ある昼下がり、新八と神楽はスナックお登勢に顔を出していた。
銀時は、というと…万事屋のオーナーとして請負契約を交わすため依頼人宅へ出かけている。

「アイツ…最近、真面目に働くようになったねェ」

お登勢は煙草を吸い込み、ふうっと換気扇の方角に吐き出した。

「銀さんのやる気はかたらさんのおかげですよ」
「金に困ってる姿、かたらに見せられないって言ってたアル」
「何でも、いつか来る結婚生活の資金を貯める…とか言ってましたね」
「かたらの記憶が戻るかも分からないのに、銀ちゃん気が早すぎネ。甘い新婚生活を夢見てるアル」
「ホントもう思春期の男子状態…というか、大の大人が恋する乙女状態…なんですよねぇ」
「暇なときジャンプ読んでるふりして、かたらの写真眺めてるヨ」
「僕、あんな可愛い銀さん初めて見ましたよ」
「ぷくく、マジうけるアル」

カウンター席に座ったふたりは微笑みながら口々に言う。

「…どんな男だって、可愛いところの一つや二つあるもんだよ。それに…好きな女の前じゃ見栄を張りたくなるってのが男さ…銀時も家庭を持てば、まともになるかもしれないねェ」

事情を知るお登勢も、銀時が良い方向へ変化していくのを感じていた。願わくば一刻も早く、妹であり恋人だったかたらが兄の銀時を思い出すように…そう祈らずにはいられない。

「銀さんの状態を見る限り、昔はかたらさんを溺愛してたんでしょうね」
「今だってそうアル。銀ちゃんの頭の中、かたらでいっぱいネ」
「あの娘はおっとりして器量も要領も良さそうだ…銀時にゃ勿体ないが、嫁に来てもらいたいねェ。大体、年頃の娘が男だらけの職場にいるってのが心配だよ」

普通の警察ならまだしも、あろうことか武装警察・真選組である。
あまり良い噂は聞かないし、武闘派の手荒なやり方はすこぶる評判が悪く、庶民に嫌われている。かたらの見た目からして不釣り合いな職場、何より荒くれ者の中に置いておくのは危険ではないか…

「銀さんだって内心気が気じゃないですよ。でも、かたらさんの記憶が戻るまでは彼氏面もできないし…」
「友達として付き合って、何の進展もないのかい?何か思い出した、とか…」

新八は首を横に振る。

「何一つ……銀さんもかたらさんも、自然に思い出すことを望んでいるんです」
「元恋人です、って素直に話せば手っ取り早いネ。かたらなら受け入れてくれるヨ、きっと、多分…」
「それで上手くいくならいいけどねェ…あのふたりがそう決めたんだ、私らが口を挟むことじゃないよ」
「ですよね…僕たちは見守るしか…」
「…あーもうっ、じれったいアルうぅぅぅ!」

神楽はぎゅっと拳を作り、不服そうに頬をふくらませる。焦れったい、そう思ってるのは神楽だけじゃない…新八もお登勢も同じく。

「そうだけど、一番もどかしい想いをしてるのは銀さんだからね」





その日の夜だった。
昼間、散々話題にされていた人物がスナックお登勢の暖簾をくぐってきたのだ。銀時と、かたらが。

「お登勢さん、キャサリンさんに、たまさんも…お久しぶりです」

言って丁寧に頭を下げるかたらは、派手でも地味でもない、落ち着いた色の着物を着こなしていた。その穏やかな物腰はどこか良家の令嬢を彷彿とさせる。

「ああ、いらっしゃい。かたらちゃん久し振りだねェ…元気でやってるかい?」

お登勢はかたらを『ちゃん』付けで呼んだ自分に驚いた。一瞬の緊張…この娘が銀時の嫁になると意識すれば、そわそわしてしまう。しかし、姑気分にはまだ早い。
かたらはにっこりと微笑んで「はい」と答えた。そこから会話を広げる間もなく…

「バーさん、奥の席借りるぜ」

銀時はしれっと言い放ち、かたらを一番奥に座らせてから再びカウンターへと戻ってきた。

「おいババア、勘定はツケで頼む」

と、お登勢に耳打ちする。

「…アンタ、金もないのに気風の良いとこ見せようたってそうはいかないよ」
「数日後まとまった金が入んだよ、それで払うから…」
「溜まった家賃は?」
「うぐ…全額は無理だけど…払うからぁ…っ」
「家賃モ滞納シテルクセニ、ツケデ飲モウナンテ片腹痛イデス、アホノ坂田サン」
「うっせーよ、ネコミミ年増…黙っててお願いだから、空気読んで頼むからぁ…っ」

金がない故に、ツケがきくこの店を選んだのだろう。いつもの飲み仲間、長谷川というマダオを連れてきたなら叩き帰すところだが、かたらなら話は別だ。

「ったく、仕方ないねェ…それにしてもアンタ、ついに我慢の限界かい?」
「は?」
「あの娘を酔わせてどーする気だい?」
「何言ってんだババア…んな野蛮なコトするワケねーだろぉ?俺は紳士なの」
「へ〜そいつは知らなかったねェ」

ひそひそ話もそこそこに「んじゃヨロシク」と、銀時はかたらの待つ席へ帰っていく。
紳士も酔えば羽目を外すことだってある。お登勢は酔っ払った銀時が粗相しやしないかと心配だった。



世間は給料日前で客の入りも悪い。
店内は比較的静かで、大概こういう時期に来る客はゆっくり落ち着いて飲みたいクチだろう。向こうのカウンター席では、お登勢たちが客の話に耳を傾け、受け答えしている。
夜の飲み屋特有のやや暗い照明。そして、目の前にはかたら。色々な感情が混ざり合い、おくびにも出さないが……銀時は緊張していた。

『ここいらで一歩踏み出してみたらどーです?』
『少しは焦らねーと野郎に取られちまいますぜ?』

沖田の言葉が、銀時の背中を押した…それは否定できない。
そもそも、ダメもと覚悟でかたらを飲みに誘ったのだ。ここ最近、会う頻度が減ったから…その理由は推測するまでもなく明白で、万事屋もとい銀時との友好が土方にバレたせいだろう。
かたらはそれを快く思っていない土方に配慮したのか、何かしら釘を刺されたのか…忙しくて会えないと理由付けていた。だから今回、誘っても断られると踏んでいたのに…まさかのOKである。

『お酒は飲めませんが、……坂田さんに会いたいです』

かたらの台詞に心臓を打ち抜かれ、通話終了後、銀時は嬉しさのあまり枕を抱いて床ローリングしたくらいだ。


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