午前も十時過ぎ、志村新八はいつもより遅い時間に出社した。

「おはようございまーす」

万事屋の玄関を上がり、客間兼居間に入ると、窓際の事務机に銀髪が見えた。

「アレ?銀さんもう起きてたんですか」
「………」

椅子に腰かける銀時は窓の外をじっと見つめたまま、返事もしない。

「…めずらしいですね。大酒飲んだ次の日は、いつも二日酔いで昼過ぎまで寝てるのに…ああ、そっか。かたらさんがくれた漢方薬が効いたんですね?」
「………」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。
横から見て顔色も悪くないし、目も開いている。半目だけども。

「それにしても、昨日のかたらさん…女子袴姿が可愛かったですよねー」
「………」
「いやーやっぱり美人は何を着ても似合いますね、銀さんもそう思うでしょ?」
「………」

ずっとだんまりである。

「…もう、さっきから黙ってばかりでどーしたんですか?」
「………」
「あ、もしかして銀さん…かたらさんに一目惚れした…とか?」
「………」

銀髪がぴくりと動いた。

「アレ…図星だったのかな…?」

新八は窓際に回り、銀時の顔をのぞき込んだ。どんな表情をしているのか…

「!」

いつにもまして、目が死んでいる?ように見えた。遠い目、というか虚ろな瞳をしている。そんな銀時の眼球がギギギ…と動き、新八をとらえた。ホラー的な意味で怖い…

「…ホント、どーしたんですか…昨日、かたらさんと会ってから変ですよ?銀さん」
「………」
「やっぱり、一目惚れ…」

「あれが本物なら、とっくの昔に一目惚れしちまってんだよ、俺ァ…」

「!…それ…どーいう…」

意味ですか?新八の質問を遮って、銀時は勢いよく立ち上がった。

「すまねェ、ぱっつぁん…忘れてくれ」

すれ違いざまに弱々しくも言い放ち、玄関に向かう。

「えっ?…ちょっ、どこ行くんですか、銀さん…っ」
「パチンコ」

銀時は振り向かず、ブーツに足を突っ込んで、そそくさと出ていってしまった。
残された新八はひとり首をひねる。

「あれが本物なら…?あれってかたらさんのことかな?本物なら…?かたらさんが本物なら……とっくの昔に一目惚れしてた?…それって、どーいうことなんだろ…」

独り言が途切れた途端、スパーン!と押入れの襖が開いた。

「ぱっつぁん、謎は解けたぜ!」
「わっ!?…ちょっと、神楽ちゃんビックリしちゃったでしょ!もう…っ」

神楽は押入れから降りてソファに座る。元気なわりに表情が少し沈んで見えた。

「…昨日の夜も、銀ちゃん変だったアル…かたらの話すると無口になってたヨ」
「そう…だったんだ…」

同じく新八も向かいに腰をかける。

「もしかしたら……かたらが銀ちゃんの恋人だったかもしれないアルな、昔の…」
「それって…この間のドラマの話?」
「そうアル。…死に別れたはずの恋人と再会、でも相手は記憶喪失で過去を覚えてないネ」
「もう、だからぁそんな話あるわけ……」

『あれが本物なら、とっくの昔に一目惚れしちまってんだよ、俺ァ…』

「……ある…かもしれない?」
「調べてみるアル。銀ちゃんの過去…」
「でも、調べるったって…桂さんはどこにいるか分からないし、坂本さんだって宇宙だし…誰に訊けばいいのか…」
「一番最初に当たるところは決まってるアル!」

言った直後、ぐぎゅるるる〜っと盛大に神楽のお腹が鳴った。



とりあえず、一階のスナックお登勢で早めの昼食を恵んでもらうことになった。神楽が言うには、ゴハンのついでにお登勢から何か情報を得ようという目論見だ。

食欲も満たされた頃。
かくかくしかじか…新八が説明すると、お登勢は煙草に火を点けて、小さく煙を吐き出した。

「…言われてみれば、昨日のアイツ…様子が変だったねェ」
「どう考えても、原因はかたらさんとしか思えなくて…」
「………」

お登勢は黙って紫煙をくゆらせている。何か思う節があるのか、それを口にするのをためらっているように見えた。

「バーさん、何か知ってるなら話すヨロシ。銀ちゃんにはナイショにしとくアル」
「僕たちだって…本当はこんな詮索するようなこと、したくないんです。…でも気になるじゃないですか。平静を装えないくらい、落ち込んでる銀さんなんて…見てるこっちも…」

