灯心をそっと寝台の傍らに置く。
その暖かな光に照らされ、かたらが薄目を開けた。髪は乱れ、顔も患者衣も土で汚れたままの状態…足の怪我は先ほど応急処置を済ませた。崖縁の手前…落ちる寸前でかたらが失神してくれて助かった。崖から落ちていたなら命はなかった。

「……目が覚めたかい?」
「…………」

声をかけても返事はない…放心状態のかたらを見て、葉月は決めた。本人を危険に晒すほど、乗り越えられない辛さならば一層のこと忘れてしまえばいい…かたらの記憶を封じてしまえばいいと思った。死に掛けた恐怖も、流産の悲しみも、彼女の苦しみ全てを取り除くことができたなら…

「…かたらさん、…今から君に暗示をかけようと思う」

妻を亡くしてから一時期、暗示療法について学び研究していたことがあった。心的外傷を持つ人や神経症に苦しむ人を助けたい一心で会得したものがある。けれど患者と向き合う内に様々な葛藤に苛まれた結果、暗示療法の使用をやめることにした。本当はあのとき妻を救いたかった…昔に戻って妻を救いたかった…もう叶うことのない願望が今、目の前の少女に向かう。

これはもはや願望ではなく欲望…ただのエゴだ。ただ己の満たされぬ心を埋めたいが故に少女を利用するだけではないか…否、少女の心を救いたいという気持ちに嘘偽りはない。たとえ、いつか恨まれるとしても…

葉月はゆっくりと優しく言葉を紡いだ。
記憶の抑圧、改変…真実を覆い隠すように暗示をかける。そして最後に真相を解く鍵を残した。かたらに黄水仙の花を見せて言う。

「もう一度、愛してほしい」

この花と言葉を持って、誰かが君を迎えに来る日まで…どうか私の傍に…

「許してくれ…君の精神を守るためにはこうするしかなかった…」

小さく呟いた言い訳はかたらに聞こえただろうか…それは真実を思い出した彼女のみぞ知る。


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