小上がりに敷いた布団を畳んで隅に寄せる…かたらが朝起きて一番にすることだった。ここには厠も簡易風呂も付いており何不自由なく過ごすことができる上、食事も朝昼晩と毎食また子が差し入れてくれる。囚われの身ならば牢獄の檻が相当だろうに、また子の配慮で客室に通された…というか監禁された訳である。

高杉との手合いから数日、かたらは未だ高杉に会うことも話すことも叶わないままでいた。また子曰く総督は野暮用で暫く不在とのこと、その野暮用という響きに不穏しか感じられないが今の自分にはどうすることもできない…かたらは洗面台の前で溜息を吐いた。悩んだところで何も変わらない、何の解決にもならない…そんな歯痒さに苛まれていた。

山崎は捜査班の仲間と合流できただろうか…撃たれた足は大丈夫だろうか…無事であれば今回の不手際を副長たちに報告しているはずで、それでも応援は期待できない。真選組は上からの命令で今は身動きがとれない状況だ。

「…銀兄……」

銀時はこの事を知っただろうか…鬼兵隊に捕まったかもしれない、そう聞いただけでものすごく怒ることは確実で、ものすごく心配するだろう。銀時と高杉、袂を分かつに至る経緯は桂から聞いている。そのとき鬼兵隊の国家転覆を狙う暴挙を止めたことも…では今回はどうなる?誰が鬼兵隊の計画を阻止する?誰が高杉晋助という男を止めることができる…?

「…晋助……」

果たして私にできるだろうか、と鏡の中の自分に問い掛ける。鬼兵隊を、高杉を止めること…それを自分ひとりで終わらせられたなら、これ以上誰も傷つかずに済む。大切な人も、仲間も、何の罪もない人たちが危険に晒され巻き込まれることもないのだ。

「私は……」

コンコン、と控え目に戸を叩く音がしてかたらは立ち上がった。ここを訪ねる人物は今のところ一人しかいない。

「かたら姐さん、おはようございます!」
「おはよう、また子ちゃん…いつもありがとう」

また子は朝食を載せた盆を机に置き、肩に掛けた風呂敷から何かを取り出す。

「あの、姐さんコレ…ちゃんと洗っときましたから!また子が誠心誠意、手洗いしておきましたから!!」

差し出された物はかたらが身に着けていた衣服、忍装束と下着である。先日、洗面台で洗おうとしたところ横から奪われた物であった。

「また子ちゃん、本当にありがとうね。でも、下着くらいは自分で…」
「いいんスよ!遠慮しないでくださいっス!それより…ホントにその服でいいんスか?女物の着物なら私のが…」
「いいの!大丈夫だから!」

また子の着物は丈が短くギャル仕様である。それに今、女らしく着飾ったら心まで女々しくなりそうで怖かった。

「ほら、私は捕虜というか人質みたいなものだし…食事も服も質素なもので、それ以下でも構わないから…」
「姐さん……」

かたらの言葉にまた子は視線を下げ、風呂敷を丁寧に畳み始めた。

「私には晋助様の真意は分からない…けど、他の連中は誰も姐さんのこと人質だなんて思ってないっスよ?」
「………」
「そりゃあ昔は昔、今は今かもしれないけど…姐さんは記憶喪失だったワケで、真選組に入ったのも自分の意思じゃないんだし…もうぶっちゃけ敵も味方も置いといて、お互いじっくり話したほうがいいと思うんス。晋助様も…多分そのつもりなんじゃないかなって……これは私がそう勝手に思ってるだけなんスけど…ね…?」

また子の照れた笑みを見て、かたらもつられて微笑んだ。また子なりの励ましに少し心が軽くなって、少し前向きに考えられるような気がして、かたらはまた子の存在に感謝する。

「また子ちゃん…ありがとう」
「そんなっ…礼なんて言う必要ないっス!それより姐さん、あとで甲板に出ましょう!たまには外の景色を眺めたほうがいいっス!」



昼前に訪れた甲板には船員の姿もなく(無人島でキャンプ中)とても静かだった。自分の複雑な心境とは違い、清々しい秋晴れが頭上に広がっている。久し振りの外…その澄んだ空気に、心地よい陽射しに、頬を撫でる海風に触れ、淀んだ思いを少しでも払拭したくてかたらは何度も深呼吸をした。

また子から引き出せる情報もなく、鬼兵隊の計画を探ることもできなくて、ただ今は高杉に会える時を待つしかない…かたらはまた子に過去の思い出を語ることにした。また子が幼少時や少年時代の高杉のことを詳しく聞きたがるからだ。
二人きりの女子会、そんな麗らかなひとときが過ぎていく。


「ねぇ、俺と遊ばない?」


不意に投げられた言葉に二人が振り返ると船楼の上にチャイナ服の男が座っていた。日除けの番傘、その影の口元が笑んでいる。かたらは仰ぎ見たまま小首を傾げ、また子は険しい表情に変わった。

「っ…神威、まだこの船に乗って……ちょっとアンタ!一体いつまでここにいるつもりなんスかァ!!」
「いつまでって…阿伏兎が迎えに来るまで?」

まだ少年のようにあどけない声と返事だった。この男が宇宙海賊春雨・第七師団団長だと、かたらは知らない。

「アンタのせいで…うちらが何度危険を冒して食料調達に行ったと思ってるんスか!?アンタ鬼兵隊をタダ飯もらえる宿屋か何かだと思ってないっスか??いくら晋助様が客人として扱えっつっても限度っつーモンがあるっス!!少しは遠慮して自分の食い分くらい自分で賄ったらどうっスかァ!?」

キレるまた子に男は「うるさいなァ」と言いつつ笑顔を崩さない。

「これでもちょっとは遠慮してるし、夜な夜な漁獲に出てるんだけど?そうそう、昨日の昼飯に出たステーキ食べた?アレ、俺が狩った鮫の肉だから」
「なっ…!?」
「結構美味かっただろ?」

意外にも鮫肉があれほど美味しいものだったとは…と衝撃を受けつつまた子は睨み続けた。

「それより、どう?俺と遊んでみる??」
「ハァ!?一体何の冗談!誰がアンタなんかと…」
「イヤ、マタコじゃなくてさ」

言って船楼から飛び降りた男はサーモンピンクの髪色に白く透けるような肌をしていた。そしてその顔が誰かに似ている…かたらは瞬時に神楽を思い浮かべた。色白にチャイナ服、日除けの番傘とくれば夜兎族の特徴=神楽ちゃんである。

「夜叉姫、アンタが戦うの見てたら何かこう…グッと来た?っていうか…何だろ…ムラムラっていうの?ま、いいや。とにかく俺と一発勝負してみない?」
「私があなたと…ですか?」
「そ、一発。楽しいと思うよ?」

その無邪気な笑顔には裏がある…また子はかたらを背に隠し拳銃を抜いた。

「神威!これ以上姐さんへのセクハラ発言は許さないっス!!分かってないんスか!?姐さんに手を出せば晋助様が黙っちゃいないっスよ!!」

カチリと安全装置を外し銃口を神威へと向ける。

「分かってないのそっちだと思うけど?」
「っ…どういう意味っスか!?」
「だってさ、シンスケは好きにしろって言ってたし」
「ハァァァ!?好きにしろ?その台詞のどこに姐さんを好きにしていいなんて…」
「シンスケは夜叉姫のこと、好きにしろって言ってたよ」
「そんなっ、晋助様がそんなこと言うワケ…絶対にないっス!貴様、軽々しく嘘を吐くなァァァ!!」

パァン!!また子の叫びと共に銃声が響き、神威の額に命中する筈の弾は番傘に遮られた。

「…ったく、危ないなぁ…シンスケの奴、部下の教育がなってないんだから」

涼しい顔で言ってのける神威には、上司の教育がなってないと度々言われる阿伏兎の苦労を知らない振りだ。

「ヤル気がないなら…その気にさせるしかないよね」

ゆらり…と雰囲気が一変したかに思えた。否、確実に何かが変わった…神威の青い眼が妖しく光ったのを見てまた子は確信する。やっぱり胡散臭い微笑みの裏には何かがあるのだと、そう思った瞬間…視界が歪んだ。

「っ!?」

番傘の先端がまた子の腹を突く…その突然の攻撃に為す術もなく、また子の腹が抉られ風穴が開いた…

「また子ちゃん…っ…!!」

そう、かたらがまた子の身を抱き回避しなければ確実に風穴が開いていただろう。しかし完璧に攻撃を避けた訳じゃない、また子は脇腹に食らった痛みに痙攣し気を失った。

「これで邪魔なの片付いた」

語尾に♪か☆マークを付けてもいい程ご機嫌に言う。かたらはまた子の気道を確保してから神威に視線を向けた。

「…何があっても私はあなたの期待通りにはならない…それでいいならお相手しましょう」
「ま、お互いいい暇潰しになるんじゃない?そうそう、一応コレ渡しとく。少しでも長く楽しみたいし」

神威は腰に巻いた革帯を外してかたらに投げた。それは武市に預けている筈のかたら愛用の武器箱であった。

「………」

かたらは黙って武器を身に纏い、神威との距離を取る。相手は宇宙最強と云われる戦闘種族、生身の人間が敵う相手ではない…それでもただ負けるつもりはないと気を引き締めた。

先んじて構え、撃つ。かたらの放った棒手裏剣が番傘に阻まれる。これは相手に当たらなくていい、最初から神威の武器を封じる先手だ。

「あり?もしかして…」

番傘の先端からパチパチと火花が出て神威は首を傾げた。銃口に刺さった棒手裏剣、かたらが更にそれを重ね撃つと番傘が爆発した。武器に仕込んでいたのは桂の隠れ家で拝借した硝薬である。

「!!」

内部で暴発状態、火炎と黒煙を纏い鉄屑と化した番傘を神威は捨てるどころか柄を握り直した。少々髪と頬が煤汚れても笑顔を浮かべたまま、それは無邪気かつ不気味で妖しく…神威はかたらの放った次弾を薙ぎ払い瞬時に間合いを詰めてきた。

「弁償してくれる?コレ…イヤ、体で払ってもらおうかな」

振り下ろされた番傘の骨組をかたらは両手持ちの小刀で受け止め、交差して挟み込んだ。ギギッと鈍い音を立て骨組が切断され、柄を離した神威へと小刀を繰り出す。的確に急所を狙うが故に避けられる、ならばもっと速く乱雑に舞うように切先を振るう。それも全て避けられ得た手応えはチャイナ服を数箇所かすめた程度だ。ここは一旦間合いを取って再度飛び道具に切り替えるべきか…かたらは後方に回転跳躍し同じ軌道に二本の棒手裏剣を放った。

「!?」

先に投じた棒手裏剣に二本目が命中し、小さな爆発を起こす。それを目眩しに積荷の裏へ隠れた。

「かくれんぼなんて意味ないよ」

神威の拳が積まれた木製コンテナを粉砕する。咄嗟に小刀を投げるも素手で受け止められ逆に返された。

「っ……」

端から相性が悪いのだ。武器があっても相手は戦闘種族、一筋縄にはいかない。となれば力ある者にはそれ以上の力がなければ捩じ伏せることなんてできやしない。
攻撃に転じた神威の拳が、脚が、かたらの体をかすめていく。正直、回避するのがやっとの状態だった。

「ホント、回避力は抜群だよね」

体勢を持ち直す余裕も隙もない、間合いなどあってないようなもので一発でもまともに食らえば致命傷になり兼ねない。次第に息が上がって感覚にずれが生じる。そこに付け込まれるくらいなら一層のこと…

「!!」

飛び込んで食らいつけと、かたらは神威の脇をすり抜け背後に回った。同時にその腕を掴み、肩のある部分を押さえつつ力一杯捻る。ゴキリ、と関節技が決まって神威の肩が外れ、そのまま思い切り背負い投げた。透かさず倒れたその顔面に掌底を打つ…それを避けられても、めげずにかたらは手刀を振るって神威を追い詰めていった。

しかし、相手は戦闘において上手を行く者…片腕でかたらの攻撃を受け流しつつ、一瞬の隙に脱臼した肩を嵌め込むという器用さを見せた。

「体術が得意そうだとは思ったけど所詮、地球人…」

治ったほうの指の関節を鳴らし神威が言う。その口元の笑みは優越感から来るものか…

「しかも女だから高が知れてる」

かたらの両手首を捕らえ封じる。その瞳の妖しさは征服欲から来るものか…

「お返し、しとこうかな」

捕まったら最後、攻撃を防ぐ手立てがない…かたらは歯を食い縛った。神威の膝蹴りが鳩尾に入って体が浮き、横腹に蹴りを受けた弾みで数メートル先へ飛ぶ。

「まだまだ」

神威は横向きに倒れたかたらの上に跨ると、その腕を捻り上げた。肩の関節だけでなく肘までもが嫌な音を立て、かたらは悲鳴を押し殺す。

「ぅ…く……っ…」
「へぇ、結構ガマン強いんだ。でも俺はアンタの声がもっと聞きたい…」

言って脱臼したかたらの左肩を押さえ仰向けに組み敷く。少しずつ指が食い込んでもかたらは痛みに耐え神威を睨みつけた。

「そんな顔しても俺の金玉刺激するだけだけど?」

顔を寄せ、食い縛るかたらの唇をぺろりと舌先で舐める。

「ああ、期待通りにはならないってそういうことか…体は屈しても心は屈しない、みたいな」

一方的な神威の口付けだった。

「!!…ん、ぅ…っ」

固く閉じた歯列の上下を強引に抉じ開け、舌を絡め捕る。それは息継ぎもままならなくてかたらは苦しさから喘ぎを漏らした。

「そうそう、もっと喘いでよ…夜叉姫…」
「ん、っ…はぁ…っ」
「アンタ、シンスケの幼馴染だろ?どんな関係だったか知らないけど…途轍もなく異様な執着が見えるよ」
「!……っ…」
「アンタも…シンスケも…その執着を断ち切りたいっていうなら…」

体を重ねて、吐息が触れる距離で、神威はかたらの瞳を捉える。
儚くて美しい、けれど瞳の奥に灯る何か…それを知りたい…否、知らないほうがいいのかもしれない。その秘めた光はどことなく…

あの人に似ている気がする

「…俺が断ち切ってやってもいいよ」

そんな幻想を振り払い、神威はかたらの耳朶を噛み弄ぶ。危うく囚われるところだったと思った途端、股間に衝撃が走った。

「っと、これは………うん、ちょっと痛かったかも」

かたらの膝蹴り…金的がヒットしても蚊の食うほどにも思わぬ顔で言う。

「でもさ、アンタのほうが痛いよね?」

ググ、と患部を握られたかたらは激痛に短い悲鳴を上げた。関節への圧迫が続けば元に戻るものも戻らなくなってしまう…左腕を失うか、意地を捨て相手に屈服するか…
揺れる瞳にかたらの思考を見抜いたのか、神威は口角を吊り上げ舌舐めずりした。次に指先でかたらの胸元を弄り、手で柔らかな感触を確かめる。

「…覚悟は決まった?」

どうせ抱くなら気に入った女を抱くほうがいい…そう思った時点でもうすでに囚われているのだ、かたらという女に…もしかしたら一目見たそのときから…

「神威…っ!!…そこまでにするっス…それ以上、姐さんに手ェ出してみろ…今度こそドタマぶち抜いてやる…っ!!」

脇腹を押さえ膝立ちのまま標準を定めるまた子。

「シンスケがいらないなら俺がもらってもいいだろ?暇潰しに…」

くるっと振り返り、また子に訊く。

「…飼ってもいい?」

そこにペットをねだる子供のような可愛さが見え、先程の緊迫感はどこへやら拍子抜けしてしまいそうになる。

「だっ、だだだダメに決まってるッス!!」
「え、ダメなの?」
「なっ、女を何だと思ってるんスかァァァ!?このケダモノがぁっ!!姐さんから離れろォォォ!!!」

また子の拳銃が暴発して神威はかたらから離れた。

「残念、今回はオアズケってことにしておくよ。でも次に会ったときは必ず…」
「黙れェェェ!!さっさと帰れケダモノォォォ!!!」

そう急かさずともそろそろ迎えが来る予定である。神威は身を翻し船縁から飛び降りた。



「次に会ったときは必ず……なんてね」

もう二度と会えない人に会えるわけじゃない。かたらという女にあの人の面影を重ねても意味はない。何も取り戻せないし、何も生まれない。それでもただひとつだけ忘れていた感情が湧き上がる。
それは本当に大切だからこそ抱く執着心というやつだ。かたらとの接触で未だ心があの人に囚われているのだと神威は思い知らされた。

「分かってないのは俺だったか……イヤ、一番分かってないのはシンスケかもね」

人は執着心が強いが故に自ら対象を突き放すこともある。


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