「オイオイ何で土方君が出てくんの?俺ァかたらを呼んだんですけどォ?」
「………」

万事屋が来てると隊士から報告を受け、土方が屯所の門に向かってみればそこに銀髪天パがいた。相変わらずの仏頂面で不可解なことを言っている。かたらなら先ほど万事屋に送り届けたばかりだ。そのかたらを呼び出すとは一体どういうことか…

「葉月なら…」
「俺ァまだ顔も見てねーんだよ…兎に角、かたらがここにいんのは分かってんだから早く出せ」
「っ、……今はここにいねェ…」

考えるまでもないと土方は小さく溜息を漏らす。結局のところ、かたらは銀時に会う前に逃げたということだ。

「ここにいねーならどこいった?つーか!前もって有休取ったってェのに仕事で呼び戻すとかマジありえねーんだけど?土方君は鬼なの?鬼の副長なの??その前に今日が何の日か分かってて言ってんの!?」

何か特別な日、としか聞いていない。

「…知らねーよ。あいにく人のプライベートを根掘り葉掘り訊く趣味はねェ」
「誕生日だ…」
「あ?」
「今日はあいつの誕生日なんだよ!…しばらく会えなかった分、楽しみにして…待ちに待ってた日だってェのに…テメーはよォ…何ぶち壊してくれてんだコノヤロォォォ!!」

叫びながら拳を繰り出す銀時…それをかわして土方は銀時の胸倉を掴みあげた。

「有休なら日を改めてくれてやらァ…いいか万事屋、こっちは今重大な時期なんだ。ある事件のおかげで人手が足りねェほどに忙しい…葉月には悪ィが任務に戻ってもらった」
「ふざっけんな!そっちの事情なんぞ知るかボケェェェ!!」

負けじと胸倉を掴み返し、双方睨み合うといつもの言い合いが始まった。

「んだとコラァ!てめ、お巡りさんの仕事なめんじゃねーぞバカヤロォォォ!!」
「ハッ、税金ドロボーが何言ってんだ!テメーんとこのゴリラ夜な夜な遊んでんじゃねーかボケがァァァ!!」
「近藤さんは兎も角、こっちァ休日返上で働いてんだ!てめーと違って血の汗流して仕事してんだよ!てめーみてェにだらだら遊び回ってる暇もねェほどになァ!!」
「今は遊び回ってねーし!真面目に働いてっけど!?何?羨ましいんですかァ??うちがホワイト企業なのがそんなに羨ましいんですかァァァ!?」
「何がホワイト企業だ!家賃滞納!給料未払い!社長の使い込み!どう考えてもブラック企業じゃねーかァァァ!!」
「だァから今は真面目にやってるって言ってんだろーがァァァ!!」
「ああもうウルセェェェ!!」

土方は取っ組み合う手を払い銀時を突き放す。ここで言い争うこと自体、時間の無駄だ。

「いいか…てめーにも、てめーんところのガキ共にも悪いと思ってる。だが今日は無理だ…しばらくの間は我慢してくれ。無駄になった経費は払う…葉月には後で必ず電話させる…だから今日のところは勘弁してくれ」
「っ………」
「頼む…!」

真剣な眼を銀時にぶつけて土方は口を結んだ。かたらの嘘に付き合うにはこうするしかなかった。かたらが記憶を取り戻したことも、それについての事情も、何一つ勝手に話すことはできないからだ。ただ、その嘘がすでに見破られている可能性もあるだろう。何か異常を告げる言動を残さなければ、銀時が屯所に来ることもなかった筈だ。





夕刻、かたらの携帯電話が鳴った。マナーモードで留守電の設定、ディスプレイには『土方十四郎』と名が出ている。もう何度目か分からない…かたらは覚悟して通話ボタンを押した。

「…副長、……」
『葉月……今どこにいる?』
「副長…ごめんなさい、私…」
『いいから今どこにいるか言え…迎えに行く』

場所は言えない…勝手に忍び込んだ先は桂の隠れ家だった。持ち主の不在をいいことに不法侵入、明かりも点けずに暗闇の中にいる。

「…副長、しばらくの間でいいんです…私に考える時間をください…」
『………』
「本当に…身勝手で迷惑ばかり掛けてしまってすみません…でも私…っ」
『ひとりで考えたいんだろ?…分かってる』
「っ、副長…」
『しばらくの間、ひとりで考える時間も必要だ…前に進むためにはな』

やっぱり副長は優しすぎる…怒って叱咤し、見限って突き放すことだってできる筈なのに…

「副長…ありがとうございます…!」
『ただし、…条件が三つある。一つ、安全な場所に身を置くこと…二つ、定期的に連絡を入れること…三つ、……しっかりメシを食え』

かたらが三つ目の条件に思わずふっと笑いを漏らすと、土方は慌てて言い足した。

『お前、全然食ってなかっただろ?アレだ、何か精のつく…イヤ栄養のあるモンをちゃんと食えってことだ、いいな?』
「はい、ちゃんと食べます」
『…それで、今お前は安全な場所にいるのか?』
「はい、大丈夫です…とりあえず部屋を借りて籠もっていますから」
『そうか……』

少しの沈黙が流れ、かたらは土方の言葉を待つ。自ら口を開けたなら、謝罪と言い訳しか出てこない気がした。電話越しに感じる土方の息遣いに耳を澄ませば、傍にいるかのような安心感がある。それだけで幾ばくか心細さが和らいでいく。

『…葉月、お前今日誕生日なんだってな……万事屋から聞いた』
「!……っ…」
『お前に会えなくて、えらくご立腹だったが…お前が吐いた嘘を塗り固めて説明したら帰ってった』
「っ…すみません…」
『俺に謝るくれェなら電話してやってくれ。万事屋が素直に引き下がったのはそれが条件だったからだ』
「……はい…」

何の道、銀時に詫びの電話を入れようと考えていた。遅くなれば心配するし、不審に思って何が何でも会おうと強行突破してくるだろう。かたらが「わかりました」と答えると、土方はまた少しの沈黙を挟んでから言った。

『葉月…おめでとう、って祝ってほしかったら早く帰って来い……待ってる』
「…はい」
『それと、お前の都合でいいから定期的に連絡を寄越せよ…電話でもメールでも構わねーから』
「了解しました……あの、土方副長…」
『礼も謝罪もこれ以上は受け付けねェ、お前はやるべきことをやれ…自分の進むべき道をゆっくり考えろよ……決まるまでは俺も近藤さんらも大人しく待つとするさ』
「っ……はい…!」
『じゃあな、葉月…』
「はい、それでは…失礼いたします……」

かたらは通話が切れたのを確認して携帯のボタンを操作した。電話帳に登録してある『坂田銀時』の名がディスプレイに映るだけでも、胸が痛くなって苦笑する。大丈夫、と一度深呼吸…そして電話をかけた。



『ハイハイ万事屋です』

たったワンコールで銀時の声に切り替わったことに驚く暇はない、ここはもう勢いで乗り切るしかなかった。

「っ銀時さん、私です!かたらです…!」
『!!…かたら!お前…っ…!!』
「あのっ、今日はごめんなさい!せっかく皆が私のために開いてくれた誕生日会だったのに、無駄にしてしまって…本当にごめんなさいっ…!!」
『………』

土方のときと打って変わって気まずい沈黙である。

「ぎ、銀時…さん…?」
『………』

どうしようと焦りつつ言葉を捻り出す。

「あ、あの……怒ってます…よね…?」
『…ったりめーだろォォォ!!俺がどんな思いで!どんな覚悟で!今日という日に臨もうとしてたかっ!オメーは1ミリも知らねェだろーがなァ!俺に顔も見せねーで帰るヤツがあるかァァァ!!』
「あ…う……ご、ごめ…」
『ごめんで済むなら警察はいらねーんだよ…!!』
「うう…ぅ……っ」
『なっ……何だよ…泣けば済むと思ってんの!?言っとくけどそんなんで許すほど俺ァ甘くねーからな!!』

