一波乱あったものの良い息抜きになった慰安旅行も終わり、またいつもの日常に戻る真選組屯所内。
早朝、かたらが稽古着に着替えて道場へと向かう途中、一番隊隊長・沖田総悟に出くわした。こんな朝早くから見掛けるには珍しい人物である。

「沖田隊長、おはようございます。今日はお早いですね、どうです?一緒に朝稽古でも…」
「バカ言え、こっちは夜勤明け…今から寝るんでィ」

ふわわ、と大きな欠伸をひとつして沖田はかたらの横を通り過ぎていく…かと思えばすぐに足を止めた。

「オイ葉月…」
「はい?」
「…昨夜はお楽しみだったようで」
「!?」

沖田が何を言っているのかさっぱり…という訳にはいかなかった。「ゆうべはおたのしみでしたね」とくれば、昨夜ナニをしたのか知っているような言い振りだ。

「旦那とヤリまくったんだろィ」
「っ……どうして……まさか、また尾行して…!」
「バーカ、お前の顔に書いてあるっつーか…妙にスッキリした顔してりゃカマかけてみたくもならァ」
「!!」

ぼわんと頬が熱くなり恥ずかしさから、かたらは両手で顔を覆った。脳内に浮かんだ昨夜のイメージを必死に打ち消すが、一旦思い出してしまったものはそう簡単に消えてはくれない。

「葉月、旦那と仲良くやってんなら何よりでさァ…別にとやかく言うつもりはねーから安心しな」
「っ…安心しろと言われても信用できません。その前にセクハラ発言をやめてください…!」
「だったらお前もその雌豚みてーな顔をやめなせェ、俺から言わせりゃお前の存在自体がセクハラでィ」
「なっ、…それ…どういう意味ですか!?」
「ちったァ自分で考えな。分からねーなら鏡でも見てみなせェ…じゃーな、おやすみィ」

気だるげに去っていく沖田の言う通りに、かたらは手洗い場の鏡をのぞいてみた。そこに映る自分の表情が雌豚だと言うなら、きっとそうなのだろう。

旅行から帰って数日後の昨夜、かたらは銀時と会っていた。
互いに見つめ合った瞬間、互いが何を欲しているかは一目瞭然で、挨拶もなく無言の銀時に手を引かれ、着いた先は如何わしいネオンが光るラブホテル街だった。ラブホの一室に入るや否や、熱い口付けから性急に互いを求め、脱ぎ散らかした服もそのままに情欲に耽ること二時間。何度も繋がっては一緒に果てた…

昨夜を思えば体が震えるほどに、疼くように熱くなる…こんな状態で朝稽古に参加できる訳がないと、かたらは吐息を漏らした。



***



『…わりーな、しばらく会えそうにねェ』

電話越しに若干さみしそうな声色で銀時が言う。万事屋稼業は順風満帆でこのところ大小様々な依頼が舞い込んでくるそうだ。

「気にしないでください。こっちも仕事が立て込んでいて…忙しくなる予定ですから」
『そっか…じゃ、次に会うのはいつにすっかなァ…』
「わたしの誕生日、じゃダメですか?」

今は九月中旬の終わり頃、かたらの誕生日まで半月はある。

『…互いに忙しいんじゃ仕方ねーな、それまで我慢すっか……でもよ、お前の声…聞きたくなったら電話してもいい?』
「はい、もちろん」
『…お前の声なら毎晩聞きてェけど……ま、たまには我慢すんのもいいか…遠ざかるほど思いが募る、っつーし?』
「それでも…逢いたいが情、見たいが病…です」
『んなコト言われたら仕事なんざほっぽり出して会いに行っちまうけどォ?』
「ふふ、それは困ります。局長じゃないんですから、そんなことしちゃダメですよ」

近藤局長の気持ちも今なら分かる。逢いたいが情、見たいが病…故にストーカーになってしまったのだと。恋して愛する気持ちが募りすぎて抑えられず、会いたくて、一目見たくなって行動した結果…ああなってしまったのだろう。

『わーってる、仕事は真面目にやっから心配すんなってェ』
「わたしも…誕生日を楽しみに、真面目に仕事がんばりますね」
『おう、楽しみにしとけよ〜?つーか俺もお前に会えるの楽しみにしとくわ』
「はい、それまでお互いがんばりましょう」

離れていても、また会える。こうして約束を紡いでいく限り、途切れることはない。

『かたら…十月七日、待ってっからな…忘れずに来いよ?』
「はい、必ず行きます。銀時さんもケーキ、忘れないでくださいね」
『おうよ』
「…それでは、また」
『ああ、…またな……』

名残惜しげに銀時が受話器を置くのを見計らって、かたらも携帯電話の通話を切った。
暫くの間…半月ほどの間、銀時と会えなくなる。ひとつ大仕事が入って江戸を出るそうだ。寂しくても少しの辛抱、誕生日は万事屋揃って盛大に祝うとのこと…今はそれを楽しみに、仕事に精を出すしかない。実際、真選組も慌ただしくなってきたところで見廻組共々、幕府の要人数名を警護するようにと上からのお達しがあった。これから態勢を整え挑まなければならない大仕事である。



事の始まりは先代将軍徳川定々を支えていた家臣、その一人が殺害されたことだった。目撃者である遺族の証言から攘夷浪士の仕業だということはまず間違いないらしい。
要人暗殺事件…そんな不穏な気配を恐れ、先代将軍に仕えてきた者たちが公の機関に助けを求めてきた。真選組・見廻組の力を以って攘夷過激派を牽制するのが目的でもある。

「とりあえず十日間は縛られることになりそうだ」

土方はふうっと空気清浄器に向かって紫煙を吹いた。

「組分けして各要人の警護に当てる…と言っても事件の裏を探る人員もそれなりに必要だ。何が何でもアイツらより先にホシを挙げなきゃならねェ」
「あいつら…とは見廻組のことですか?」

かたらの知り得る限りでは、見廻組とは真選組同様の警察組織であり、職務の管轄区域が違うため滅多にお目にかかれない存在だ。

「まぁ、お前が来る前に色々あってだな…それについての説明は面倒だから省かせてもらう」
「わたしが来る前というと……攘夷派・知恵空党の事件ですね。隊士ひとりを人質に取られ、仲間を救うべく副長は負傷したと存じています。確か見廻組と共闘したとか…」
「そいつァ表向きの話だ。実際は見廻組と対立した挙句に万事屋まで…」
「!…銀時さんも関わっていたんですか?」

かたらの瞳が興味津々に輝いて、土方はしまったとばかりに口元を引きつらせる。

「っ…済んだことはもういい……とにかく!だ。アイツら見廻組エリート集団より先にホシを挙げる…!」
「それでは共同戦線を張ることもない、と?」
「当たり前だ…っ!!」

土方の様子からして余程、見廻組を嫌っているらしい。詳しい話は監察方の山崎に訊いてみよう、と内心思いながらかたらは手元の書類に目を通していく。これは警護する要人の情報が記された資料だ。

「今回、警護の現場は各隊長とその隊士数名に任せて、俺たちは裏で動くつもりだ。監察で集めた情報を整理しつつ目星を付ける。…ホシは何も攘夷浪士とは限らねェ…」
「…疑っているんですね?」
「内部の人間が関わってる可能性も大いにある」

この幕府において派閥は二つ、権力争いから生じた事件かもしれない。

「葉月、今回は主に山崎の補佐を頼む……お前を幕府要人に晒して素性がバレても困る…だから現場に連れてくことはできねェ」
「!…了解しました……」

かたらは言い淀み視線を下げた。
先代将軍が、それに仕えてきた者たちが、かたらの一族を屠ったという真実を知る今…それでも復讐心は生まれずにいる。過ぎたことだと理解して冷静であることは…おかしいのだろうか。記憶を取り戻したとして、そのとき自分は復讐を望むだろうか…あの男と同じように…


2 / 4
[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -