現状を話し合う前に、昔語りを聞いてほしい。かつて共に生き、最愛の絆で結ばれていた少女の話を…
銀時は簡潔に、要点を押さえて語った。
かたらという少女と出逢い、家族になったこと。その妹との馴れ初め、兄妹の約束事。攘夷戦争に別れ、再会し、共に戦い支え合って生きたこと。そして、生き抜いて迎えた終結の末、死に別れたこと。
「あいつは最期まで仲間を護ろうと戦った…」
否、死に別れたと思っていた。
「瀕死の状態で崖から落ちた、って聞いてなァ…仲間内で必死に捜したが見つからず…せめて遺体だけでも、と思ったがそれも叶わず…」
だが、かたらは生きていた。
「そりゃ叶うワケねーよなァ…生きてたんだからよォ…」
この現在に、かたらは存在しているのだ。
花見で見たときは夢だと思った。幻だと思った。信じられないと否定して、でも心のどこかで引っかかるものがあった。
本当は確めるまでもなく分かっていたのかもしれない。あの女が正真正銘、かたらだと…最初から分かっていた…魂で感じていたのかもしれない。
「…と、まぁ昔語りはここまでだ」
銀時は自分専用の湯呑み茶碗を持ってソファに移動する。急須で継ぎ足した湯茶はすでに冷めてしまったが、かまわずに飲み下した。
「ううっ…銀さんがそんな真摯な恋愛をしてたなんて…絶対、ただれた恋愛しかしてないと思ってたのに…」
「……一言多くね?」
「ぐすっ…初体験はいつアルか?」
「ああ、十六…って言わせんなバカっ!」
ゴンッ!と鈍い音がして神楽が頭を押さえる…かと思えば、袖で目元をゴシゴシこすっている。
新八も神楽も、目に涙を浮かべていた。
「銀ちゃん、かたらが生きてて良かったアルな…!」
「本当に…生きてたことも奇跡だけど、再会できたのも奇跡ですよ!やっぱり強い絆があるんですね…」
戦に翻弄された兄妹、銀時とかたらに同情を禁じ得ない。
「……そうだな…」
かたらが生きていた。
それは喜ぶべきこと…なのに、どうして素直に喜べないのか。理由はひとつ、それから色々ある。
「たとえ記憶喪失だろーが、生きてさえいりゃあ…それでいい…それで…」
銀時は俯き、何かの感情を抑えるように言葉を絞り出す。
「銀ちゃんはそれでいいアルか?」
代わりに素直に思いを吐き出したのは神楽だった。
「かたらを取り戻したくないアルか…?」
「………」
「大切な妹アルヨ?恋人アルヨ?銀ちゃんはかたらのこと、もう…」
「神楽ちゃん!」
新八が神楽の発言を制止する。
問題は簡単じゃない。こっちの理屈を相手に押しつけて解決できるものでもない。
「銀さんだって、ちゃんと考えてるよ…かたらさんを想ってるからこそ、悩んでるんだ…そうでしょう?銀さん…」
本心を聞きたかった。どんな思いでも、話してほしい…ふたりはじっと銀時を見つめる。
その視線に耐え切れなくなって、銀時はまたひとつ大きな溜息を吐いた。
「ああそーだよ…それでいい、なんて言葉で済ませられっかよ…取り戻したいに決まってんだろ」
「!…銀ちゃん…」
「でもな、記憶を喪失しちまったあいつに何て言やァいい?…言葉が見つからねーんだよ、何も…」
「昔、君と僕は恋人でした。って正直に言えばいいアル」
「バカですか君は。…あのなァ、お前が記憶喪失になったとして考えてみろよ。どこぞの男に『僕が恋人です』って言われて素直に信じられますか?お前はその男と付き合えますかァ?」
ほんの少し考えて、神楽はきっぱりと言う。
「無理アルな。イケメンで金持ち以外はお断りネ」
「……なに、この屈辱感…」
「まぁまぁ、そんな消極的に考えるのはやめましょうよ」
「って言われてもよォ、今のかたらにとって俺は過去の男、その上存在すら忘れ去られた男だぜ?記憶が戻らねー限り無理だろ…つーか六年も記憶喪失のままって…」
果たして戻る可能性があるのか否か…
「大丈夫、治す方法はあるアル!鈍器で頭に刺激を与えれば一発で思い出すネ!」
「オイオイ全然大丈夫じゃねーよ…思い出すどころか思考のいらねェ世界へ旅立っちまうよ…」
銀時は頭を抱え、もう何回目かも分からない溜息をもらす。
「もうっ、銀さんらしくないですよ?何、後ろ向きになってんですか。うじうじうじうじ、思春期の男子みたいですよ?」
「うっせー新八、お前に言われたくねーんだよ」
「ほら、そーやって子供みたいにいじけない!」
「母ちゃん気取りですかコノヤロー」
事を落ち着かせるにはどうするか、と新八は考える。このままでは銀時が不憫でならない。
「…記憶が戻らなくたって、また一から関係を作り直せばいいじゃないですか」
「簡単に言うんじゃねーよ…」
「そりゃあ簡単にはいかないと思いますよ?銀さんが今のかたらさんを受け入れない限り、難しいでしょうね」
「!」
「昔のかたらさんに囚われていたって埒が明かないでしょ?それとも銀さんは…自分を忘れてしまったかたらさんを愛する自信がないんですか?」
お前の愛はその程度か?とでも言いたげに、新八は挑発の眼を向ける。
「オイ、ぱっつぁんよ…俺を見くびってもらっちゃ困るぜ…」
「見くびってなんかないです…アンタはやるときはやる男だ…」
男同士、不敵な面構えに変わった。
「俺ァ、あいつの愛を勝ち取るためなら何だってやってやるさ…」
「その言葉…本当ですね?」
「男に二言はねーよ…」
妙な雰囲気の中、黙っていた神楽が口を挟む。
「でもさー、銀ちゃん、新八ィ…恋敵はどーするアルか?」
『………!』
ハッと思い出した。恋敵とは、かたらの婚約者を名乗る真選組副長・土方十四郎のことである。
バリーン!銀時は怒りのあまり持っていた湯呑み茶碗を粉砕した。
「ああぁぁああっ!思い出しただけでも腹が立つうぅぅぅ!!」
「ちょっ、銀さん落ち着いてくださいいっ!」
「あのヤローはな、俺のかたらを『俺の女』呼ばわりしやがったんだ!殺す、絶っ対殺してやるうぅぅぅ!」
「わかったネ!かたら奪還計画の手始めにマヨ野郎を抹殺するアルな!」
「ちょっと、神楽ちゃん!同調してないで止めるの手伝って…っ!」
すかさず、神楽の鉄拳が暴れる銀時の腹に食い込んだ。かわいそうだが、こうするより他はない。
「っ……おめーら…何しやがる…っ」
「いいですか、銀さん…ここは慎重にいきましょう」
いつまでも情緒不安定な銀時を見ている訳にもいかないのだ。
「かたらさんと話すチャンスがあるんです」
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