かたらと約束した当日。
依頼内容は江戸の町案内という実にシンプルなものだった。
新八と神楽は依頼の件を銀時に話したものの、依頼人がかたらであることを伏せた。それと、町案内程度ならふたりで出来ると豪語して、銀時を丸め込んだ。
どのみち、銀時は落ち込んだままで仕事をやる気もない様子…一昨日、パチンコから帰ってきたときも、珍しく大勝をしたのに「ババアに家賃払っとけ」の一言で終わり。皆でぱーっと食べに行くとか、そんな出来事もなく、喜びもしなかった。
銀時らしからぬ有り様。一体どうしたら、いつもの坂田銀時に戻るのだろうか。
その原因たる謎を解くために、新八と神楽は大江戸ステーション、駅前広場でかたらを待っていた。

「新八くん!神楽ちゃん!…ふたりとも、早いね。待たせちゃったかな?」

颯爽と現れたかたらは着物姿だった。
淡い梔子(クチナシ)色の着物に、夕色の髪がよく映える。いつものポニーテールと違い、髪は真横に束ねられ、蝶々の髪留めをつけていた。

「まっ、待ってないですよ、大丈夫ですっ!」
「ちょっと早く来すぎたネ。待ったアルヨ」
「そうなの?ごめんなさい…」
「いえっ、かたらさんは五分前に来てますし、謝らないでくださいっ!…ちょっと神楽ちゃん、空気読んで」

小声で注意すると、神楽は「ゴメン…」と素直に謝った。新八だけでなく、神楽も緊張しているのだ。どことなく、ぎこちない。

「て、天気も晴れて良かったですっ…かたらさんはど、どこか行ってみたいところはありませんかっ?」
「どこでも連れてくネ。遊園地もあるアルヨ!」
「それ…自分が行きたいところでしょ、神楽ちゃん」
「えー違うヨ、オススメが遊園地ですヨ、って意味アル」

あーだこーだ、言い合うふたりにかたらは笑みをこぼした。

「ふふ…そんなに気張らなくていいんだよ?気楽に気ままに行こう。ね?」
「!…あの、それじゃ…友達感覚でも…いいですか…?」

おずおずと新八が尋ねる。

「もちろん」

にっこりと清楚に微笑むかたら。その笑みは姉のお妙と違って、黒さの欠けらも無い。まさしく、天使の皮をかぶった天使。そこに悪魔の入る余地などない。

「仕方ないアルなー。かたらを知り合いから友達に昇格してあげるネ」

照れ隠しか、ぶっきらぼうに言う神楽。かたらはそれをイヤミだとは思わなかった。

「友達に…してくれるの?」
「いいアルヨ!」
「ちょっと神楽ちゃん、態度大きいよ?…あの、かたらさん…僕たち、友達でいいですか…?」
「…うん、ありがとう…すっごくうれしい…!それじゃ、新八くん、神楽ちゃん…案内お願いするね」

「任せてくださいっ!」「任せるネ!」同時に意気込んで、拳を握るふたりであった。



下手に探りを入れると、怪しまれるかもしれない。だから、会話の中で自然に、過去に触れる話題が出るのを待っていたが…
新八は町案内で名所の説明やウンチクを話すのに一杯一杯。神楽に至っては、あちこちの名物を食べるのに一生懸命で、目的を忘れている始末。



