一方その頃、新八と神楽は…喫茶店の路地裏にうずくまっていた。

『まーその代わり、……条件がある』

地面に置いた小型の機械(からくり)から、銀時の声が発せられる。

『……条件、ですか?』

次にかたらの声。

『あー…条件っつっても、難しいモンじゃねーよ?…つまりアレだよ、アレ…』
『?…アレ、ってなんですか?』

ふたりは知り合いの機械技師・平賀源外に作ってもらった盗聴器で、銀時とかたらの会話を聞いていた。もちろん、盗聴用小型マイクが襟元に付けられていることを銀時は知る由もない。

「銀ちゃん、かたらにワイセツ行為でもするつもりアルか?」
「んなワケないでしょ、相手は警察なんだから」

『アレっつーのはアレだ……だからその…』

「ぷぷっ、銀ちゃん照れてるアル…絶対今、顔が赤くなってるヨ」
「神楽ちゃん、いいとこなんだから静かに…」

『えっとな、つまりぃ…俺が言いてーコトはだなぁ…』

ガシッ、ガシッ、…マイクを通してくぐもった布擦れの音がしたと思った途端、ブチッと受信が遮断された。

「あ…マイク死んだアル…」
「うそ…」

多分、緊張から銀時が首元を掻いたのだろう。それでマイクが不慮の事故に見舞われた、と。

「…仕方ないネ、あとで銀ちゃんに訊くアル」
「訊いたら盗聴してたのバレちゃうでしょ…ハァー、とりあえず待ち合わせ場所に移動しようか」

銀時には近くの公園で待つように言われている。すくっと、立ち上がった直後…気配を感じ、ふたりは咄嗟に振り向いた。

『!?』

背後にいたのは真選組一番隊隊長・沖田総悟であった。

「おっ、沖田さんん…っ!?」
「お前、いつからそこにいたアルかっ!?」
「不審者はっけーん…ちょいと職質に付き合ってもらうぜィ」



公園のベンチに座り、新八と神楽は項垂れた。
沖田曰く…真選組に女が入隊したことは攘夷連中にも知れ渡っているらしく、過激派にとって、かたらは好餌となる可能性があった。で、かたらがひとり隊服で外を歩く姿を見て、警護を踏まえ後をつけた、と。…本当かどうかは定かではないが。
結局、沖田は盗聴器の会話を最初から聞いていた。そして弱味を握られたふたりは洗いざらい…とまでいかずとも、事情を話すことになったのだ。

「…まさか、葉月が旦那の妹で恋人だったとはな…世の中、妙な巡り合わせがあるモンだぜ…攘夷浪士が記憶を失くし、今は真選組…何の因果か知らねーが、不運な巡り合わせもあるモンだ…」
「お前、かたらをどーするつもりアルか?密告するアルか!?」

神楽はキッと目付きを鋭くする。

「べつにぃー、密告するつもりはねーけど?なに?」
「っ…イラッときたアル、ふざけてんじゃねーぞコルァ!」
「まーまー落ち着いて、神楽ちゃん!…沖田さんも、この事は内密にお願いします、頼みます…っ」

真選組の者にバレたとなれば、銀時に申し訳が立たない。この場は頭を下げるしか道がなかった。

「葉月は旦那と同じ元攘夷浪士、それだけのことだろィ。…安心してくだせェ、チクったりしやせんよ…ねっ、旦那」

『!?』

道は瞬時に閉ざされた。ガサガサと後ろの茂みから出てきたのは銀時である。

「そーかそーか、なら安心だ……って、んなワケあるかァァァ!何一つ安心できねーよ!?つーか新八神楽、おめーら俺を盗聴してやがったな!どんだけ野次馬根性あんだよ、どこの野次馬探偵団んん!?」

叫びながら盗聴用小型マイクを地面に叩きつける。

「旦那ァ、どーしやすかー?こいつら電波法違反、及びプライバシー侵害の現行犯で逮捕できますぜー」
「何言ってるアルか!?お前こそ盗み聞きネ!」
「銀さん、ごめんなさいっ、すいませんっしたァァァ!ほらっ、神楽ちゃんも謝って…」

深々と頭を下げる新八を余所にメンチを切り合う神楽と沖田。

「土下座して靴舐めるくらいの誠意を見せねェとなー」
「何でお前に言われなきゃならないアルかっ、やんのかゴルァ!」

銀時と土方が犬猿の仲というなら、このふたりも似たようなものだった。

「あーもーいい、おめーらは先に帰ってろ…説教は後でする」
「銀さん…」
「俺ァ、沖田くんと二人っきりで話してーの」
「いやアル!私もここにいるネ!」
「勝手に盗聴器仕掛けてたヤツに権利はねーよ。これから大人のハナシすんだから、ガキは帰りなさい」

