電話越しに土方の溜息が聞こえた。

『見廻組は殿中の警護、真選組は幕府要人の警護ときた…ホシを捕まえようにも人員不足でどうにもならねェ状況だ。今動けるのは山崎含む少人数…これじゃ捜査も思うように進まねェ』

要人暗殺事件に続き要人邸消滅事件、これ以上犠牲を出さないために一刻も早く解決したい問題だがそう簡単にはいかないようだ。

「副長、何と言えばいいのか……すみません、こんなときに私…」

土方に掛ける言葉が見つからずかたらは暗然とする。気遣いや励ましは嫌みになり兼ねない。

『悪ィ、ただのグチになっちまった…こっちはこっちで何とかする、お前は自分のことだけ考えろ。こっちのこたァ何も心配いらねーよ』
「…はい……」

言葉少なに通話を切って、かたらも溜息を吐く。卓上に広げた地図が視界に入ると更に溜息が出てしまう。自分の目指す道が定まっても、今目の前にある問題を…仲間を放っておく訳にはいかなかった。けれど一人で行動するにも限界があるのだ。

鬼兵隊の潜伏先を見つけるには港を探る…しかし一体どの辺りの港を目星に探ればいいのかまったく見当が付かない。一人で手当たり次第に探っていては時間も掛かるし骨が折れるだろう。せめてもう少し桂から情報を引き出せていたら…と悔やむばかりだ。
一層のこと土方に黙って山崎に連絡を取り、情報をリークして捜査班に加わるか…と考える。もう山崎は鬼兵隊の仕業だと確証を得ただろうか…だとしたら既に潜伏先を調べる算段をつけたかもしれない。

「っ………」

かたらは立ち上がって男袴に着替え始めた。真選組を頼るか否か、悩むよりまず先に必要な物の買い出しに出掛けることに決めた。刀以外にも武器を揃え、装備を整えておく…鬼兵隊に挑むからには戦闘は避けられない筈だ。誰も血を流さずに済めばいい…そんな甘い考えでは立ち向かえない。覚悟を決めろ、そう自分に言い聞かせかたらは隠れ家を出た。

武器屋に向かう途中、大通りを横切ると微かに銀時の声が聞こえた気がして人込みを振り返る。辺りを見渡しても銀色に光るものはなく…かたらはふっと笑ってしまった。このところ電話をかけても留守らしく銀時と話していない。多分仕事が忙しいのだろう、そう思ってあきらめていたが…やっぱり銀時が恋しくて、その声が聞きたいと焦がれてしまう。故に幻聴が聞こえたのでは…

「銀さーん!ちょっと待って!ちょっ、待てって言ってんでしょーがァァァ!!」

!?…背後から新八の声がして、かたらはビクッと固まった。そのまま新八が横を擦り抜けた先には銀時の姿が…

「銀さん!神楽ちゃんが…急にいなくなっちゃって…!」
「アイツ…またか……どーせどっかで買い食いでもしてんだろォ?心配すんなってェ、先行くぞぱっつぁん」
「でも、迷子になったら…」
「行き先は知ってっから大丈夫だろ。依頼人が待ってんだ、行くぞ」

二人を盗み見て会話を聞くと、どうやらこれから仕事を請けに行くようだ。銀時の横顔をほんの少し垣間見れただけで、嬉しさと同時に切なさが募る。かたらはその背中が再び人込みに消えていくのをじっと見守った。

「銀兄、ごめんね…」

必ずあなたのもとへ帰るから…必ず約束を果たすから…どうか待っていて、私を…





夜、かたらは真選組屯所の近くにある小道を樹木の上から見張っていた。そこを必ず通るであろう人物を待ち続け、見つけてその背後に飛び降りる。

「山崎さん!私です、かたらです」
「!!…っ…かたらさんん!?どうしてここに…??」
「少し気になって来ちゃいました。副長から聞いたんです、少人数で捜査してるとか…」
「ううぅ…っ、かたらさんんん…!!」
「わっ」

急に手を握られてびっくりした上、山崎が泣き出したことに焦った。

「っ、何か問題でもあったんですか?山崎さん…?」
「だって、…だってかたらさんと…もう会えないんじゃないかって…そう思ってたから…っ…」
「!……」

グスッと鼻を啜る山崎を慰めるべく、かたらは腕を回して抱きしめた。

「会えないわけないじゃないですか……真選組を辞めたっていつでも会えますよ、山崎さんは私の大事な友達だから…それに私はまだ真選組を辞めたわけじゃない…あなたの仲間として私は今ここに…来たんです」
「!…かたらさん、それって…」
「私を捜査班に加えてください…たかが一人増えたところで現状は変わらないかもしれない…それでも一緒に、前へ進みたいんです」

そう告げて体を離すと山崎は益々大粒の涙をこぼした。

「かたらざん゛…っ!!」
「山崎さん、そんなに泣かないで…訊きたいことも、話したいことも沢山あるんです。ほら、泣いてる暇ありませんよ?」
「っ、…ごめん…嬉しくてさ、嬉しすぎて涙が止まらないかも…」