気づけば夕刻になっていた。

「ここから眺める夕日がとてもきれいなんです」

そう言って、新八が最後に案内した場所は河川をまたぐ橋の上…お彼岸に銀時が花を手向け、黄昏ていた河川敷の近くであった。

「わあ…本当!…遠くの空まで見渡せるね…」

景色はオレンジ色、それは一色にして一色であらず…黄の太陽と茜雲が織り成す幻想的な夕焼けだった。

「かたらの髪と同じ色アルな」
「夕日色の髪が夕日に照らされると、さらに輝いて見えますね」

ふと、新八は思い出した。夕日を見るたびに一瞬だけ哀愁の表情を浮かべる銀時のことを…

「夕日みたいな髪の色、って言われるけど…あんなにきれいじゃないよ、わたしのは…」

あれはもしかして…かたらを想っていたのではないか…

「かたらさんの髪、夕日に負けてないですよ?」
「もうっ…褒めたって何も出ないから」

とにかく今は、銀時とかたらを結びつける証拠を手に入れたい。別れる前に…何かしらの確証を得なければ、チャンスが無駄になってしまうのだ。
三人揃って西日を見つめ、しばしの沈黙…焦る新八が口を開くより先に、かたらが語りだした。

「…わたし、真選組の一員になれて本当によかった。やさしくて素敵な仲間に出会えて…非番の日にはこうして自由にお出かけできるし、こうやって友達と会えるし…こんなに楽しくて、うれしい気持ち初めて…いえ、久しぶり…だと思う…」

夕日に照らされるかたらの横顔…その微笑みには儚げな憂いが含まれている。

「久しぶり…ですか?」
「うん…どこか懐かしい…そんな感じがするの…」
「!…かたらさん、あなた…」

「わたしには…昔の記憶がないから…」

『!?』

新八と神楽は互いを見合い、かたらに視線を戻す。

「きっと昔もこんな風に…誰かと笑い合って、楽しく過ごした時もあったんだろうな…」

そう呟いて、遠い目をしているかたら。

「記憶がないってどーいうことアルか?」

神楽が素直に疑問をぶつける。すかさず新八がフォローした。

「あのっ、話したくなければ話さなくていいんです…ただ、僕たちで力になれることがあれば…何でも相談に乗りますから…!」
「話せば楽になることもあるアル」

かたらはしばらく考えてから、小さく数回頷いた。

「うん、そうだね…そうだよね…」

それから小さく息をつく。どうやら話す決心がついたようだ。
しかし、新八と神楽はこの時点でかたらが銀時の妹であると、勝手に確信していた。

「もう六年も経つのかな……多分、攘夷のいざこざに巻き込まれたんだと思うけど…瀕死の重傷を負ったわたしは、ある医者に助けられたの。運良く、その人のおかげで一命を取りとめたけど…後頭部を強打していたのが原因で…」

かたらは頭にある傷痕を指で示し、ふたりに見せた。つむじの近くに縫い目のついた傷。その部分の毛根が死滅しているため…

「あ…ホントだ、ここだけハゲてるネ」

素直すぎて言葉を選ばない神楽。新八はその頭をバシッとはたいた。

「わたしはこの頭部外傷がきっかけで『全生活史健忘症』…昔の記憶が抜け落ちた状態になっているの」
「それってつまり…『記憶喪失』ですよね?」
「そう…自分に関するすべての記憶を失ってしまった。だけど、一般的な社会知識はそのままだったから…今のわたしが存在しているの…」

運が悪ければ、記憶障害で生きていくこともままならなかったはず…

「自分に関するすべて…」
「家族や、大切な人のことも忘れてしまったアルか?思い出せないアルか?」

そういえば、銀時も前に一度『記憶喪失』になったことがあった。
ほんの一ヶ月の間だったが、仲間の呼びかけが功を奏して、銀時は記憶を取り戻すことができた。忘れられた時は悲しかったけど、今となってはそれも思い出になっている。

そして、かたらの場合…

「記憶は回復する可能性がある。…そう言われていたし、信じていたんだけどね…六年経っても、鮮明に思い出せる過去なんて一つもなくて…たまに見る昔らしき夢も、黒く塗りつぶされた影絵みたいだし…」

かたらは徐々に俯いていく。

「かたら、もし…大切な人が現れたらどーするネ?昔の恋人とか…」
「…いたとしても、もう六年経っているんだよ?…きっと、わたしのことなんて忘れて…」
「ないと思いますよ?そう簡単に好きな人を忘れられるほど、男って器用な生き物じゃないんです」
「…そう…なのかな…」

