迷う心


『許してくれ…君の精神を守るためにはこうするしかなかった…』

耳に残る微かな囁き…義父の声音はどことなく松陽先生に似ている…そう思ってかたらは目を開けた。ひんやりと額が冷たくて、横目を向ければ寝間着姿の土方が胡坐を組んで座っていた。ずっと介抱してくれていたのだろうか。

「!…葉月、やっと目ェ覚めたか……ったく、心配した…」
「……ふく…ちょ……っ…」

喉の渇きに少し咳き込むと、水を注いだ茶碗を差し出された。

「このまま目覚めねェんじゃねーか…なんて悪ィ考えもよぎった」
「……すみ…ません…」

上体を起こし、水を一口、二口と飲みながら考える。今はまだ夜分のようだが、一体気を失ってどのくらい経ったのだろう…土方の台詞からして二、三時間どころか丸一日寝ていた可能性もある。

「…私、もしかして…丸一日ほど寝てしまいましたか?」
「丸一日じゃねェ…二日だ、丸二日」
「丸二日も……」

他人事みたいに呟けば、ヌッと土方の顔が間近に迫った。

「気分はどうだ?頭痛は?どこか具合悪いところ、ねーか?」
「え?…っと、……特には…ないです」
「…本当に、本当か?」
「?…はい、寝すぎたのか多少だるさは感じますが…頭はとても…スッキリしています」

言ってから、どうして頭がスッキリしているのかと疑問に思う。

「…ならいいが一応、お前が寝てる間に何回か医者に診てもらってた。過去の記憶が引き起こした昏睡状態なら、それは心因性によるものでいつ目覚めるかは分からない…なんて言われりゃあこっちも不安になる。あの医者、散々人の不安を煽りやがって…でもまァ点滴だの何だの世話になったから文句は言わねェ……何はともあれ、お前の意識が戻ってよかった」

そう聞いて、ああ…と小さな嘆きがかたらの口から漏れた。今ようやく魂が現実に引き戻されたかのように。

「そうだ…私、記憶を……」

そう、鮮明に覚えている…失った記憶を、ずっと取り戻したいと願っていた過去の記憶を、やっと思い出したのだ。

「葉月…昔のこと、全部思い出したんだろ?」
「……はい」
「なら、お前にゃ気持ちの整理が必要だと思う。これから先のこと…決めなきゃならねェ筈だ、お前自身で……そうだろ?」
「……はい…」
「時間ならたっぷりある、仕事も休んでいい。明日…いや、もう今日だな…今日はゆっくり休め。そういや次の日、有休取ってただろ?確か…十月七日は特別な日だから万事屋んとこに行くとか…そう言ってたな」
「っ……はい…」

十月七日が何を意味するのか…記憶を取り戻したかたらにはすぐ理解できた。
自分の誕生日であることはもちろん、幼い頃には父と母が毎年贈り物をくれたこと、松陽先生と銀時たちが盛大に祝ってくれたこと…攘夷時代、銀時と結婚すると決めた約束の日取りも十月七日だったこと。そして、その結婚の約束は果たされないままに時が過ぎ現在…銀時と会う約束をしていること。

「葉月、今お前が何を考えてるか…俺が想像しても推し量れねェ何か複雑な事情があるのかもしれねェ…けどな、泣きたいときゃ思い切り泣いたって構わねーぞ」
「…っ……?」

いつものように小首を傾げるかたらの癖を見て、土方はふっと優しく息を吐いた。

「気づかねーか……お前、目覚めたときからずっと泣いてる」
「!!……あれ…そんなつもりはないのに…っ…どうして…?」

意識したせいか、後から後から溢れ出る涙は堪えようとしても止まらない…困惑するかたらを土方はそっと胸に抱き寄せた。

「泣きたいだけ泣けよ……胸ならいくらでも貸す」
「…っ、副長……私……私…っ…」

黒い夢にうなされたあの夜と同じように、土方はただ黙ってかたらの涙を胸で受け止めた。こうやって慰めることもこれで最後だろう…そう思うと腕に余計な力がこもってしまう。何れかたらはここを去り、帰るべきところへ戻っていくのだ。それでも、あの男の隣で笑って幸せに暮らせるなら…それが一番いいんだと思う。


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