはパワハラ…煙草の臭いに耐えられないとか、マヨ臭が気持ち悪いとか…」
「いえ、そういうわけじゃ…というかそれ、土方副長限定ですよね」
「…まー何にしても、飲みたい気分ってェのは人間の感情…喜怒哀楽のどれかが溜まってる証拠なんだよ」
「……」
「ホラそーやって落ち込むのが悩んでる証拠」
「…ごめ」
「ごめんなさい、とか謝る必要ねーの。とにかく俺はさぁ、お前に無理して笑顔作られるより…本当の顔、見せてもらったほうがいいんだって」

事実を告げず偽っている自分がよくそんな口を叩けるものだと、銀時は自身にあきれる。尚且つ、飲み始めたばかりで説教モードである。

「どーせ勘定は俺持ちだし、ここは一杯酒に付き合ってもらうとすっか……反論は?」
「いえ、…いただきます…!」
「よしよしその意気。…ちょっと、たまたま、こっち来て」

近くに待機しているたまを呼ぶ。

[銀時様、私にたまは二つありません。注文ですか?]
「おう、俺ァいつもの日本酒で…かたらは、と…甘い酒がいいか?」
「そうですね、飲みやすいほうが…」
「つっても、カクテルなんて洒落たモンはねーから…果実酒か」
[かたら様、梅酒、あんず酒、どちらになさいますか?]
「あの、梅酒でお願いします」
[かしこまりました]

正直、かたらに酒を飲ませるつもりはなかった。
子供の頃、一緒に飲んで酔っ払った思い出…それで得た教訓は「かたらに酒を飲ませるな」である。かたらは酔うとベタベタ甘えるタイプらしく、幼いながら女の色香全開で高杉と桂に絡みついていた。
それがショックで、銀時は二度とかたらに酒を飲ませなかったし、かたらもかたらでその後酒嫌いに育っていった。

そして大人になった今、かたらは酔うとどうなるのか…銀時が見守るなか、かたらはグラスを傾けていく。

「とても美味しいです…これなら大丈夫かも」
「そう言ってジュース感覚で飲むと後で大変だからね…ゆっくり飲みなさい」

かたらはふっと笑って頷く。どうやら梅酒を気に入ったようだ。一先ずホッとして、銀時も酒を口にする。

「わたし…本当にお酒は苦手なんです」
「…知ってる」
「やっぱり、昔からだめだったんでしょうか?」
「んー…飲み続けてりゃ強くなってたかもなぁ…」

ただでさえ男を虜にするというのに、酒で強化されたら男を惑わすサキュバスになるのではないか…

「いーんだよ飲めなくたってぇ、女は酒に弱いほうが可愛いんだから」
「べつに可愛くなくていいんです…ただ、少しは飲めるようにならないと…人付き合いもありますし…」
「え…何?飲みに誘われたりとか?…すんの?」
「いえ、そんなことは……坂田さんが初めてでしたよ?」

初めて。男女間において、その言葉の破壊力は半端ない。

「じゃ、これからも誘っていい?」
「もちろんっ…お願いします」
「あ、お願いするんだ?あのさ、そんなん言われたら…勘違いしちゃうよ?」
「勘違い…?」
「あー…分からなきゃ気にすんな。…お前もさ、飲みたくなったら俺を誘っていいんだからな?」
「はいっ」
「俺以外の男は誘うんじゃねーぞ、わかったか?」
「はいっ……え?今なんて…」
「っ気にしないで、何でもないから…っ」

若干酔ってきたせいか本音がポロリ…気をしっかり持って飲まなければボロが出てしまう。銀時はコホンと咳払いして、かたらを見る。

「つーことで、銀お兄さんがお悩み相談受け付けます。はい、かたらさん、あなたのお悩み教えてください」
「え?…あの、わたし…」
「何か思いつめてる……それを俺に聞いてほしかったんじゃねーの?」

誘いを受けてくれた理由があるはずだ。銀時はそれを知りたかった。

「わたしはそんなつもりじゃなくて…坂田さんに会いたかったから…」
「ふーん、そいつぁ嬉しいんだけど、嬉しくない。…もっと俺を頼ってほしいモンだな」
「………」
「話したくなけりゃ話さなくていい…と、言いてェところだが…お前だけは特別なんだ。昔っから、お前を慰めるのは俺の役目だった……ような気がするような…しないような…うん…」

しどろもどろに誤魔化すと、かたらは「?」を頭に浮かべた。

「…要は何でもいーから俺に話してみろってコト」

少しの間が空いた。
かたらは一度俯き、しばらくして顔を上げる。そして申し訳なさそうに銀時に告げた。

「わたし、まだ何も…思い出せません…」

そうきたか、と少々酔いながらも銀時は顔を引き締める。

「だからって、それを焦っているつもりはないんです…坂田さんに会って、わたしの中の気持ちが変わって…やっと、過去を前向きに考えられるようになったんです…でも…っ……」

焦ってないと言いつつ、内心どこかで焦りを感じている。銀時も、かたらも、同じだった。

「前向きに考えたってなぁ、悩みなんてそう簡単に解消できるモンじゃねーんだ」
「はい…」
「逆にモヤモヤすんだろ?過去と向き合うって決めたところで、記憶が戻るワケじゃねーし」
「…はい……」