言って銀時は神楽の額にデコピンした。

「イタッ…何が大人の話ネ、そいつだってまだ子供アル!」
「チャイナ、十八越えたら大人って知らねーのかィ」
「なっ…!」
「神楽ちゃん、帰ろ」

新八は言い返そうとする神楽の腕を引っ張って、そそくさと公園を出ていった。



「…いやーびっくりしやしたよ、旦那」
「イヤ、こっちもびっくりだから、色々と」

ベンチに座って男ふたり、向こうの遊具場で遊ぶ幼児を眺めつつ会話を進める。

「葉月は昔からあんな性格で?」
「ほぼ変わんねーよ…記憶喪失になってもな…」
「才色兼備のくせして天然ボケもまた愛嬌…それが旦那の好みってワケですねィ」
「っ…うるせー、こっちの事情を知ったなら、そっちの情報も寄こせってんだ」

子供のはしゃぎ声に、銀時はふと考えてしまう。
あのとき、かたらが無事で行方不明にならなければ…今頃、子供の一人や二人いただろうか。

「確かにフェアじゃあない…んじゃ、さくっと教えましょう。葉月は記憶を失くしてから幕府関係の組織を転々としてたらしいですぜ…ま、詳しくは知りやせんが…最初の三年間は自分の命の恩人、幕府医官の養女となり、弟子として医術を学び、医師免許も取得して…」
「医師免許…っ!?」

不幸中の幸いか、かたらは自分の夢のひとつを叶えたことになる。否…医師とは程遠い、真選組で働いているのだから、叶ったとは言えないのかもしれない。

「ところがです…ある幕府要人に付き添い京にいたとき、攘夷過激派の襲撃に遭っちまったんですよ。要人の護衛らは残らず斬殺され、葉月も恩人を殺された…」
「!……」
「それで、その場にいた浪士全員を斬り伏せ、要人を護ったのが葉月だったというワケです…そっから松平公に従事して、暗部を転々としたり、まー裏側で働いてたみてーですがねィ」
「…沖田くん、アンブって何だっけ?…暗黒武術会?」
「あー、暗殺部隊でさァ」

どちらも物騒なことに変わりない。

「あ…暗殺部隊…だと…!?」
「まーいいじゃないですかィ、今は真っ当な真選組で大人しいオオカミどもと仲良く楽しくやってるんでー」
「どこが真っ当ぅ!?あああ頼むから、あいつに手ェ出すんじゃねーぞチクショー!」
「誰もイタズラしやせんよ、オオカミより強い子羊ですぜィ?それに…葉月には土方さんがついてまさァ。大丈夫、心配いりやせん」
「全っ然、大丈夫じゃねーだろがァァァ!!」

銀時はガシィ!と、沖田の胸倉を掴む。
そういえば、かたらに土方との間柄を訊きそびれていたと思い出す。すっかり忘れていた。

「アイツ何アレ、何なんですかアイツぅ!かたらの婚約者気取りですかドチクショー!!」
「ままま、旦那落ち着いてくだせェ…婚約者ってーのはウソなんで」

沖田は銀時の腕を払い、襟元を正す。

「葉月は最初、近藤さんの補佐でしてね…それをお妙の姐御が『夫婦』だと勘違いしたワケでさァ…で、その誤解を払拭するために近藤さんが吐いたウソが『土方と葉月が婚約してる』っつーコトらしいです」
「あんのゴリラァ…胸糞わりー嘘吐きやがってェ…!」
「つまりは、姐御のおかげで葉月は局長補佐から副長補佐になっちまったんですよ」
「あんのアマァ…ややこしくしやがってェ…!」
「土方さんも初めはグチグチ言ってやがったんですが、今じゃ互いに打ち解けてきたみてーで…」

沖田は銀時の顔を見つめ、あからさまに溜息をつく。面白半分、哀れみ半分という感じに。ある意味ドS顔である。

「…ありゃあ、くっつくのは時間の問題かもしれやせん」
「うぐっ…アイツ…かたらに惚れてやがんのか…?」
「その逆も然り、有り得る」
「…沖田くん、全力で阻止したまえ。いや、阻止してください、お願いしますっ!頼むからっ!300円あげるからぁぁっ!!」

もう涙目で縋りつくしかない。

「俺も出来る限りの阻止はしまさァ…旦那は葉月の記憶を思い出させるのに専念してくだせェ」
「!…沖田くんっ…ありがとううぅ…っ!」
「気持ち悪っ」

余裕のない万事屋の主。雨どころか槍が降りそうだ、と沖田は思った。

「ところで旦那、葉月に出した条件って何です?アレですかィ?俺と一発セックs」
「んなコト言えるかァァァ!言いたいけれどもォォォ!!」


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