捜査班が二人一組でそれぞれの担当区域、各港町に張り込んで早一週間が過ぎた。
怪しい船あれば区域内を巡回する地元警察が直ちに立ち入り検査を実施…盗品や危険薬物、密入国者等の犯罪性あれば速やかに検挙する。山崎とかたらはそんな場面を何度か見てきた。しかし、警察や警備員が幾ら真面目な仕事振りでも、その裏は分からない。賄賂を受け取り悪党を見逃す輩がいてもおかしくないからだ。

「この港はハズレだったかも…ここには桂一派の姿も、鬼兵隊の影も見えないし…」

昼食後、魚市場の屋上にて山崎がぼやく。

「それを言ったら他の港もハズレになってしまいます。鬼兵隊がどこかの島に潜伏中なら…必ず食料等の物資調達のため港に停泊するはずです」

遠く青々とした水平線を見つめながらかたらは答えた。

「んー…でも、そろそろ次のポイントに移動してもいいかも」
「…そうですね、じっと待つか他を当たるか…どちらも確率は似たようなものでしょう」
「だよね!…じゃ、早速伝令を出すとしますか」

山崎がメールをぽちぽち打ち始めた横でかたらは視線を船着場へと戻した。港湾では新たな漁船を迎え、また騒がしく忙しなくなるのだろう…これは幾度となく見てきた光景だった。その停泊した中型漁船から船員数人が舷梯を降りていく中、一人だけ外套の頭巾を目深に被った者が目に留まり、かたらは袂から双眼鏡を取り出す。

「!!」

双眼鏡を構えるより早く、海風に吹かれその者の頭巾が外れた。肉眼でも分かるその金色に光り輝く髪は…

「山崎さん…!」

呼びながら双眼鏡を通して確認すれば間違いなく…

「鬼兵隊の…来島また子です…!」
「え?赤い弾丸のっ!?」
「はいっ、間違いありません!!」

また子は金髪が乱れたままに頭巾を被り、早々とタクシー乗り場へ直行し車で去り行く。

「一人でタクシーに乗ったなら…単なる買い出しかもしれないですね。彼女は鬼兵隊の紅一点だし…色々と入用なものがあるでしょうから」
「そっか、女の子って大変だよね……じゃなくて!それより作戦!作戦だよ!?えっと…っ…」
「山崎さん、落ち着いていきましょう。目標は到着したばかりですし、作戦の準備には余裕があるはずです。先ずは仲間に連絡を」
「了解っ」

作戦を決行するには暗くなってから、尚且つ人気が少ない時間帯でなければならない…狙うは夕飯時である。山崎とかたらは準備を整え鬼兵隊の漁船を見張り続けた。
船から降ろされた積荷は紛うことなき漁獲物でフェイクとしては完璧だった。そしてさも自然に食料品を船に運び込み、夕暮れ前には仕事を終えた。船員の会話を盗み聞いたところ、後は各々夕飯を済ませ八時半までの自由行動が許されているようだ。

「日も落ちて人もまばらになってきた……やるなら今だね」
「はい、行きましょう」

二人は頭巾に口当ての忍装束に身を包み、照明灯を逃れ闇を伝っていく。それから港湾脇の桟橋下にある小船を拝借して鬼兵隊の漁船へと漕ぎ出した。

「…っと、この辺りでいけるかな…かたらさん、見張り頼むね」
「了解です。山崎さん、気をつけて」

山崎は小さく頷き、海面に身を下ろしてから漁船裏の側面をよじ登っていった。船縁に手を掛け甲板にいる見張り人の位置を把握しつつ死角を通って忍び込む。できるだけ船の中央にある物を仕掛けなければならない…山崎は慎重に操舵室の上部を目指しその屋根に上がると一息吐いて作業に移った。何てことはない、少し強力で頑丈な追跡装置&盗聴器を取り付けるだけの簡単なお仕事です(見つからなければ)

「……これでよし、っと…」

装置の起動を確認して後は戻るだけ…このまま船のどこかに隠れ鬼兵隊の潜伏先まで行くことも可能だが、作戦コマンドが「いのちだいじに」である以上無謀なことはできない。人手が足りない上、強大な敵相手に「ガンガンいこうぜ」では自殺もいいとこだ。故に捜査班の真の目的は鬼兵隊が所有する兵器の在り処を突き止め、それを確実に処分することである。