ここは一か八か、提案を出してみよう…と新八は考えた。

「もし、かたらさんが過去を…記憶を取り戻したいのであれば協力します。僕たちが探します。かたらさんの過去を知る人物を…」
「わたしを…知っている人?今まで会ったことがないけど…」
「万事屋は何でも屋アル。探偵ごっこはお手の物ネ!」
「ごっこ、じゃないでしょ。…こう見えても僕たち、経験は積んでますから」

完全なるお節介。それをかたらがどう思うのか、返事を待つ…

「わたしは……ふあっ?」

突然、かたらが小さな悲鳴をあげた。ぶるるるる…ぶるるるる…、胸元にしまってある携帯電話が震えだしたようだ。

「ごめん、ちょっと待っててね。……はい、葉月です」

『俺だ。今どこにいる?』と、土方の声。それは新八と神楽にも微かに聞こえた。

「ええと、ここは……」

橋の名前が分からないのだろう。新八は横から「天之橋です」と助け船を出す。

「天之橋の上にいます……えっ?……はい、わかりました」

ピッ、と通話を切ってかたらはふたりを見る。

「…ごめんね、これから仕事になっちゃった」
「事件ですか?」
「そうみたい、今から土方副長が迎えに来てくれるから…残念だけど、今日はここまでだね」
「えー、いやアル。ニコマヨ中毒なんかほっとくネ!」

かたらの腕を掴む神楽。まるで姉にワガママを言う妹のようである。

「神楽ちゃん、また遊んでくれる?」
「えー…ウン、いいヨ…約束だヨ?絶対遊ぶアルからなっ、忘れちゃだめアルヨ?」
「かたらさん、次は普通の友達として遊びましょう」
「うん、そうだね…新八くん、神楽ちゃん、今日はありがとう。すっごく楽しかった…きっと、兄弟がいるとこんな感じなんだろうね…なんか弟と妹ができたみたいで…幸せな気分になれちゃった」

言って、にこりと笑うのに…どこか寂しそうだった。どうにかして元気付けてあげたい…

「あのっ、かたらさんさえ良ければ…僕のこと、弟だと思ってください…っ」
「私は妹でいいアルヨ?」
「ふふ、…ありがとう。ふたりとも、やさしいね…」
「だから…僕たちも、かたらさんのこと…姉だと思っていいですか…?」
「もちろん。それじゃあ今から、わたしたちは姉弟妹(きょうだい)だね?」

かたらは新八と神楽の頭をそっと撫でる。

「…かたら、ひとり忘れてるネ。銀ちゃんも…銀ちゃんも入れてほしいアル…!」

半ば必死に訴える神楽。失われた兄妹の絆を取り戻してあげたいのだろう。本当は自分の兄・神威と仲直りしたい…そんな希望が根底にあるのかもしれない。

「そっか、それじゃあ坂田さんが『お兄ちゃん』だね?」
「ウン!銀ちゃんが『お兄ちゃん』アルヨ!」

意味深に言っても、かたらには伝わらない…

「さ、夕日が出ているうちにお家に帰ったほうがいいよ?お兄ちゃんが心配してるかも…」
「仕方ないネ、銀兄ちゃんが心配だから帰るアル」
「それじゃ…僕たち帰りますね。何かあったらいつでも気軽に電話してください」
「うん、新八くんたちも電話してね」
「ハイ、それじゃ…」

さよならの挨拶を交わした後…新八はすぐに呼び止められた。振り向けば、真顔のかたらと瞳がぶつかる。

「もしも…わたしを知る人物が見つかったとして…その人がどうしても、わたしに会いたいと言うなら…わたしも会いたいと思う…その人に」

この依頼は次へのチャンス。どう銀時に話せばいいのか、悩みどころでもある。


3 / 4
[ prev / next ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -