どんな顔で銀兄に会えばいい?
繰り返し繰り返し、心の中で問う。事実をありのままに話すことは簡単なようで難しい。他人に話せても当事者の銀時に告げるとなれば躊躇してしまう。会う決心も、話す覚悟も決まらずに、迷いに迷い続けた状態でかたらは十月七日の誕生日を迎えた。

「葉月…帰り、迎えが必要だったら連絡しろ。俺が行く」

スナックお登勢の手前で車を停め、心配性の父親の如く土方が言う。お父さんは心配症もとい副長は心配症である。

「そんな、子供じゃないんですから…」
「いいから何かあったら必ず連絡しろ。副長命令だ」
「もう、副長の命令はプライベートもお構いなしなんですね」
「っ…どうとでも言え」
「わかりました、迎えが必要だった場合連絡します。…副長、ここまで送っていただきありがとうございました。それでは行ってきます」
「ああ…」

かたらは車を降りて道路脇に寄る。土方の車を見送るつもりが「早く行け」と手合図を出され、やむなく先に万事屋への階段を上り、玄関前に立ったところで車の発進音を聞いた。

「………」

しばらく玄関戸を見つめ立ち竦む。実は約束の時刻(正午)より一時間ほど早い到着であり、それは未だ悩み迷う己の心に最後の問いを投げかける一時が欲しかったからだ。

かたらは徐ろに懐からひとつのお守りを取り出して眺めた。六年もの時を経て再び体を重ねたあの日、手違いで持ち帰ってしまった銀時のお守りである。昔、幼い自分が銀時のために心を込めて作り、銀時の名を縫い取ったお守り袋…たとえ色褪せてもふたりにとって婚約の証となる大切なものだった。
今日銀時に全てを打ち明け、このお守りを渡すことができたなら、きっと止まっていた時が動き出す筈だと、頭では分かっているのに…ここまで来て尚、躊躇うのは何故だろう。

何を恐れる?
ただ素直に、銀時の胸へ飛び込めば済む話…そんな簡単なこともできないのかと己を一喝しても、雁字搦めにされたようで一歩さえ踏み出せない。多分、まだ時間が必要なんだと思う。記憶を取り戻したばかりで心の傷も癒えず、精神不安に陥るのも無理はないのだ。
そう、今はまだ銀時に会わないほうがいい…かたらは結論を出し、くるりと向き直した。帰ろうと決めたその直後…

「…っ…!?」

カン、カン、カン…と階段を上る音がしてかたらの顔が強張っていく。まさか、というか確実に…

「アレ?かたらさん!?もう来ちゃったんですか??」
「かたらっ!?来るの早すぎネ!まだ準備できてないアル!!」

両手に買い物袋を提げた新八と神楽が現れ、驚きの声を発する。かたらは二人を見て一瞬、頭の中が真っ白になり次にアタフタと焦った。漫画にしたらぐるぐる目である。

「あああの、ごっ、ごめんね…私…っ…」
「かたらさん、もしかして…」
「かたら、そんなにも早く銀ちゃんに会いたかったアルか?でも、銀ちゃんならまだ買出しネ」
「え?ちっ、違うの…私は…」
「ふふ、図星ですか〜?」

新八が玄関の鍵を開けながら笑って言う。

「まぁ、銀さんも早くかたらさんに会いたくって随分前からソワソワしっぱなしですけどね。…さ、ここで立ち話もアレなんで中に入って…」
「新八くん、神楽ちゃん!…ごめんね…っ!!」
『??』

何事かと、二人が目を丸くした。
銀時が戻ってくる前に、今すぐこの場を去らなければ…かたらは咄嗟に嘘を吐く。

「ごめんなさい…今日、急に仕事が入っちゃって…これから戻らなきゃ、なの」
「…えーーー!!何でアルか!?アレか?マヨ方の陰謀アルなっ!?絶対にそうネ!そうに違いないアルぅぅぅ!!」
「ち、違うの神楽ちゃん!本当に緊急事件で呼び出されてて、もう戻らないと…」
「そんな…かたらさん……折角の誕生日なのに…」
「本当にごめんね…この埋め合わせは必ずするから…!」