本当にえらくご立腹なのは間違いない…けれど、こんな遣り取りがとても懐かしかった。すっと過去の記憶に結びつき、かたらの涙腺が緩む。怒鳴られているのにとても嬉しく感じてしまう。やっと我が家に帰ってきたような錯覚さえするのだ。
ああ、やっぱり…

「好き……大好きです、銀時さん…!!」
『は?おま、いきなり何言って…』
「私のこと嫌いにならないで…っ」
『イヤ嫌いにはならないけども!?』
「好きなんです…愛してるんです……だから私のこと…嫌いにならないでください…っ!!」
『へ?何コレ…泣き落とし?泣き落としですかコレ』
「今は忙しくて会えないけど…会いたくても会えないけど…私、銀時さんに早く会えるようにがんばるから……だから、…もう少しだけ我慢してもらえませんか…?」

今すぐ会いに行ってすべてを打ち明けたい…銀時の声を聞いただけで心が素直にそう思う。でもそれは一瞬で、迷いを振り切ることはできなかった。

『我慢しろってェ?たった半月お前に会えなかっただけで俺ァ……っ…ああクソ、思春期のガキか俺は!!…わーったよ、もう少し我慢すりゃあいーんだろォ?ハイハイ分かりました、我慢しますぅ〜』

そのあからさまな拗ね方も懐かしくて思わずふっと笑んでしまう。

『あ?おま、今笑っただろ……言っとくけど次会ったとき自分がどんな目に遭うか、よーく考えるこったな』
「ふふ…何となく想像できます」
『俺ァお前の想像以上のことしてやっから…覚悟しとけよ?かたら』
「はい、楽しみにしてます」
『あと誕生日会も遣り直すからな?』
「はい」
『で、これだけは今日言っとくわ』

銀時が小さく息を吸い一拍の間を作った。それから…

『かたら、誕生日おめでとう』

優しい声音でそう言って、数年振りの今日という日を祝福してくれた。少年だった頃と違い、大人になった銀時は至って真面目に言ってのける…それが嬉しいようで寂しくもあった。記憶を失い離れ離れになっていた間の銀時を知らないからだ。

「銀…時さん、…ありがとう…!」

心の中で「銀兄、ありがとう」と言い直す。

『まあアレだ…もっと話してェけど、お前仕事で疲れてんだろ?クソ真面目に働くのもいいが、休めるときはしっかり休めよ?体壊さねーようにな』
「…はい」
『俺ァ今真選組が何の事件抱えてんのか知らねーし、訊いてもお前は機密とか守秘義務が云々で絶対話さねーだろ?』
「…すみません」
『だから謝んなっての!…いいか?ホントはお前の助けになってやりてーけど、それができねェ……それでも俺がお前のために何かできることがあるってんなら遠慮なく言えよ?な?』

そして、昔と変わらない優しさで包んでくれる。

「銀時さんは私の癒しです…あなたの存在自体がもう十分に私の助けになっていますよ?」
『…つーかソレこっちの台詞だからね。…まァいい兎に角、無事に乗り切れよ?待ってっからな』
「はい…!」
『あんま遅ェとこっちから行くかもしんねーぞ?』
「もう、うちの局長じゃないんですから絶対だめです!」
『わーってる、大人しく待ってっから心配すんな』
「あの、時々電話…してもいいですか?」
『んな断りいらねーから、いつでもかけてこい』
「はい……また、かけますね。…それでは今日はこれで…」

「失礼します」と「ちょっと待て」が同時に発せられ、かたらは小首を傾げた。

『…あのさ、かたらお前さァ……何か忘れてねェ?』
「?」
『忘れてるっつーか…落としてるっつーか』
「??…私が、ですか…?」

このときは分からなかった。銀時が何のことを言っているのか全然気づけなかった。

『っ…イヤ分からねーなら別にいい!気にしなくていーから!!』
「…いいんですか?何だか気になります」
『いーのいーの、また今度話すから!』
「…わかりました。それではまた、電話しますね…」
『ああ、…またな…』

まさか銀時のお守りを玄関前に落としていたなんて、思いもしなかったのだ。


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