「ったく、面倒なことになっちまったなァオイ」
「言い出しっぺは銀さんでしょ、ここまで来たらもう引き返せませんよ」

その日、絢爛豪華な殿中の廊下を歩く万事屋三人と月詠の姿があった。案内は現将軍の妹君・そよ姫とその御付きの六転舞蔵である。

「傾城鈴蘭の男が先代将軍たァ恐れ入るぜ。つーか、どーやって先代将軍捜すワケ?そもそもいるの?会えるの?話せるの?」
「イヤ僕に訊かないでください」

事の始まりは吉原の日輪に頼まれ伝説の花魁・傾城鈴蘭太夫に会ったことだった。年老い床に伏した鈴蘭には若かりし頃、ある男と交わした約束が…一緒に吉原を抜け出そうと「心中立て」を交わした相手がいた。鈴蘭は今も死の淵で尚、その男を待ち続けている。
そんな吉原の悲恋話はもうウンザリ…と文句を言いつつ結局、銀時は月詠に協力していた。鈴蘭の相手は誰か…その最有力候補が先代将軍・徳川定々であると情報を掴み、神楽の伝手でそよ姫に会い、こうして殿中に入ることができたのだ。

「人の色恋沙汰を解決する前にこっちをどーにかしてもらいたいモンだぜ。こっちは好きな女とずっと会ってねーし、しばらく声も聞いてねーんだよ?つーか、かたらにはいつ会えるワケ?銀さんかたら不足なんですけどォ」
「だから僕に訊かないでください。つーか、かたらさん関係ないでしょ今……とにかく神楽ちゃんが切り開いてくれたチャンスなんですから、やるだけやってみましょう。それにしても何か様子が……あのォ〜何かあったんですか?」

こそこそひっそりと案内するそよ姫と舞蔵に新八は思い切って尋ねてみた。

「実はこのお城、戒厳令がしかれていて…」
「姫様!機密情報ですぞ、はしたない!!」
「この人達は大丈夫よ、じいや……このところ何者かによる幕府要人の襲撃事件が続いているんです。それでこのお城も厳戒体制で今、ピリピリムードが続いていて…」

そういえば…と新八は思い出す。幕府要人邸が襲撃されたとか何とか一時噂になったが、報道規制されたのかその後の情報や、その事件が真実であるかどうかさえ把握していない。幕府と攘夷浪士のいざこざはいつものこと…一般人が興味を持つことも少ないだろう。

「も…申し訳ありません。何か大変な時にお邪魔しちゃったみたいで…」
「いいえ、いいんです。このところお城全体が暗い雰囲気で心細かったから、皆さんに会えて元気が出ました」

言って微笑むそよ姫を見て安堵した直後、何者かの声が掛かった。

「そうですか」

開いた襖障子の向こう、縁側に座る男は真っ白な隊服を身に纏っていた。

「ならば仕方ありませんね。本来ならこんな事態ですから姫様のご友人とはいえお帰り願わなければ、と思っていたのですが……特別に見逃しましょう。私の友人もいるみたいですしね」

友人と書いてメルとも、と読む…銀時の顔色がサッと青くなった。その男は見廻組局長・佐々木異三郎…できれば二度と会いたくなかった人物である。
そしてもう一人、佐々木を見て青くなったのが御付きの舞蔵であった。不穏な情勢の最中、姫様の願いとはいえ何の断りもなく一般人を殿中に招いてしまったのだ。義務を怠ったとして厳しく抗議されても仕方がない。

「さっ…佐々木殿…申し訳ない、これはっ…その…」
「いえいえ、よろしいのですよ。我々見廻組が殿中の守りを預かった以上、姫様方の身は絶対安全ですから。それに下手人も大方攘夷浪士と予測がついておりますし…」

佐々木は銀時とのすれ違いざまにさらっと釘を刺した。

「…元攘夷浪士が潜り込もうと何の問題もありませんよ。ねっ、白夜叉殿」
「………オイ、一つ訊いていいか?」

本当なら触らぬ神に祟りなし、で話しかけたくもないが…どうしても知りたいことがあった。

「殿中の警護は…」
「もちろんエリートの中のエリート、見廻組総出で当たっておりますよ。この場に相応しくない輩には務まらないでしょうからね」
「なら真選組は…」
「彼らなら彼らに似合いの任務に就いているでしょう。機密情報ですから、お教えすることはできませんが…」

佐々木はポーカーフェイスのままに振り返る。

「坂田さん、あなた…もしかして気になるお相手が…」
「ちっ、違う違う!何でもないっ!何でもないですっ!!」
「そんな風に焦られてはますます怪しく見えますよ…まあいいです、それでは私は任務に戻りますが…くれぐれもはしゃぎ過ぎないようお願い致しますね」

そう言い残し去り行く白の背中に銀時の口角が引きつった。まるでかたらのことを知っているような口振りで…否、知っているのだろう。エリートならば真選組の女隊士の素性を調べることくらい容易い筈だ。

「…マズイことになったぜ」

兎にも角にも、かたらに会うためにはできるだけ早く仕事を済ませるに越したことはない…が、どうにも雲行きが怪しくなってきた。不安要素が多過ぎる中、どう行動するべきか…と銀時は考える。

このときはまだ誰も予想すらしていなかった。これから起こる惨劇を…


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