信頼


真夜中、露天風呂に浸かりつつ土方は星空を眺めていた。
ここで一服できればさぞ旨いだろう、そうは思っても無理だから別のことを考える。あの化け物クラゲのせいで遠泳大会は散々だったとか、それでも真選組に誰一人として怪我人が出なかったのは幸いだったとか、かたらが無事でよかったとか、一日を振り返れば否応なしに万事屋・坂田銀時のことが頭に浮かぶ。

今回は銀時がいたからこそ上手く切り抜けられた事件であって、既に局長の近藤勲が謝意を述べ、万事屋一行を手厚くもてなしている。旅館部屋と豪華な食事を手配すると子供たちは浮かれたようにはしゃいでいた。
過去を思えば銀時に助けられたのは今回だけじゃない。今まで何度かあるが、それ以上に迷惑行為もされており、なんだかんだ衝突も多く、素直に礼を言ったことがなかった。ここは副長として何か言葉のひとつでも…

バシャッ、と水音がして土方の思考が途切れた。貸切状態だった空間に誰か入ってきた模様…どうせ見知らぬ旅行客だろうと横目をやると、少し離れた隣に銀髪の男が浸かっていた。

「……もう体は大丈夫なのか?」

沈黙するより先手を取って訊いてみる。

「……まぁフツーに動けるくれェには」

ちゃんと返事が戻ってきたことに安堵して、礼を言うなら今このタイミングだと思った。土方は意を決し口を開く。

『あの…』

何故か声がハモり、互いの顔を一旦見合わせてから視線を戻した。

「言いてェことがあるなら先にどうぞ」
「いやいや、そっちが先にどうぞ」
「イヤ悪いからどうぞ」
「遠慮せずどうぞ」
「どうぞしてどうぞ」
「どうぞって何だっけどうぞ」
「もうやめようどうぞ…じゃなくて、俺から言わせてもらうとだな…」

どうぞがゲシュタルト崩壊を起こす前に切り上げて、銀時に告げる。

「今日はてめーのおかげで助かった……ただ、真選組副長として礼を言いたかっただけだ」
「…あのさァ、礼はゴリラからしつこいほどされてんだよ。つーかテメーに礼を言わなきゃならねェのは俺のほうだろーが」

そう言われるまで忘れていた。海中に沈んだ銀時を引き上げたことをすっかり忘れていたのだ。

「かたらに聞いた、テメーが助けてくれたってよ……だから礼を言うのはこっちだ。世話ァかけたな、ありがとよ」

至って真面目に礼を言ってのける銀時に、土方は若干驚く。こんなことは未だかつてなかった…筈だ。

「…別に俺ァ恩人ぶるつもりはねェ、葉月を助けに行ったら必然的にそういう結果になっただけで…ついでに助けただけだから礼を言う必要なんざこれっぽっちもねーよ、気にすんな」

ツンデレか!と自分で自分にツッコミを入れたくなる言い回しになり、銀時のツッコミを待つも話を逸らされてしまった。

「…つーかさ、他に誰もいねーの?」
「大酒くらって皆寝てるだろーよ」
「フーン」
「こんなときぐれェしか揃って大酒できねーからな、たまにゃ羽を伸ばすことも必要だ。多少ハメ外しても目ェ瞑ってやるさ」
「鬼の副長も随分と丸くなったモンだなオイ」
「……何が言いてェ?」
「べっつにィ、楽しそうですね〜って思っただけで深い意味はねーから」
「………」

意味も何も丸分かりである。おそらく、かたらのことで気を揉んでいるのだろう。

「それにしてもあいつ…随分と打ち解けてるよな」

土方の読みが当たった。あいつとはかたらのことだ。

「…出会った頃と比べりゃあ打ち解けてはいるな。最初はただ命令に従うだけの、…人形みてェな面してた。どこかに己の意志を置き捨ててきちまったみたいに…記憶喪失の人間ってェのはそういうモンだと思ってた。…だが今思えば、葉月は絶望してたんだな…取り戻せない過去に苦しみ、黒く塗り潰された夢にうなされ、己自身の在り処さえ分からずに…彷徨って流されるだけの人生に絶望してたんだろう」
「………」
「でも、今は違う…葉月は変わった……葉月の心を変えたのがてめーだってことは重々承知してる。…てめー以外に、てめー以上に葉月を分かってやれる奴はいねェってこともな」

悔しいがそれが事実で現実だった。過去、かたらと共に暮らし、共に戦い生き抜いてきたこの男に勝てるとは思わない。昔も今も、相思相愛なら尚更のこと…

「なぁ…まだあいつのこと好きか?」
「!……っ…」

唐突な銀時の問い、意表を突かれて土方の呼吸が一瞬止まった。

「まだかたらのことが好きかって訊いてんだよ…なぁオイ」
「……俺が誰をどう想っていようが、てめーにゃ関係ねェことだ」

動揺を隠し、努めて平静を装う。しかし、そんな土方を見透かすように銀時は言葉を続けた。

「つらいなら手放せよ…俺が引き取るぜ?」
「…何勝手なこと抜かしやがる、誰が手放すかよ…本人が自分の意思で離れねェ限り、俺ァ手放す気はねーよ…精々ヤキモチ焼くこったな、万事屋」
「何言ってんの土方君、ヤキモチ焼いてんのはテメーだろーが」
「俺のはヤキモチじゃねェ、断じてヤキモチなんかじゃ…」

こんなときに煙草の一本でもあれば少しは落ち着くというのに…とりあえず吸ったつもりのエアー煙草で誤魔化してみた。

「別によォ、ヤキモチなんざ好きなだけ焼いたって構わねーよ…テメーは人の女、横から掻っ攫っていくような不逞者とは違うだろ」
「…えらく信用されたモンだな、俺も」
「信用してねーよ、かたらがテメーを信頼してっから仕方ねェっつーか…ただ、……」

言い淀む銀時は憂いに沈むかのようだ。体が弱っている所為だけじゃない、何か思うところがあって、それを伝えたいのだろう。

「……俺ァずっとあいつの傍にいるワケじゃねーし…本音を言やあ真選組なんぞ辞めさせて万事屋に入ってもらいてーくれェだが、それもできねーし…」
「んな心配ならてめーがこっちに来りゃあいい」
「…ちょっとやめてくんない?そーいう冗談」
「ま、冗談でも本気でも元攘夷浪士の大物を真選組に入れるワケにゃいかねーけどよ……俺が、…てめーの代わりに葉月を護ることはできる」

代わり、などと言えば不快に思うかもしれないが、他に言葉が見つからなかった。暫しの間、沈黙が続いた後…

「………頼む…」

と、小さく重く…そして切実に銀時は言った。そのたった一言を絞り出すのに様々な葛藤があっただろう。そしてこっちも、なまじ頼まれてしまえば更に責任が伸し掛かってくる…けれどもそれを重荷だとは思わなかった。

「…ああ……」

頼まれなくても、かたらが傍にいるうちは見守り、護ると誓っているからだ。


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