「山崎さん…!」
「無事設置完了、そっちの状況は?」
「随分と人が集まってきました…急いで離れましょう、乗ってください!」

山崎は差し出された手を掴み小船に乗って港湾脇へと櫂を漕いだ。桟橋に着き周囲を確認、身を隠せる建物まで一気に走り抜けようとした途中…

「止まれェ!!」

甲高い怒声と共にパァン!!と一発の銃弾が二人の足元を掠めた。咄嗟に身を引くも盾になりそうな物が鉄製の屑籠しかなく、それを盾代わりに二人は身を屈める。

「…アンタら何者っスかァ!?」

訊きながら照明灯の下に現れた女…来島また子は大荷物を地面に落とし両手に拳銃を構えた。二丁拳銃使いは非常に厄介である。どう逃げ果せるか…

「山崎さん、そこの建物まで走ってください…援護します…!」
「でも、それじゃかたらさんが…っ」
「大丈夫です、私もちゃんと逃げますよ。とにかく二手に別れて後で落ち合いましょう」
「っ…了解、準備できたら合図して」
「山崎さん、どうかご無事で……」
「かたらさんもね……」

かたらは腰の武器箱から棒手裏剣を取り出すと腕を交差して両手に構えた。狙うは二丁の拳銃だ。

「そんなとこに隠れてもムダっスよ!?答えなければ…」

また子の台詞を遮ってかたらは立ち上がると同時に棒手裏剣を放った。その瞬間に山崎が横に走り出す。

「なっ…!?」

棒手裏剣が右手の拳銃を弾き飛ばすも左は外れ、かたらの次弾より早くまた子の銃弾が空気を切り裂いた。一発目はかたらを威嚇し、二発目は山崎の足元へ…

「どっちも逃がさないっス!!」

また子は動きを鈍らせた山崎へと銃口を向けて撃つ。三発目が太腿に当たり、四発目は何かによって弾を防御された。

「!!…かたらさん…っ」

山崎の胸に飛び込んできたのはかたらの携帯電話だった。銃弾を受け止めた携帯はひび割れて大破、これがなかったら致命傷を負っていた筈で…動揺してかたらを見れば「逃げろ」と手合図を出している。

「やってくれったっスね!次はお前だァァァ!!」

かたらはまた子の銃弾を避け逃げるべく走り出した。少し先にある建物間の通路に入ったものの近くに梯子も外階段もなく、奥から数人駆けてくるのが見えてやむなく引き返す。

「また子さん!さっきの銃声は…」
「敵っスよ敵!早くあいつを捕まえるっス!!」
『はいっ!!』

背後ではそんな会話が聞こえた。脇道にも進めずこのまま行けば確実に逃げ場を失う…ならば踵を返し少人数の敵をかわして戻るほうがいいかもしれない。けれど…

「っ………」

悩む暇も悩む必要もなかった。かたらは勢いで突き進んでいく。怪我を負った山崎が少しでも遠くへ逃れられるなら…

また子の応援を求める声に応え、かたらを捕らえようと男たちが次々と襲い掛かってきた。かたらは全て体術で対処し倒しながら鬼兵隊の漁船へ向かう…すると舷梯の上に男が現れた。

「何やら騒がしいですねェ、どうかしましたか?」

その中年男、鬼兵隊の主要人物だと見受ける…そう判断してかたらは男目掛けて跳躍、背後に下りた刹那に足払いで跪かせ、片腕を捻り掴むと腰から抜いた小刀を首に当てた。

「武市先輩ィィィ!!」

舷梯の下に駆けつけたまた子が叫ぶ。武市先輩と呼ばれた中年男は喉元に刃を突き立てられても表情を微動だにせず口を開いた。

「あの〜…また子さん、これは一体……どういう状況なんでしょうか?もしかして私、人質みたいになっているんじゃ…」
「どこからどう見ても人質っス!!オイお前ェ!何が目的で私らに近づいた!?まさか桂一派の者…それともどこぞの犬か!?」

かたらは黙って言葉を捜す。その沈黙にまた子のこめかみに怒りマークが増えていった。

「その変態を殺したらお前も殺す!!どうせここから逃れられないし、足掻いたってムダっス!!それとも死にたいってんなら先に撃ってやろうかァァァ!?」

パァン!と武市先輩の膝元に一発。

「ちょっとまた子さん、早まらないでください。私はまだ死にたくないし、変態でもロリコンでもないフェミニストです。ここはこの鬼兵隊参謀、武市変平太に任せてもらえませんか」
「ちょっ、武市先輩!何言って……っ…」

また子は文句を押し殺し拳銃を下げた。

「さて、先程も言いましたが…私は鬼兵隊において一の策略家、武市変平太と申します。あなたが何故ここへ来たのか…色々と複雑な事情があるのかもしれません。よろしければお話いただけませんか?」
「………」
「それとも…何か望みでもおありですか?」
「………」
「武市先輩、もういいっス!時間のムダっス!こうなったら変態もろとも…!!」

再び拳銃が突きつけられ、かたらは武市から手を離すと顔を覆っていた頭巾と口当てを外した。

『!!』

照らされた光に夕色の髪が輝き揺れる…その素顔に皆が息を呑んだ。かたらの存在を知る者が呟く…夜叉姫、と。

「かたらっ…姐さんんん…!?」

また子も驚きを隠せなかった。かたらは一瞬だけまた子に微笑みを向け、顔を上げた武市に真剣な眼差しと言葉をぶつけた。

「高杉晋助に会いたい……それが私の望みです」
「!…あなたが噂の夜叉姫ですか。晋助殿の幼馴染であり、かつて共に戦った晋助殿の…」

その先を口にするのは野暮というものだ。武市は立ち上がってざわめくその場を収めることにした。

「皆さぁん、手出しは無用ですよ〜!ほらほら早く出帆の準備をしてくださぁ〜い!」

かたらも小刀を収め、武器箱の革帯を外して武市に手渡した。これ以上の危害は加えない、そんな意味を込めて丸腰になる…というよりは没収されることを見越して先に渡したのだ。

「気分転換にと買い出しに同行してみれば思わぬ収穫です。いえ、収穫と呼べるかどうかは分かりませんが…昔の記憶を喪失した上、今は真選組に身を置くあなたが…一体晋助殿に何の用でしょうか?」
「記憶を取り戻したから会いたい…それではいけませんか?」

その台詞を聞いたまた子が目を見開いた。

「かたら姐さんっ…記憶が…過去の記憶が戻ったってマジっスかァァァ!?」
「また子ちゃん、こんな形での再会になっちゃってごめんね。でも、記憶が戻ったのは本当だから…だから私は晋助に会いたい…
返してもらいたい物もあるし……また子ちゃん、私…晋助に会ってもいい?会えるかな…?」

つい先程のいざこざはどこへやら雰囲気が一変する。かたらに見つめられたまた子は頬を赤くした。

「もっ、もももちろんっスよ!?私から晋助様に頼んで…」
「また子さん、騙されてはいけませんよ。幾ら晋助殿がベタ惚れした相手だろうと過去は過去、今の彼女は真選組なんです。私たちの敵であることに変わりありませんよ。もし彼女が晋助殿の暗殺を企てていたら…」
「姐さんがそんなことするハズがないっス!晋助様を殺すワケがないっス!!」

食ってかかるまた子に、非難する武市…目の前で言い争う二人をかたらは黙って見守った。

「また子さん、あなた夜叉姫に肩入れしすぎなのでは?たった一、二度会っただけで友達にでもなったつもりですか?それともまさか、夜叉姫に対して何か特別な…百合的な感情を抱いているんじゃ…」
「なっ、何が百合かァァァ!!勘違いも甚だしいっス!!」
「イヤでもその気持ちも分からなくはないですよ。この姫と呼ぶに相応しい顔立ち…できれば十年前にお会いしたかったものです」
「武市変態!ロリコンも大概にしてください!姐さんを穢すことはこの私が許さないっス!!」
「妄想は自由!そして無限大!誰にも奪うことのできない権利…」
「黙れ変態ィィィ!!」

パァン!パァン!と銃声が鳴り響いたのは言うまでもない。


4 / 5
[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -