ここ数日、山崎とかたらは繁華街から外れた路地裏を見張っていた。場末の酒場が立ち並ぶここは叩けば埃が出るような人間がそこらじゅうにいるらしい。裏社会の住人はもちろん怪しい攘夷浪士もちらほらと見掛ける。かたらは黒髪のかつらを被り男物の袴を着用、以前と同じ男装姿で山崎と共に情報収集に励んでいた。

路傍で、居酒屋や賭博場などで浪士の会話を盗み聞き、攘夷派の会合場所を特定しては現地に潜入し更なる情報を手に入れる。どこの党が何を計画してるとか、あそこの党と合併しますとか、潜伏先が変わりますとか、攘夷活動やめて真面目に就活しよう!とか…盗聴しても要人暗殺事件の話が一向に出てこないことに山崎は疑問を覚えた。

「やっぱり知らないのかもしれない…攘夷派の小物連中は幕府要人が暗殺されたことを知らないんだと思う…」
「確かに暗殺事件は新聞にも載らず、マスコミにも取り上げられていません…けれど、こういう事件はどこからか情報が漏れて噂になってもおかしくないはずです」
「そうなんだけど…これじゃ埒が明かないよ…」

話しながら山崎とかたらは狭い通路を歩いていく。あと二時間ほどで朝日が昇る頃、屯所へ戻っても仕事は終わらない。たとえ事件の手掛かりを掴めずとも、把握した攘夷党の情報を纏めておけば後々役に立つ。無駄足にはならない筈だ。

「やはり過激派の居場所を突き止めて、情報を得るしかないと思います」
「そう、そうなんだけど…大物は簡単に尻尾を掴ませてくれないから調べるには時間が掛かるし、そうこうしてるうちに要人警護の期間なんてあっという間に過ぎるよね」
「…そもそも十日間という期限があること自体、疑問です」

山崎の背後でかたらが言う。

「んー…流石に特殊警察をずっと一定の場所に縛り付けはしないよ。殺人予告なんかあれば協力するけど、幕府内部は他にも優秀な役人がそれなりに揃ってるからね…ただ今回は大所帯で攘夷派を牽制することが目的だし…ってアレ?何かおかしい…?」
「それですよ、それ!牽制することが目的なのに、攘夷派の人間は要人暗殺の噂をひとつもしていません…今、真選組や見廻組が挙って要人の警護に就いていることさえ知らない風ですし…」
「この事件、何か裏があるのかも……とにかく戻って副長に…」

建物の間を抜け民家が並ぶ裏道に出たところだった。

『!?』

辺りに佇む黒い影…山崎とかたらを取り囲むように得体の知れない男数名が鞘から刃を抜き放った。

「っ……何か俺たちに用でもあるのか」

かたらは低音で言い、腰に差した刀の柄を握る。既に相手は臨戦態勢だが、理由もなく斬られる訳にも斬る訳にもいかない。せめて相手が何者か、どこの組織かを把握しなければ…

「お前さん方、ここいらじゃ見掛けねェ面だなァ。どっかの攘夷党の新参者か…それとも獲物を狩る犬公か…何を嗅ぎ回ってるかしらねーが、只でウロチョロされちゃあ気分がわりィ……俺の言いたいこと分かるよなァ?」

男のナリも台詞も攘夷浪士というよりはヤクザに近い、というか間違いなくヤクザだろう。「通行料?払う??」と小声で訊いてくる山崎にかたらは「逃げましょう」と返して男に啖呵を切った。

「ハッ、通行料回収のチンピラか…テメーらみてェなただのチンピラ如きにくれてやるモンは何もねーよ。怪我ァしたくなかったらさっさと失せな」

まるで万事屋の旦那のような言い回しだ、と山崎は思った。そして男装の麗人かたらの低い声…背が高かったなら宝塚の男役でいけそうだ。

「…ほォ、たった二人でこの俺たちに喧嘩を売るたァいい度胸だ…すぐ後悔することになるがなァ」

リーダー格の男が顎をしゃくって合図するとその仲間が一斉に襲い掛かってきた。かたらは瞬時に鯉口を切り大きく横一閃に抜刀する。間髪を入れずよろめいた相手に飛び膝蹴りをくらわせ、できた隙間を全速力で走り抜けた。山崎もかたらの後に続き何とか逃げ果せるかと思われたそのとき…つるっとしてゴシャアアア!!となった。

「んごほっ!!」

背後の短い悲鳴にかたらが振り向けば、何かに躓いたらしい山崎が地面に突っ伏していた。駆け寄って抱き起こすものの山崎は白目を剥いて意識がない。背負って逃げるにしても、もう…

「オイオイ鬼ごっこはもう終わりかァ?」

眼前にじりじりと集まってくる男たちを見据え、かたらは立ち上がった。斬り合いは後処理が面倒だからなるべく避けたかったが、こうなっては仕方ない。

「さァて、通行料払ってもらうぜェ」
「…さっさと来いよ、時間の無駄だ」

かたらの挑発にリーダー格の男が顔を引きつらせて叫んだ。

「っ野郎共ォォォ!あいつの身包み剥いでやれェェェ!!」

多数の敵を相手に立ち向かうは己ひとりのみ。恐怖は微塵もなく、この自信はどこから来るのか考えたこともなかった。けれど今ならはっきりと分かる…攘夷戦争に身を置いた過去の己の賜物なのだと…

『!!』

対立する双方がぶつかる寸前、その間に頭上から何かがばら撒かれた。それは足元でパンッと弾けて火花を散らす。見た目は鼠花火のようだ。


「通行料なら俺が代わりに払ってやろう。但し、金ではなくこの…んまい棒だがな」


声のする方を見上げれば民家の屋根に仁王立ちの影があった。風に揺れる長い髪…そのどこか見覚えのあるシルエットにかたらはハッとした。

「!!…桂、さん…っ」

投げ出された武器んまい棒のパッケージが弾け飛び、辺りは分厚い煙幕に包まれた。チンピラたちがゴホゴホと噎せ返る中、かたらは山崎のところへ戻る。しかし地に伏せていた筈の山崎がいない…一体どこへ消えたのかと見渡せば、白いものが視界に入った。

「!!…エリザベスさんっ!?」

久方振りに会った白いペンギンおばけみたいな生物、エリザベス。片腕に山崎を抱え、もう片方の手には【こっち】と書かれたプラカード、かたらはすぐさまエリザベスの後を追いかけた。





「助かりました…ありがとうございます、桂さん……エリザベスさんもありがとう」

辿り着いた場所は古めかしい一軒家だった。ここは民家に紛れた桂の隠れ家だそうだ。

「桂じゃない、小太郎だ」
【何、当然のことをしたまでです】キリッ

エリザベスがプラカードを出しつつ器用にお茶を湯飲みに注いでいく。居間に通された上、お茶までいただき先程の状況とは打って変わってくつろぎ空間である。

「それにしても小太郎…さん、この姿のわたしによく気づきましたね」
「以前その姿を見ていたからな…それに真選組の監察が付いてるとなれば確実であろう。実はお前と話したくてな、少し前から尾行していたのだ」
「話……もしかして要人暗殺事件のことですか?」

かたらはストレートに訊いてみた。ここで隠し立てするよりは桂に話して犯人に繋がる手掛かりを得たほうがいいだろう。

「…そうだ」
「小太郎さんは事件について知っているんですね…でも、他の攘夷派は何も知らない様子でした」
「敵であるお前に言うのもアレだが…俺は幕府内部に密偵を送っている。故に知り得た情報であって要人暗殺を知るのは俺の党でも数名だけだ。その数名にも緘口令を出し、今は党全体の活動を控えさせている。下手に関わって自滅を招くことはできぬからな」

