要人邸の消滅はニュースでも大々的に報じられた。
朝から生中継で現場を報道するテレビ局があり、それを見てかたらは総毛立った。未明に謎の砲撃を受け、幾ばくかの黒い残骸と化した焼け跡が画面に映り、その惨さを伝えている。途中で真選組の隊士…原田隊長がいたから十番隊だろう…が出てきて映像が途切れると、次には離れた場所からの中継に切り替わった。遠目でもはっきりと分かる…黒の隊服を身に着けた者たちが忙しなく動き、現場を調べる姿が映っていた。

「っ……」

どうしてこんなことに…否、ついに懸念していた事態が起こってしまった。直感でかたらの脳裏にある男の顔が浮かぶ。高杉晋助…最後に見た冷たく鋭い眼が今でもまだこの心に突き刺さったままでいる。

『亡霊は大人しく死に逝け…次に相見えるときは二度死ぬ覚悟を持つことだ…お前を殺し、せめてもの手向けに蝶を添えてやる』

記憶を無くしたかたらに言い放った台詞。過去を振り払うつもりで高杉に会いに行った…けれど振り払われたのは自分だった。今の高杉にとって自分は過去のしがらみでしかないのかもしれない。高杉はただひたすらに幕府に復讐を果たさんと前に進み続けている。

『今のあいつは復讐鬼と言えよう…復讐の為なら何を犠牲にしても構わぬと、巧妙な手口で利用できるものは何でも利用する…故に俺たちは仲を違えた。一度は説得を試みたのだがな…』

桂はそう言っていた。

『高杉のことは俺に任せておけ。今一度、俺があのバカを止めてみせる……たとえ刺し違えてでもな…』

仲を違えても、掛け替えのない仲間だからこそ、桂は今もきっと高杉を引き止めるために奔走しているのだ。それも自分ひとりで…銀時に協力を求めることもなく、かたらにも真選組を辞めるよう戦線離脱を促した。

「小太郎…っ…」

桂に会って話したいと思った。今直ぐに話したいことができた。何もかもが手遅れになる前に…





かたらの願いが届いたのか夕刻を過ぎた頃、隠れ家に桂とエリザベスが帰ってきた。

「小太郎!小太郎!!あのね私、話したいことがっ…」
「落ち着けかたら、そんなに慌てずとも俺とてお前と話がしたくてここへ来たのだ。暫く俺は江戸を離れる…その前にお前に会っておきたかった」
「!…小太郎、それってどういうことなの!?」
「そう急かすな、ゆっくり話したい。…エリザベス、すまんが茶を入れてくれ」

【かしこまりィ!】と書かれたプラカードを掲げエリザベスが台所に引っ込むと、桂は居間の座布団に腰を下ろした。かたらも同じく卓を挟んで座り、先に口を開いていいのか迷っていると桂に先手を取られた。

「銀時のところへ戻る決心がついたか?」
「!……っ…」

訊かれてグッと胸が苦しくなった。銀時のことを後回しにしようとしている自分がどうしようもなく冷酷な人間に思えた。

「…その前にやるべきことがあるの……だから銀兄のところには…まだ帰らないよ」
「お前の言う、やるべきこと…それは本当に銀時を差し置いてまで優先すべきことか否か……先ずはお前の話から聞くとしよう」

すでに見透かしたような視線が向けられ、かたらは手に汗を握った。正直、桂を説得する自信がないが相談してみなければ何も始まらない。

「要人邸消滅事件…私はニュースで知ったけど、小太郎は?」
「…現場をこの目で見てきたが、酷いものであったな。あそこには先代将軍定々の右腕と云われた男が住んでいた。隠居の身でありながら未だ権力を手放さず、裏で色々と黒い噂が絶えぬ男だ。どこぞの攘夷浪士に命を狙われても不思議はないが…」
「こんなやり方ができる組織は一つしか存在しない…そうでしょ?」

何とも言えない悲しみが込み上げる。それを察したのか桂も沈痛な表情を見せた。

「……そうだな」
「やっぱり…そうなんだね…」

短い沈黙を挟みかたらは続けた。

「二週間前…前の要人暗殺事件のとき、私は犯人に繋がる情報を求めて闇市場を探っていたの…そこで得たものは春雨経由で密輸入された兵器があるということ…その兵器をどこの組織が買ったのかは知り得なかった…けれど今回の事件で確信がいった…」

かたらの確信に桂が小さく息を漏らし目を伏せる。

「そう…鬼兵隊であることは確かだ。兵器購入の裏も取ったが、こうも早く行使されるとはな…幕府関係者は戦々恐々、今回が単なる脅しだとしても攘夷支持者は謎の組織に希望を持ち、過激派はこれに乗じて活発になるだろう」
「次に狙われるのは先代将軍に近い家臣…いえ、定々公本人かもしれない」
「そして罪のない者たちが巻き込まれる、か……かたら、お前はどうしたいと言うのだ」

桂は率直にかたらの胸の内を訊く。訊かずとも桂には分かっている筈だ…かたらはきゅっと唇を結んでから答えた。

「小太郎と同じだよ……鬼兵隊を止めたい…復讐だとしても、こんなやり方は間違ってると思うから…私は晋助を止めたいの」
「………」
「だから小太郎、私も一緒に連れて行って…何でも協力するから、私も一緒に…っ!」

高杉のことを桂だけに背負わせたくなかった。これ以上誰も傷つかないように、今やるべきことは…

「あいつを説得するつもりならやめておけ…あいつの耳にはもう誰の言葉も届かん。それに、俺は高杉を説得するために鬼兵隊の行方を追っている訳ではないぞ…俺は鬼兵隊を潰すために動いているのだ」

鬼兵隊を潰す…果たしてそんなことができるだろうか。春雨と結託し勢力を拡大した組織に、桂率いる攘夷党や他の穏健派を併せたとしても難しいのではないか。それでも、無謀だと言われようと、敵の中枢を叩き計画を阻止する。潰すということは…そのつもりなのだろう。

「前に言ってたよね、晋助のこと……たとえ刺し違えてでも止めてみせるって、そう言ったときの小太郎の顔…よく覚えてるよ。私と銀兄の幸せを望みながら自分は何もかも一人で抱え込んで、すべての因果を背負うみたいに…微笑んでいるのに、今にも泣き出しそうな、つらそうな、そんな顔だった」

子供の頃の楽しかった日々、皆の笑顔が忘れられない。記憶を無くしていたから尚更、鮮明に思い浮かべることができる。

「私は小太郎にだって幸せになってもらいたいよ。優しく笑って、怒って叱ったり、宥めて慰めたり、真面目に人のことを考えてくれる愛らしくて男らしい小太郎こそが、…幸せになるべきなのに…!」

いつか皆が本当の幸いを手に入れる日が来るように…松陽先生が遺した願い、それは叶わないのだろうか。

「かたら、お前の気持ちは嬉しいが…どうも勘違いしているようだ。俺は幸せだぞ?これまで一度たりとも己を不幸だと思ったことはない」
「そんな…」
「嘘ではない、お前の物差しで人の幸せを測るな。傍から見て些細なことが俺にとっては大きな幸せだったりするものだ。こうしてお前と会って話せる一時も、時折銀時や子供たちと偶然に会うことも、エリザベスや志を共にする仲間と過ごす日々とて幸せなのだ」
「でも小太郎の…本当の幸せは…」
「どんな些細な幸せも…これまでに幸せだと感じたこと全てが俺の本当の幸せだ。これから先も積み重ねていけるなら悪くない…例えば俺が今ここで全て投げ出し、己の欲を優先したとして…果たしてそれで本当の幸せを手に入れられると思うか?」
「っ…思わない……ごめん…ごめんね小太郎、私…」

本当の幸いが何であるか…分かっているのも、決めるのも、本人次第。桂の言う幸せとは自分を取り巻く者たちの幸せを含んでいる。

「リーダーがつらいのは当たり前。しかし、支えてくれる仲間がいるからこそ頑張ることができる。責任ある立場も一つの幸せかもしれんな」

フッと微笑む桂を見て、かたらは土方を思った。きっと土方も桂と同じだろう…そうでなければ務まらない。

「私はリーダーじゃないただの部下だけど…先陣を切って引っ張ってくれるリーダーがいるからこそ、がんばることができる。リーダーを支え、少しでも力になれたなら…それもまた一つの幸せだと思う」
「…鬼の副長のことか」
「違う…そうだけど、今は違うよ。私は小太郎について行きたい…小太郎を支えたいの」
「かたら、お前が支えるべき相手は俺ではないぞ。ましてや土方でもない…言わずとも分かっている筈だ」
「っ………」
「少しは銀時の気持ちも考えたらどうだ?今まであいつが…」
「わかってる!…わかってるよ……でもっ、このままで…こんな気持ちのままで…銀兄のところに戻れないよ…!!」

複雑な感情に煽られて声が震えた。不安定な心が揺れ、また迷い出す。一体どうしろというのか…

「かたら…お前が俺を想い、俺の心を護ろうとする気持ちは十二分に分かっている。そして、お前が高杉を気に掛けていることも重々承知している。記憶が戻ったからには会って言いたいことの一つや二つあるだろう。だがなかたら、お前を高杉に会わせたくないのだ。会えば必ず傷つく…お前も、銀時も…高杉さえもな」

その台詞が何を意味するか…理解できても受け入れたくなかった。

「今一度だけ言うぞ、高杉のことは俺に任せておけ…何、心配せずとも上手くやるさ」
「でも小太郎…っ…」
「俺なら大丈夫だ。お前はこのまま職を辞して銀時と共に暮らし子供の一人や二人、三人でも四人でも好きなだけ作るがいい。俺はこの国の夜明けと、銀時とお前の子を見るまでは決して倒れぬ。未来の幸せを捨てはしない…決してな」
「っ………」

視線を下げるといつの間にか卓上に湯呑みが置かれていた。

「最近…昔の夢を見た」

桂がぽつりと言って茶を啜る。それを見てかたらも湯呑みを手前に引き寄せた。手に伝う温かさが心地好くて、泣きたくなってくる。

「四人揃って生活していた頃の夢だ。お前と銀時、高杉と俺の四人…楽しく充実した日々だった。いつまでも一緒に、このまま時が止まればいいと思った…夢ならば覚めるなと願った……それ程、あの頃に焦がれていた…そんな己を思い知った。諸行無常、時は永遠ではない…それでも生きている限り、あの頃の記憶は俺の宝だ」
「私にとっても大切な思い出だよ…もう二度と失いたくない記憶の宝物…」

もうあの頃のように四人揃って笑い合うことができなくても…記憶はここにある。

「かたら…お前の記憶が戻ってよかったと、しみじみ思う。戻らなければ俺とお前の心は離れたままだった…こうして再び通じ合うこともなかった…」
「小太郎…もう忘れない、絶対に忘れないからね…!」
「ああ、もう二度と忘れてくれるなよ」
「うん…」

かたらは濡れた目尻を指先で拭った。戻れない過去に喪失感を抱いても、涙を堪える。未来を見つめるためにだ。

「今夜、俺は江戸を出る…事が片付くまで戻るつもりはない」
「鬼兵隊の行方は…目星はついているの?」
「…地上にいることは確かだ。とある港で怪しい船の往来が確認されてな…おそらく本土ではなく、どこかの島に潜伏しているのだろう。春雨蔓延る宇宙であれば勝機はないが、地上であればこちらにも分がある。早急に潜伏先を特定し、万全の体制で畳み掛けるつもりだ。真選組よりも先にな…」

これ以上桂に縋ることができないなら…と、頭に浮かんだのは土方の顔だ。一瞬ある考えがよぎるがかたらはそれを振り払った。

「…小太郎、必ず戻ってくるって約束して」
「約束なぞしなくとも必ず戻る、そう心配するな。それより戻ったときお前の隣に銀時がいることを切に望む」
「…そうだね、銀兄と一緒に待ってる…小太郎を待ってるよ…」

言って微笑むと、桂も同じように口元に笑みを作った。

「以前の俺ならば、お前が攘夷党に入れば銀時を引き込めると喜んだであろうな……だが今の銀時には護るべき仲間が沢山いる…万事屋は何れこの江戸、かぶき町を背負って立つ存在になるだろう」
「そっか…銀兄がんばってきたんだね……なら私もがんばらなくちゃ…やりたいこと、たくさんあるからね」

記憶が戻ってからというもの問題は山積みで…

「俺には俺の、銀時には銀時の、そしてお前にはお前のやるべきことがあるということだ。道、分かつとも心は共に…」
「うん……小太郎、私…もう一度医師を目指そうと思う」

何を優先するか迷う中でこれだけは確定していた。だから決意表明として桂に告げる。

「そうか、お前の夢であったな。子供の頃からの…」
「今度こそ…ちゃんと叶えてみせるよ。それと銀兄との約束も…」
「いつまでも銀時を待たせておくと後で面倒なことになるぞ?」
「ふふ、わかってる。大丈夫だよ、心配しないで」

桂の意を酌み、安心させるようにかたらは笑った。その微笑みの裏側に抑え込まれた感情…渦巻く葛藤に、見て見ぬ振りをして…


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