かたらは山崎に事のあらましを説明した後、これからの捜査計画を一緒に考え書面にまとめることに決めたが、その前にどうしても謝っておきたかった。

「山崎さん、ごめんなさい!…私、山崎さんたちを利用してる…そう受け取られても仕方がないから、本当に…ごめんなさい…っ!!」
「あのさ…謝る必要なんてないから。だって、鬼兵隊の何らかの計画を阻止するっていう目標は一致してるワケだし…それにこんな少人数じゃ利用した内に入らないよ?むしろこっちが有能なかたらさんを利用してるみたいな感じだし…」
「山崎さん…っ…」
「本来ならさ、かたらさんの情報やかたらさん自身を利用して鬼兵隊と桂一派まとめて一網打尽にするぞ!ってなってたかもしれないし…」

攘夷党党首・桂小太郎、そして鬼兵隊総督・高杉晋助…その両名がかたらの幼馴染だということを、かたらが白夜叉・坂田銀時と繋がっている時点で山崎は察していたそうだ。

「今の真選組は要人警護で分散してるから一網打尽なんて無理だけど…ある意味こんな状況でよかったのかもしれない、かたらさんにとっては…」

昔の仲間と今の仲間、どちらも大切であるからこそ大きな争いは避けたい…山崎はかたらの想いさえ察していた。

「とにかく今は俺たち捜査班で頑張ろう。ねっ、かたらさん」
「はいっ……ありがとうございます、山崎さん…!!」



***



翌朝、かたらは頃合いを見計らって土方に電話をかけた。

「副長…私、決めました」
『!…っ…』
「今、自分が何をすべきかを…」
『そうか…決まったんだな…』

心なしか弱々しい土方の声…それとは反対にかたらは決意を込めて声を発した。

「私の夢は医師になること…それが子供の頃から夢だったんです。だからもう一度、記憶を取り戻した今こそ…もう迷わずに医師の道を突き進んでいこうと思います」
『…そうか、お前が決めたことなら何だろうと応援する…俺にゃそんぐれェしかできねェ。除隊手続きは俺が…』
「いえ、まだです」
『!』
「私はまだ真選組を辞めるつもりはありません」
『な…っ……葉月、どういう…』
「今直面しているこの事件を突き止め、兵器による脅威がなくなるまで…それまでは私を捜査班の一員として働かせてください…!」

土方の吐息が震え、暫しの沈黙が過ぎる…かたらは土方の言葉を待った。

『……本当に…いいのか…』
「はい」
『本当にいいんだな…?』
「はいっ」
『それがお前の意思なら…俺は認める……だが、最後の最後に危ねェ仕事させるワケにゃ…』
「最後だからやり遂げたい…危険は覚悟の上です。どうか副長、お願いします…!!」

相手に見えなくても頭を下げる…本当は直接会って話したかったが、多忙なスケジュールだと聞き失礼ながら電話にした。おそらく土方は少し怒って困ったような表情をしているだろう…かたらには容易に想像できた。

『ったく、分かったよ…お前を捜査班に入れてもいい。ただ無茶だけはするな…できることならお前の傍にいてやりてェが…』
「自分の身は自分で護ります。それより、副長補佐の仕事を放棄して申し訳ありません…!」
『…そうだな、この激務に補佐がいねェのは痛い。お前がいなくなって今まで俺がどれだけ助けられていたか思い知ったところだ』
「副長…っ…」
『まァ気にするな、行き詰まったときゃ修行に出てる小姓を呼び戻してもいい。あまり期待はできねーが、猫の手よりはマシだろーよ。…それでお前は屯所に戻ってくるか?』
「いえ、…本日午後には江戸を離れる予定です」
『!…どういうことだ?』

土方が訝しげに食い付く。

「朝礼後に山崎さんが副長に捜査計画書を提出します。実はその計画書、山崎さんと私とで考えたものなんです」
『!…山崎と会ったのか?アイツ、俺に黙ってお前に…っ…』
「その、押しかけたのは私ですから……それでですね、しばらく江戸を離れ港町を拠点に怪しい船を探ろうと思っていて…詳細は山崎さんから説明があるはずです」
『っ……分かった。計画書の確認が済み次第、連絡する』
「はい」

本題を告げてホッとすると同時に土方の溜息が聞こえた。

『お前にゃ副長補佐より監察補佐のほうが向いてるのかもな…イヤ、ただ山崎とウマが合うだけか…』
「ふふ、どうでしょう?私はどちらの仕事も好きですよ?」
『そうかよ』
「そうです。この事件が片付いたらその後に副長の仕事も手伝いますからね。やっぱり最後の最後には副長補佐として山積みになった書類を副長と一緒に徹夜で処理したいです」

かたらは土方の補佐に任命されたときのことを思い出す…まだ気も通じ合わずに黙々と書類仕事をこなしていた頃が遠い昔のようだ。

『…なら俺ァ不真面目に書類仕事をたんまり溜めておかなきゃならねーな』
「う…やっぱり程々にお願いします」

真選組に在籍した期間は短く終わっても、繋いだ絆は解けない…そう信じられる仲間を得たことにかたらは感謝した。


3 / 5
[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -