決意の先に


朝靄に紛れ焦げ臭い煙が辺り一帯を包んでいた。土方は咥えた煙草に火を点けることなく内ポケットに仕舞い込む。同時に風が吹き少しずつ視界が晴れてやっと事の重大さを思い知った。

「っ、……何だ…こりゃあ…っ…!!」

目前の光景に絶句する。そこにある筈のものがなかった…ほぼ跡形もなく消滅したかのように。残るは炭と化した黒い瓦礫だけ…
早朝、呼び出された先はとある幕府要人の屋敷だった。何が起こったかは定かでないが火災が発生していると連絡を受け真選組も出動した。

「…こいつァ火事なんて生温いモンじゃねェ……どう見てもピンポイントに爆撃食らったようにしか見えねェんだが…」
「ホント、まるでビーム砲でやられたみてーですねィ」

深刻な表情の土方に沖田がさも眠そうに欠伸を押し殺しながら言葉を返す。

「土方さん、心配しなくても多分きっとこいつは夢でさァ…っつーことで屯所に戻って二度寝してもいーですかィ?」
「夢なら二度寝する必要はねェ、現実を見ろ総悟」

要人の所有する区画だけ見事に黒々と塗り潰された状態…そこに存在した本宅、離れ座敷や納屋、全ての建物が消えたということは、そこで生活していた人間も全て消え去ったと見做すべきか…
次々に人員が到着し現場が騒然となる中、いの一番に偵察を任せた山崎が戻ってきた。

「副長ォォォ!!」
「山崎、生存者は?」
「っ、一回りしたけど一人も…」
「現時点で生存者ゼロ、なら行方不明者は…この炭の中を捜せってことか…」
「土方さん、そいつは無理な話でさァ…ビーム砲だったら人間なんて跡形も残りやせん」

沖田の言う通りだった。焦げた敷地に踏み込み残った瓦礫を調べても人骨すら判別できない。

「むごい事しやがる…一体どこのどいつがやりやがった……まさか、こいつが例の…」

土方の推測に山崎が頷く。

「おそらく…間違いなく例の…春雨がどこかの組織に売った兵器だと思われます…!」
「直ちに組織の特定と検挙、それに兵器の確保もしなきゃならねェ……ったく何でこんな事態に…っ…!」
「こりゃあ殿中も大騒ぎになりまさァ…んでまた要人のお守りに借り出されるでしょうね…ま、いくら真選組でもビーム砲は防げねーし、盾にもなりゃしやせんが」
「…とにかく今は近藤さんが指示を持って来るまで現場調査に徹する。マスコミも牽制しなきゃならねェ…山崎、一旦集合だ」
「はいっ!!」





夕刻、近藤が松平から指示をもらい戻ってきた。屯所の会議室に揃うは局長、副長、各隊長、そして監察の山崎である。

「今回のような攻撃は未然に防ぐことは難しい…従って幕府要人複数名を事件解決まで安全な場所へ匿い保護することになった。それが俺たち真選組の任務だ」
「近藤さん、要人警護に人員を裂かれると捜査に支障が出る。犯罪組織の検挙にゃそれなりに人数が必要だ。要人の警護くらい地元の警察に任せられねーか?」
「トシ、そうは言っても上が決めたことだ。真選組の実力を買って認めてくれている…それに誠心誠意応えるのも仕事の内だぞ。検挙に重点を置きたいのは分かるが…春雨が関わっている以上、こちらも迂闊に手を出せん」

近藤の言い分から松平に釘を刺されたことは分かった。大方、天導衆に丸め込まれたのだろう。大事に騒ぎ立てれば元老院にイチャモンをつけたことになる。色々と物申したい気持ちを抑え、土方は任務の詳細を訊く。

「警護は前回同様、見廻組と分担するんだろ?」
「イヤ、今回は違うぞトシ!見廻組には別の任務がある」
「んな嬉しそうに言われても、確かに一緒に仕事したくねーけども…結局こっちの負担が増えただけじゃねーか!素直に喜べねーよ……だったら見廻組の任務は何なんだ?」
「殿中の警護だ」
「ハァ!?何であいつらが…っ…」
「エリートによる警護こそが殿中に相応しいそうだ。まぁそう怒るなトシ、譲ってやったと思えばいい」

つい反射的に対抗心が出てしまうが、実際は然程憎んでいる訳じゃない。

「…別に怒ってねーよ、堅苦しい殿中の警護よりこっちのほうが幾分動きやすいからな」
「そうだな、裏で動くには丁度いいだろう」

おそらく近藤は要人警護のみを命じられた筈…余計なことはするなと釘を刺されても、それでも真選組にはやるべきことがあった。江戸の平和を脅かす存在を黙って見過ごし、遣り過ごすなんて以ての外だ。

「いいかお前ら…警護に大多数取られようが最低限の人数で必ずホシを見つけ出す。残った者はこれまで通り山崎を中心に組織の特定及びアジト捜索に全力を注ぐ…!」



会議も終わり皆が退室していく中、山崎が何とも心細そうな…まるで捨てられた子犬のような目で見つめてきた。土方はジト目で煙草を咥え火を点けた。

「…んな目で訴えても葉月はいねーし、今回は…いや、もう仕事を頼むことも…ないかもな」

言って紫煙を吐き出すと、空しさだけが募るようで煙草の味も不味かった。

「それでも、かたらさんはまだ…俺たち真選組の…仲間、ですよね…?」
「…まだ辞表は出てねェ」
「もう一緒に働くことも…ないのかな……」

暗い顔で呟く山崎を怒る気にもなれない。かたらを慕う者にとって、その存在がどれほど精神面の支えになっていたか…いなくなってこれほど気力が落ちるとは正直思わなかった。山崎に至っては顔が歪んだか水に濡れて力が出ないどこぞのパンのようだ。パンを取り替えたくても、新しいパンを作れるのはかたらしかいない…かたらが戻ってこなければ山崎は二度と元気百倍になれないだろう。そして自分も似たようなもので、焼きそばが抜けた只のパンでしかない。そこに幾らマヨネーズを挟んでも焼きそばの代わりにはなれないのだ。

「山崎、メシ食いに行くぞ。たまには精のつくモン奢ってやらァ」
「っ…はい!副長、ありがとうございます…!!」


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