夕食は海を見渡せる露台でビアガーデン&バーベキュー、これが慰安旅行の締めだった。真選組に交じって万事屋一行も飲んで食べて大いに楽しみ、賑やかな時はあっという間に過ぎていく。

西日に照らされた海は深い夕色に染まり、もう少しで陽が沈む頃…銀時は露台の手擦りに肘をつき潮風に当たっていた。しばらくして隣にかたらが並ぶ。

「銀時さん、飲みすぎて気持ち悪いですか?」
「んな飲んでねーよ。酔っ払って醜態さらすなってクギ刺されてっから」
「そうだったんですね…もし酔い潰れても、わたしが責任を持ってあなたを自宅まで送り届けるつもりでしたよ。あの時と同じように…」
「そーいや花見の前に会ってたんだよなァ…こっちは泥酔して覚えてねーけど」

まったく我ながら見っともない姿を晒したものである。

「記憶を失ったわたしが…初めて銀時さんに出会ったときですね。路上に白猫がいると思ったら、酔っ払って寝てる人で…危うく車で轢いてしまうところでした」
「………」

銀時が何とも言えずにいると、かたらは懐かしむように語りだした。

「そういえば二度目に会ったときも酔っ払っていましたね。桜の木の下で…突然あなたが涙を流すものだから、そんなにも飲み過ぎて気分が悪いのかと焦ってしまいました」

あの不意にこぼれた涙の深さをかたらは知らないだろう。かたらを失って一度も泣けなかった自分が初めて流した涙…本心ではかたらが死んだことを認められずに、長い間ずっと心底に押し込めていた想い…それが溢れた瞬間だった。

「あー…ソレ忘れてくんねェ?恥ずかしーから」
「いいえ忘れませんよ、絶対に…だってわたしの思い出ですから」

言ってかたらは露台の階段から砂浜に下りて振り返る。

「銀時さん、浜辺を一緒に歩きませんか?バスの発車時刻まではまだ少し時間がありますし」

返事の代わりにフッと笑みを返すと、かたらは嬉しそうに恥ずかしそうに波打ち際へと先に行ってしまった。銀時も後に続き、しばらく無言で歩いたところで立ち止まり、ふたり肩を並べて夕日色の海を眺めた。

「三度目に会ったとき…あなたはとてもつらそうだった。言いたいことがあるのに言えないふうに…まるで幻を見ているかのように…わたしを見つめていました」
「………」

実際、花見で会ったかたらが本当に本物の、今生きているかたらなのかと河川敷でひとり悩んでいたとき…目の前に本人が現れた。やっぱり幻なんじゃないかと、どうしていいのか、何を言えばいいのか…そのときは頭が回らなかった。

「四度目に会ったとき…あなたの口から真実を聞いて、わたしはやっと自分の過去の一片を知ることができました」

真実の裏に隠された真実をかたらは知らない…恋人だった事実を告げなかったのは、かたら本人に自力で記憶を取り戻してほしかったからだ。

「それから何度も会うようになって…あなたを知っていくうちに気づいたんです。自分のなかに芽生えた感情…それが何を意味するのかを……最初は戸惑い葛藤もしました。記憶を無くした中途半端な人間が、愛を求めても迷惑なだけだと…あきらめていたんです。でもあのとき…」

何か言い辛そうにかたらが口を閉ざす。気になって顔を覗き込めば視線を逸らされた。

「でも?何?」
「…いえ、…あのとき……攫われたわたしを助けてくれたあなたが……その…わたしを抱いて…」

!?

「え…ちょっと待って、覚えてる?もしかして勝手にアレしたの…覚えてるっ!?」

燃え盛る楼閣から飛び降りた先の離れ座敷、そこで朦朧とした意識の中でかたらを抱いた。あのときは死を覚悟して、ならば最後に…という気持ちで身勝手に求めてしまった。

「はい……でもハッキリとじゃなくて、ふんわりとしか覚えてなくて…それでも、あなたの愛が伝わってきたから…わたしは益々悩むことになったんです」
「…あの、土下座したほうがいいよね?謝らなきゃダメだよね??アレは強姦したも同然で…」
「いえ、土下座も謝罪も要りません。あれは合意の上だったということにしましょう」

にこりとかたらが笑っても内心どう思っているのか分からない。

「それでも、許されるコトじゃねーだろ…」
「許すも許さないもないんです。わたしは傷ついていないし、ましてや恨んで憎んでいるわけでもない…あなたには感謝しているんです。七夕の日にはわたしを慰めてくれた…あの雨の夜だって、ただ黙ってわたしを受け入れてくれた……あなたには感謝してもしきれないんです。延々と燻っていたわたしを変えてくれた唯一の人だから…」
「………」
「…だから、今こうして一緒にいられることがすごく幸せなんです。幸せすぎて怖いくらいに…」

笑顔から一変して表情が陰る。

『このまま消えてしまいたい……幸せすぎて苦しいから…もう死んでもいい…』

昔、かたらが言っていたように…今のかたらも何かしら思うところがあるのだろう。きっと何かを恐れている…

「不安、か……なら今ここで一緒に死ぬか?」

ふと口から滑り落ちた台詞にかたらの瞳が揺れた。

「今が幸せだっつーなら幸せなときに心中すりゃあ幸せなままで終わるだろーよ」
「…そう、でしょうか…」
「幸せっつーモンは長く続くとは限らねェ、未来に何が起こるかなんぞ誰にも分からねーからな……だったら今ここで、互いの手首繋いで入水っつーのもアリじゃねェ?」
「……そう…かもしれないですね…」

それは喜べない返答だった。

「オイオイかたら何言ってんの?そうかもしれない、じゃねーだろォ?俺の戯言を真に受けんな」
「…わたしにはとても戯言のように思えません……もしかして銀時さんも…不安なんですか…?」

訊かれて、ひとつ溜息をつく。

「不安だとしても、俺ァ一緒に死のうとかバカな考えは持ち合わせちゃいねーよ…たとえ未来に何が待ち受けようと俺ァ幸せを求め続けてやるさ」

今度こそ、と思う。本当の幸せというものをこの手でしっかりと掴み取りたい。もう二度と大切なものを見失わないために…

「だから、かたら…お前も幸せを望み続けろよ…これから先、悲観して泣くことは許さねェ…俺と一緒に生きてェなら死に物狂いで生きて幸せを掴み取れよ……いいな?」
「っ…はい…!!」

急にかたらが胸に飛び込んできて、支えようと踏ん張ったつもりが砂に足を取られて倒れた。

「銀時さん…ありがとう…!」

胸板の上で顔を埋めたままに言うかたら。軽く頭を撫でてやればギュッと抱きついてくる。

「…大好きです…!」
「っ……分かったから、お前の気持ちはよぉーく分かってっから……その、早く退いたほうがいいんじゃね?」
「もう少しだけ…こうしていたいです…」
「いや人目もあるし……つーかお前の上司の目があるんだけど」
「え……!?」

顔を上げると少し離れたところに土方の姿があって、かたらは慌てて飛び起きた。銀時も同じく起き上がり背中についた砂汚れを払い落とす。そうこうしているうちに土方がやってきてジト目で煙草を吹かした。

「…てめーら、戯れ合いはふたりっきりのときにしやがれ。このバカップルが」
「副長っ…すみません…!」
「オイかたら、謝るこたァねーぞ。お前の上司はただ妬んでるだけだから。何ですかァ?何か問題でもォ?バカップルの何が悪いんですかァ?」
「ほざけ、バカップルのバカに付き合ってる暇はねェ…葉月、帰る時間だ。バスに乗れ」
「はいっ」

反射的に土方の後に続いたかたらが数歩進んで振り返った。

「?…銀時さん、行きましょう」

その姿が逆光で影になる。

「かたら、見ろ…陽が沈む」
「!」

すうっと、太陽が地平線に消えていく瞬間…かたらも、土方も、足を止めてその瞬間に見入った。それは神々しくも儚いひととき…

「…わたし、海で日没を見たのは初めてです。美しい光景なのに物悲しくて…何だか感慨深いものがありますね」
「そうだな…最後にいいモンが見れた」

かたらを挟んで三人並ぶ。沈んだばかりの太陽は名残惜しむかのように空をグラデーションに染めたままだ。

「…陽が沈んでも、まだ夕色は消えちゃいねェ」

銀時がそう呟いてみれば、

「夕色ならここにもあんだろ?」

土方がニヤリと笑って答えた。

「…まーな、常に夕日みたいな色のやつがいるからなァ」
「本物の夕日なんざ霞んじまうくらいのな」

かたらの頭には疑問符が浮かんだようだ。

「何です?それって…わたしのことですか?」
『お前しかいねーだろ!』

声がハモって銀時と土方は顔を見合わせた。それを見てかたらが吹き出す。

「やっぱり、お二人とも仲が良さげです」
『仲良くねーよ!!』
「ほら!声が揃ってるし、仲が良い証拠ですね!ふふっ、何だかおかしくって笑いが…」
「オイ葉月!何笑ってやがる!」
「かたら、おま調子に乗ってっと後でお仕置きすっからな」
「てめーもさり気にノロケてんじゃねェ!」
「はああ?別にノロケてねーけど?お仕置きって別にイヤラシイ意味じゃないんですけどォ?」
「イヤ訊いてねーし、聞きたくもねェェェ!!」



近くて遠い未来も、こうして笑い合えたなら…


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