桂一派の犯行じゃない、と土方が言っていたことを思い出す。過激派から穏健派に転向したと見做されたばかりで暗殺をするとは考え難い、と。

「小太郎さんは犯人がどこの誰か…分かりますか?」
「おそらく……鬼兵隊であろうな。俺が調べたところ、関与している可能性は十二分にある」
「!……わたしも…そんな気がしていたんです。…あの人は……」

『俺ァこの腐った世界を壊すまで、前に進み続けるだけだ』

「オイかたら、あの人とは一体誰だ?…!…まさか…まさかお前、あいつに…高杉に会ったと言うのではあるまいな」
「……会いに行きました」

桂には会うなと釘を刺されていた。それでも会いに行った訳は…

「…どうしても、一目でいいから会いたかったんです。そのときのわたしは高杉晋助のことを…過去の恋人だと勘違いしていましたから…」
「っ…あいつは何と言っていた?お前に真実を…話したのか…?」

かたらは頷き視線を下げた。じっと湯飲み茶碗の小さな水面を見ていると思い浮かべてしまう。最後に見た高杉の冷たい横顔を…

「…わたしの過去を教えてくれました」
「そうか…知ってしまったのだな……その事を銀時には…」
「言えるはずもありません。高杉晋助に会ったことも、銀時さんが恋人だったと知ったことも…何も…」
「…そうか……」

切なげに顔を曇らせる桂にもう一度尋ねたかった。恋人である銀時がいながら何故、高杉との距離が近かったのか…自分と高杉はどういう関係だったのかと…きっと訊いたところで桂は答えてくれないだろう。それに今は他に話すべきことがある。

「近々、天導衆の傀儡は始末する…そう高杉晋助は言っていました。先代将軍徳川定々の暗殺を目論んでいるような口振りで…だから事件を知ったとき、心の片隅に何かが引っかかって…結局わたしは鬼兵隊を疑わざるを得なかった…」

攘夷過激派の大物、高杉晋助と会ったことは上司である土方も知らない。その信頼に背くとしても、後ろめたくとも、あの日の行動を悔いはしない…自分で選んだことだからだ。

「今のあいつは復讐鬼と言えよう…復讐の為なら何を犠牲にしても構わぬと、巧妙な手口で利用できるものは何でも利用する…故に俺たちは仲を違えた。一度は説得を試みたのだがな…」
「………」
「今や鬼兵隊は春雨と結託し、その勢力は増した状態だ…もし大規模なテロを起こされたら幕府のみならず江戸も無事では済むまい」

桂の真剣な眼差しがかたらを捉える。

「かたら、鬼兵隊はもはや真選組の手に負えぬ存在になったのだ…お前は真選組を抜けて銀時のところへ行くといい。先日、銀時からお前たちが付き合っていると聞いたぞ…お前が万事屋で暮らせば銀時もさぞ安心するだろう」
「っ…でも、わたしは…」
「今回の事件は何の道解決することはない。役人連中では鬼兵隊の情報を掴むことすら…内部で高杉と繋がる者を捜し出すことすら困難であろう。お前は折を見て真選組から身を引け…理由なぞ寿退社で十分だ。渋るようなら、できちゃった婚とでも言っておけ。それでも働かせる気なら労働基準局に…」
「ちょ、ちょっと待ってください!そんなこと、急に言われても…」

困惑するかたらにずいっと桂の顔が近づいた。

「いいか、よく聞けかたら…俺は昔も今もお前を大切に想っている。だからこそ、これ以上危険に晒したくない…もう二度とお前を失いたくはないからな…それは銀時とて同じ気持ちの筈だ」
「っ…小太郎さん……」
「お前も銀時を大切に想うなら…どうか頼む、あいつの傍にいてやってくれ。銀時とお前だけは幸せであってほしい…俺はただ、そう願っている…」

そして、全ての因果を背負うかのように言った。

「高杉のことは俺に任せておけ。今一度、俺があのバカを止めてみせる……たとえ刺し違えてでもな…」


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