「よう、お楽しみのところ邪魔するぜェ」
「姐さん、局長を引き取りにきました」
「…こんにちは、お妙さん」

ようやく万事屋一行の花見席に辿り着き、まずは挨拶から。

「あら、葉月さんまで…こんにちは、お久しぶりです」
「…どうやらアイツはいねェみてーだな」

警戒すべき人物、坂田銀時の姿は見えない。

「銀さん?…あの天パならどこかで野垂れ死んでるんじゃないかしら。用意したお酒、ほとんど飲まれちゃったのよ…きっと急性アルコール中毒で倒れて死ねばいいのに…」
「姐さん、日本語おかしいです」

鬼の居ぬ間になんとやら。それでも、早く引き揚げるに越したことはない。

「…約束の品は持ってきたぜ、近藤さんを返してもらおーか」
「ゴリラならあっちでご臨終ネ。ゴリラだけに」
「まあ、上手いこと言うわね、神楽ちゃん」
「上手かねーよ」

土方はドスッと敷物の上に酒瓶を置く。

「そうだわ!天パもいないことだし、どうぞ葉月さんたちもお座りになって」
「結構だ。こっちは近藤さん引取りに来ただけ……ってなに座ってんだお前らァ!」

お妙の言葉に素直に従うかたらと山崎。きちんと正座までしている。

「ほら、十四郎さんも早く座ってください」
「とっ!?」

何故か急に、かたらが下の名を呼ぶ。一体どういうつもりだと、抗議する間もなく土方は座らされた。

パンパン、お妙が手をたたく。

「みんなに紹介するわね。こちらは真選組の葉月かたらさん。…土方さんの婚約者よ」
「!?…んなっ」

かたらは動揺する土方の腕を掴み、「話を合わせてください」と小声で告げる。

「はじめまして、真選組副長補佐の葉月かたらと申します。以後お見知りおきくださいませ。みなさまにはご迷惑をおかけし大変申し訳ありません…どうか、お詫びの品をお受け取りください」

慎ましやかに頭を下げるかたらに感心する一同。

「まあ、ご丁寧に……でも、こんなに頂いてしまっていいのかしら?何だか悪いわ〜」

「イヤ持ってこいって言ったの姐さんだよね…」
「山崎、ここは黙ってろ…下手なこと言うと面倒になるだけだ…」

ひそひそ話しをよそに、女たちは楽し気に会話を進めている。

「私、神楽言うネ。酔っ払った銀ちゃん運んでくれたのはお前アルな?」

赤いチャイナ服、頭の左右に器型の髪飾りをつけた少女は、万事屋の従業員らしい。

「ええ、わたしと沖田隊長で。…神楽ちゃん、オマエじゃなくてかたらって呼んでくれると嬉しいな…」
「仕方ないアルな〜。とりあえず万事屋の一員として礼言っとくネ。ありがとヨ、かたら」
「ちょっと神楽ちゃん、態度悪いよ?ホントすいません、葉月さん…あの僕も…かたらさんって、呼んでもいいですか…?」
「どうぞ、新八くん」

恥じらいを見せる新八が可愛くて、かたらは微笑む。

「新八、キモイアル。…でも、かたら…ホントにニコマヨ中毒と婚約してるアルか?」
「ええ、もちろん……ねっ?十四郎さん」
「ねって、おま……ああそうだよ、…何か?俺が婚約して何か不都合でもあんのかァ?チャイナ娘」

神楽は大きな瞳をジト目に変えた。

「正直、お前には勿体ないアルな。かたらはむさくるしい真選組には不釣り合いネ。万事屋にくるヨロシ」
「あんだと?ガキがケンカ吹っかけんじゃねーぞコラ、おめーは腐れ天パと家族ごっこでもしてろや」
「ああん!?お前んとこゴリラ家族ネ、ゴリラごっこでもしてればいいアル!」

いがみ合い寸前の土方と神楽。
それを止めたのはスナックお登勢のメンバーだ。

「ちょいとアンタたち、ケンカはやめな!人の恋仲を他人がとやかく言うモンじゃないよ、神楽。ハタから見りゃお似合いの男女じゃないかィ」
「美男美女…ベツニ羨マシクナイデスヨ。問題ハ中身ダシネ、リア充、爆発シロ」
[キャサリン様は外見も中身も問題だらけですね]
「タマノクセニ、ナマ言ッテンジャネーヨ!」

なんやかんやで大騒ぎ、楽しいひと時を過ごすことになった。





けして忘れていた訳じゃない。本来の目的を…
皆がいい気分になっている中、かたらは芝生に横たわる近藤の様子を見に行った。

「近藤局長っ、…局長、起きてくださいっ」

ぺちぺち、頬をたたいても起きる気配がない。
とりあえず、ハンカチを濡らして気付けにしよう。かたらは水飲み場を探すべく立ち上がった。

水飲み場は思いのほか近くにあったが、先客がいた。
男の子が蛇口をひねり、小さな女の子を抱え上げ、水を飲ませようとしている。直感でふたりは兄妹だと思った。上手く水が飲めない妹を、兄が笑って励ましている。何とも微笑ましい光景だ。
小さな兄妹はそのまま水遊びに突入する。邪魔することもできず、かたらは公園の隅っこに腰を下ろして兄妹を見守ることにした。

びゅう…っ!

刹那の風に桜の花が舞う。
ひらり、ひらり…かたらの上に落ちてくる花びら。見上げて、自分が小さな桜の樹下にいたのだと知る。

「小さい木でも…いっぱい花が咲くんだね…」

桜並木の大きな桜より、公園の隅にあるこの桜のほうがきれいだと思った。

びゅううぅぅ…

また風が吹いて目をつむり、風が止んで目をあける。ふと視線を感じ、かたらは横を向いた。

「……!」

桜の木を挟んだ向かいに男が座って、こちらを見ている。白銀の髪をした男…それが坂田銀時だと、かたらは知っていた。

「あの、…万事屋さんですよね?…わたし、真選組の葉月と言います」
「…………」

かなり酔っ払っているのか、銀時はほうけたまま返事もしない。

「…大丈夫、ですか?」

かたらは近づいて顔をのぞき込んだ。
その深紅色の瞳に自分が映り、ゆらゆらと揺れている。…なぜ、揺れているのだろう?

「……!」

疑問はあっさりと解けた。

「どうして…泣くんです?…そんなに…具合悪いですか?」
「…………」

銀時の頬にひと筋の涙が流れたと思ったら、次にはぶわっと大洪水。

「わっ、ちょっと…」

かたらは慌ててハンカチを出し、銀時の涙を拭った。顔色は悪くないのに、何が泣くほどつらいのだろうか。目にゴミが入ったって、こんなに泣くことはない。

「…どうしたんです?…お昼寝して怖い夢でも見たんですか?」
「…………」

返事はもらえそうになかった。きっとまだ、夢の中にいるのだろう…

「かたらさーん、土方さんが呼んでますよー……あっ、銀さんこんなところにいたんですか」
「新八くん……坂田さん、ずっとぼんやりで寝ぼけてるみたい…」

新八は溜息をついてから、銀時の肩をたたく。

「あーもう、銀さんしっかりしてください!ホラ、向こうに戻りますよ」
「…………」
「さっきからこんな感じなの。…あ、そうだ…酔いに効く薬があるんです」

かたらは巾着袋から薬を出してハンカチに包み、銀時の手に握らせる。

「なんですか?その薬…」
「飲めば早く酔いが治まるし、二日酔いも防げる漢方薬。良かったら後で飲ませてあげてね」
「…なんか、気を遣わせてばかりでスイマセン…」
「気にしないで、新八くん」

「オイかたらーーー!そろそろ引き揚げるぞ、こっち来い!」

向こうで土方が呼んでいる。婚約者を装っているため名前呼びである。

「はーい、今行きまーす!」

返事をして、かたらは銀時に視線を戻した。

「…あの、わたしはこれで失礼します。新八くん、今日は楽しかったよ…ありがとう。…今度、電話するからね」
「ぼ、僕もかたらさんが来てくれてすごくうれしかったです…っ」
「ふふ、じゃあね…」

かたらはくるりと踵を返すと、夕色の髪を揺らしながら土方のところへ駆けていく。



びゅううぅぅ…っ!!

一際強い風が吹いて、辺り一帯、桜吹雪に包まれた。

「………かたら……」

その姿も、銀時の呟きも、桜舞う風と共に消えていった。
夢うつつにも、余韻を残して…


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