どう接していいのか分からなくなってしまう。

「…ひとつだけ、心当たりがあるよ」

「何ですかっ?」「何アルかっ?」ふたりの声が重なる。お登勢は観念して煙草を灰皿に押しつけた。

「…アイツにゃ、妹がいたんだとさ」

「銀さんに…妹…っ!?」
「血は繋がってないって言ってたねェ…何でも、戦争が終わった矢先、天人の攘夷残党狩りにあって…死んじまったらしいよ」
「天人に…殺された…?」

衝撃的な話だった。銀時がお登勢に話したというなら、事実なんだろう。わざわざ嘘を話す必要もない。

「本当に死んだアルか?じゃあ…真選組のかたらは誰アルか?なんで銀ちゃんは…」
「私に訊かれたって知りゃあしないよ。他人の空似じゃないのかい?」

ただのそっくりさん、それも有り得る。もしそうだとしても、かたらと銀時の妹を結びつける証拠がない。

「…まぁ、世の中には自分とそっくりな人間が三人いるって言われてますからね」
「新八は三人どころじゃないアルな」
「…神楽ちゃん、茶々入れないの。…とにかく、銀さんに妹がいたことが分かったし…次はかたらさんと、その妹さんが似てるのかどうかを調べればいいんじゃないかな?」

新八は神楽に確認を取る。神楽は頷いてから、お登勢を見た。

「そうアルな。…バーさん、他に知ってることはないアルか?」
「私が知ってるのはそれだけだよ…あとは銀時に直接訊いとくれ」



ふたりは一旦、万事屋に戻って思案に暮れる。

「直接…って言ったって…」
「訊けるわけないネ…」

そう、本人に訊けるはずもない。銀時の過去、その傷口に触れることになるのだ。
第一、訊いたって銀時は話さないだろう。そういう弱い部分を隠す男(今回隠しきれてないけど)だから、まず訊き出すことは無理…

「うーん、どうも引っかかるなー…」
「何がヨ?」
「あれが本物なら、って銀さんは言ってたけど…亡くなった妹さんのことを指すなら『本物』なんて言葉を使わないと思うんだよね」
「……?」
「もし、かたらさんが妹さんに似てるとしても『本物』って言葉を使うのはおかしいよ…だって、この世にいない人を『本物』なんて言わないでしょ?」
「つまり、何アルか?簡単にまとめろヨ」

ややこしさからジト目になる神楽。

「僕が言いたいのは…銀さんの妹さんが生きてるんじゃないか、ってこと。つまり、生存説だよ」
「……新八、それドラマと同じネ」
「あ…ホントだ…」

考えが回りまわって最初に戻っていた。ゴホンと咳をして新八は気を取り直す。

「だとすると…銀さんは直接、妹さんの死を確認してないはず…」
「妹は銀ちゃんの知らないところで助かってて、生きてた…というわけアルな」
「…妹さんも攘夷戦争に参加してたみたいだし、ここはまず桂さんに訊くのが手っ取り早いだろうね」
「そうアルな、さっそくヅラに電話するネ!」

数分後…
空振りに終わって、ふたりは撃沈する。そもそも、指名手配中の攘夷浪士と連絡を取ること自体難しいのだ。特に桂はあちこちにある根城を転々としているため、つかまりにくい。
唯一、桂の部下から得た情報は…党首は会合で京に出かけており、江戸に戻るのは一週間後…という話だった。

「ハァー…桂さんが帰ってくるのを待つしかないのかな…」
「じれったいネ…胸がモヤモヤするヨ」
「仕方ないでしょ?銀さんに訊くわけにもいかないし、かたらさんに探りを入れるわけにも…」

ジリリリリ…ジリリリリ…、電話のベルが会話の邪魔をした。新八は三度目のベルで素早く受話器を取る。

「はいっ、万事屋です」

『…こんにちは、葉月です。その声は新八くんだね』と、受話器越しに澄んだ声が耳に響いた。

「あ…かたらさんんっ!?…きっ、昨日はありがとうございました…っ!」

『ふふ…こちらこそ、ありがとう。…あのね、やっと頼みたいことが決まったの』

「し、仕事の依頼ですかっ?」

『急で申し訳ないんだけど…明後日の予定、空いてるかな?…やっぱり、仕事入ってるよね…』

「あああ空いてますよ!大丈夫です!うちは万年暇なんで全然余裕で空いてますっ!」
「新八、テンパりすぎネ!私もかたらと話したいアル!」
「わっ!ちょっ神楽ちゃん引っ張らないでよ…っ」

なんやかんやでタイミングよく、話題の当人から依頼を受けることになった。あとは怪しまれないように探りを入れるだけ…
果たして、葉月かたらは『本物』なのか?それとも、ただの『そっくりさん』なのか…


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