ひとり残されたかたらは橋を渡り、土手沿いの駐車スペースまで歩いていく。土方が迎えに来るまでは少し時間がかかるだろう。かたらはベンチに座って待つことにした。
夕刻は人もまばらで哀感が漂っている。先程、三人で楽しい時間を過ごしていただけに、ひとりになると急に寂しくなってしまう。
「…きょうだい…」
ぽつりと呟く。
きっと、わたしにも家族や大切な人がいたはず…
そう強く思えるのは、黒い夢のおかげだろう。悲しみの前に幸せを見せてくれる、与えてくれる…まるで飴と鞭のような夢なのである。
忘れてはいけない恋人…それは黒い影の姿で、顔も名前もわからない…
かたらがぼんやり河川敷を眺めていると、鈍く光るものが視界に入った。夕日に染まる銀髪はあたたかく、やさしく、綿菓子みたいにふわふわとしている。
顔は見えずとも、特徴のある髪色と服装。若草の上にあぐらをかいている男は坂田銀時だった。
かたらは近づき、その背中に声をかける。
「今日は風が凪いでいますね…」
言って隣に座ると、銀時が振り向いた。一瞬だけ目を見開いて、次にまっすぐかたらを見据える。
「………」
銀時は喋らない。元々無口な人なのかもしれない、かたらはそう思っていた。
「新八くんも、神楽ちゃんも、やさしくていい子ですね…しっかり町案内してくれましたよ。今日は本当に楽しかったです…」
「!………」
「それに、わたしのことをきょうだいの一員にしてくれたんです…新八くんは弟、神楽ちゃんは妹で…坂田さんは『お兄ちゃん』…だそうです。わたしは坂田さんの妹になるわけですね」
「………」
「ふふっ、なんだか子供の家族ごっこみたいですよね?でも、わたし…こういうの好きかもしれない、です…」
家族ごっこ、言い得て妙である。どこか懐かしい響きでもあった。
『………』
ふたり揃って沈黙。
それを破ったのは銀時だった。
「………かたら…」
ぼんやりと川の流れを見ていたかたらは銀時に顔を向けた。
「?…なにか言いましたか?」
「……かたら…」
「はい」
呼ばれて返事を返す。
「本当に……かたら、なのか…?」
「?……一応、かたらって名前ですけど…」
「一応……?」
説明すると長くなってしまう。多分、記憶喪失のくだりは新八と神楽が銀時に話してくれるだろう。かたらは銀時の疑問を受け流すことにした。
「あの、気にしないでください。気軽にかたらと呼んでもらって結構ですよ?」
「………お前…」
「オイ何してんだ、葉月」
銀時の言葉を遮って、現れたのは土方だった。
「!…土方副長っ」
「しかも、よりにもよって…何でコイツと…っ」
土方の顔中に怒りマークが浮いている。花見の時、山崎が言っていた『犬猿の仲』というのは本当らしい。
「あの、副長を待っているときに坂田さんを見つけたんです。だから…」
「いいから来い」
「ふくちょ…!?」
土方はかたらの腕を掴み、無理やり立たせると引っ張っていく。
「きゃっ…!」
ガクンッ…急に動きが止まって、土方は後ろを振り返った。
「!?」
かたらを挟んだ向こうには銀時の面がある。
「万事屋ァ…てめ、一体どーいうつもりだァ…?」
銀時がかたらの手首を掴んで引き止めていた。
「……どーもこーもねーよ…」
「だったらその薄汚ェ手を離しやがれ…こいつが穢れんだろーが…っ」
「薄汚ェのはてめーだろ」
「…あぁーゴメン、間違えちゃったァ…薄汚い通り越して真っ黒だったねェ…!」
「真っ黒?…自分の姿、鏡で見て来いよ」
『………』
いがみ合う男たち。ハタからみれば、三角関係のもつれ、女の取り合いにしか見えないだろう。
「あのっ、すみません、ごめんなさい……痛いです…っ」
さっきからギリギリと掴まれていて、血管が圧迫されている状態である。
『………』
先に手を放したのは銀時だった。その拍子に土方はかたらを引き寄せる。
「万事屋ァ、何のつもりか知らねーが…まさかてめェ、こいつに惚れたとか抜かすなよ」
「………」
「こいつは…かたらは俺の婚約者だ。二度と俺の女に触るんじゃねェ…」
言い捨てて、かたらを連れて行く。
「あ…っ」
かたらは銀時に声をかける間も与えられず、河川敷を去ることになった。
日没の間際、銀髪の影に隠れた瞳は暗く…悲しそうだった…一体、なにがそんなに悲しいのだろう…?
言い知れぬ感情の一滴が、かたらの心に小さな波紋をひろげていった。
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