互いに目を伏せて、各々手に包まれたグラスを見つめる。少しの震えが水面に波紋を作った。

「わたし…自分でもよくわからなくて…この感情を説明することは、とても難しいです…」
「…ハッキリしねェのは迷いがあるからだな」
「迷い、ですか…?」
「心の迷い。…欲望とか、執着とか、そういった類の感情を無理に我慢して、底に押し込めてる状態」
「!……っ」

ハッと小さく息を呑むかたら。そのものずばり、当てはまるところがあったのだろう。

「心当たりがあるか…」
「……坂田さんはどうしてそんなに…わたしのこと…」
「分かってて当然だろ、俺はお前の幼馴染だからな…行動パターンも思考パターンもお見通しってワケだ」
「…見透かされてるんですね……それじゃ、本当は焦ってる、ってこともバレバレですか?」
「まーそれなりに…」

言って酒を呷ると、釣られてかたらもグラスを傾けた。それから…

「…思い出したいです…」

ぽつり、ぽつりと本音を吐き出していく。

「早く、思い出したい……記憶を取り戻したいです…」

銀時とて…かたらに一刻も早く、一分一秒でも早く、思い出してほしいと願っている。

「不安なんです…このまま、自然に思い出す日を待っているだけでいいのかなって…」
「…そんな日が本当に来るのか…分からねーからな」
「はい…もし、このままずっと思い出せなかったらどうしようって…考えれば考えるほど、過去を知りたくなってしまうんです…っ」

記憶が戻らなくても、かたらはかたらとして生きればいい。前に言った台詞も体を成さない。知りたいという欲求が生まれてしまった以上…

「知りたいなら教えてやるさ…お前に覚悟があるなら、真実を教えてやる」
「…知りたいですよ……でも、自力で思い出せないのも悔しいんです…っ」
「そうか……葛藤してんのは俺も一緒だけどな」
「え…坂田さんも…?」

小首を傾げるかたらの目が僅かにとろんとしている。

「俺だってなぁ…お前に真実を教えてやりたい。が!この俺を思い出さないお前にムカツクというか…俺にもプライドがあってだな、うん…」

ここでグビッとひと口。酒を飲みながら話すもんじゃない、と今更思っても仕方がない。

「まー俺としては…自力で思い出してほしいっつーのが本音だが…」
「でも、知りたいです…教えてください…っ」
「ちょっ、聞いてたぁ?人の話……あのぉーかたらさん、もしかして酔ってますぅ?」
「まだ酔ってません…ひっく…」
「イヤ酔ってるだろ…つーことで、このハナシはここまでにします。続きはまた今度、素面のときで…」
「だめですっ…わたし、酔ってないです…坂田さん…教えてくれないんですか…?」
「っ……」

ついに発動してしまったらしい、かたらの色香全開モード。うっとりと恍惚した表情に甘い声、艶のある唇が誘うようにゆっくりと動き、銀時の理性に襲いかかる。

「ねぇ…坂田さん…」
「だからまた今度って言ってんだろがぁ…っ」
「わたし、今がいいです…」
「っ…だからぁっ!…とにかく、俺のハナシを聞きなさい、ね?」
「?……はい…」

相手が酔ってるとしても、下手なことは言わないに限る。

「俺はなぁ、人から得た情報で過去を作り上げるよりはぁ、自力で思い出して過去を取り戻してほしいんだよ…そもそも!お前は人に与えられた記憶を受け入れられんのかぁ?」
「信用に…足る人なら…」
「信じるワケ?あ、わたしの過去ってそーだったんだぁ〜って能天気に信じちゃうワケですかぁ?勝手に都合よく捏造された記憶を植えつけられちまっても、鵜呑みにするワケだ、お前は」
「そ…そんなこと…」
「例えばよー本当は、この俺がお前の恋人だ!っつったら、お前は信じるのかぁ?信じねーだろ?信じるはずが…」
「信じますっ……信じますよ…?」
「……ウソつけ、酔ってるやつの言葉なんか…」
「うそじゃないし…酔ってませんっ…ひっく」

言って、残りの酒を飲み干して、カッ!とテーブルにグラスを置く。どう見ても酔ってない訳がない。

「坂田さん…もうしわけありませんが…そちらのお酒を分けてください…っ」
「は?」
「酔うのはこれからですよぉ…ひっく」

かたらは日本酒の瓶を手に取り、自分と銀時のグラスに注いでいく。

「オイオイ大丈夫かぁ?」
「だいじょうぶですぅー」
「……あーもう、どーなってもしらねェからな…」

ふたり揃って酒を飲み下す。こうなったら酔い潰れるまで飲ませるしかない、と銀時は作戦を立てる。
酔い潰れる=昨夜の出来事を覚えていない、になるはずだ。多分。

「坂田さん…つづき…おしえて…」
「続きぃ?…んなモンねーよ。つーか、続きって何?」
「…坂田さんがわたしの…恋人だって…」
「はいはい、だったら何?ナニかしてくれるんですかぁー?」
「なんでも…しますよ…?」
「マジでかっ!?…じゃねーよ…あのね、女の子がそんなコト言っちゃいけません。恋人かどうか確証も取れない相手にアレとかコレとか…できるワケないでしょ〜?」
「できましゅ…」
「しゅっ!?…できるとか軽く言うんじゃねーぞコラぁ、お前、アレとコレがナニか分かってんのかコノヤロー」

「あれとこれ………なに?」

「ウソつけっ、お前ぜったい分かってんだろ…んな可愛い顔したって裏は取れてんだよぉっ」


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