やっぱり嘘は心苦しくて、それが一層この場を早く逃れたいという気持ちにさせる。かたらが無理やり笑顔を作れば、新八も同じように眉を下げて微笑んだ。

「残念だけど…仕方ないですよね。また日を改めて…」
「いやアル!!銀ちゃんだってあんなに張り切って、…かたらに会えるの楽しみにしてたのに…!」
「神楽ちゃん、ワガママ言わないの。今日がダメってだけで、また会えるんだから」
「でも銀ちゃんが…」

嘘が皆を傷つける。それでも、もう後には引けない…

「あの、かたらさん…銀さんそろそろ戻って来ると思うんで、少し待ってもらえませんか?」
「っ…ごめんなさい、急いでるの…新八くんから銀に…銀時さんに事情を伝えておいてもらえるかな?…神楽ちゃん、本当にごめんね……それじゃあ私…行くね…っ」

逃げるようにその場を後にする。「かたらっ!」「かたらさんっ!」背後の声に振り向くこともせず、足早に階段を下り左右を見渡して…

「っ……!!」

遠くにキラリと光る銀色を見つけた。揺らぐ視界が捉えた銀時の姿…その反対方向にかたらは駆け出した。会いたくても今は会えない、会いたくない…そんな矛盾する想いを抱えたままにひた走る。
ごめんね、銀兄…



「…かたらさん、どうしたんだろう」
「かたらめっさ焦ってたアル、きっと只事じゃないネ」

今度は新八と神楽が玄関前に立ち竦んでいた。二人は一度顔を見合わせてから、しょんぼりと視線を下げる。

「有休取ったのに呼び出される事態って、確かに只事じゃないかもしれないけど……ん?神楽ちゃんの足元に何か落ちてる…これって…」
「かたらのお守りアルか?」

新八が拾い上げたものはお守り袋だった。でもこれは…

「…コレ、銀さんのだ」
「でも銀ちゃんのお守りって前に無くして行方不明だったはずネ、どうしてかたらが持って…」

言って二人は今一度顔を見合わせる。銀時のお守りはかたらとの密会時にどこかへ落としたものと思っていた。それを…

「かたらさんが持ってた…ってことは、かたらさんは銀さんが過去の婚約者だったって…知ったことになる…よね?」
「…多分そうアル」
「偶然か故意か分からないけど、かたらさんは銀さんのお守りを見つけて…ずっと返せずにいたのかも…」
「もしかしてかたら、今日返すつもりだったんじゃ…」

「オイオイ何突っ立ってんだ?早く支度しねーと間に合わねーぞ、新八神楽」
『!!』

ケーキ箱を片手に銀時が戻ったのはいいが、その軽快な歩みと喜々とした表情に二人は居た堪れなくなった。

「銀ちゃん…かたらが…かたらが来てたんだけど、急に仕事が入ったとかで…行っちゃったアル…!」
「銀さん…かたらさん、どこか様子が変でした…何だか逃げるように去っていったとしか……それと、コレを…」

新八がお守りを渡すと、銀時は無くした筈のそれを見て目を見開いた。

「!!…ぱっつぁん、こいつァ…」
「かたらさんがここに落としていったみたいです」

無くしたお守りをかたらが持っていた…それがどういう意味で、どんな結果をもたらすのか…否、もたらしてしまったのかは、かたら本人に会わなければ分からないだろう。

「…オイ、かたらはさっきまでいたんだよな?」
「はい…銀さん、今ならまだ間に合うと思います…!」
「銀ちゃん、早く…早くかたらを追いかけるヨロシ!!」

銀時はケーキ箱を新八に放り、瞬時に階段を下りていく。

「…神楽ちゃん、荷物冷蔵庫に入れて僕らも行こう。仕事だって言うなら、かたらさんは一旦屯所に戻るはずだし」
「分かったネ!屯所に行ってマヨ方とっちめてやるアル!!」



嫌な予感がする…この胸騒ぎを打ち消す方法はただ一つ、かたらに会うことだ。会って話さなければならないことが沢山ある…銀時は必死にかたらを捜した。しかし屯所へ向かう道のりを、分かれ道の左右を確認しながら進んでも、夕色の姿は見えなくて…

「…っ……かたら…」

不安から名前を呟き、お守りをギュッと握り締める。大丈夫、真選組の屯所に行けば必ず会える、何も心配することはない…そう己に言い聞かせ、前へと進んだ。


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