もはや一刻の猶予もない、血相を変えて銀時と土方は武器を振るった。かたらの下に根を張った触手の束を斬って捌いても、次から次へと新たな触手が現れ行く手を阻む。

「かたらっ…!!」
「クソッ、キリがねェ…っ!!」

触手の侵入を防いでいた水着も限界かと思われたそのとき…ブチッと何かが弾けた。ブチブチと立て続けに音が鳴り、かたらの腰周りにあった触手が解けていく。

「っ、はぁ……やっと、抜けました…っ!」

その手には一本の小型ナイフ、腰に巻いたヒップバッグから取り出したものだった。

「かたらーーー!!無事か!?貞操は無事なのかァァァ!?」
「なんつー訊き方してんだ!野暮なこと訊くんじゃねェ!…オイ葉月、平気か!?」
「はい、貞操は無事ですし…っ…平気です…!」

自由になった両手で這い上がってくる触手を掴みナイフで両断する。斬られたそれらはのたうって海中に戻っていった。

「っと、…それより、この触手の相手をするよりは本体を叩いたほうがいいのでは…」
「…確かに、このままじゃ埒が明かねェ!」
「かたら、こっちだ…手ェ掴め…!」

銀時がかたらを引き寄せて、土方が足元の触手を薙ぎ払う。やっとのことで解放されてもまだ予断を許さない…おそらく切断された触手は一時経てば再生するだろう。

「クラゲは種によっては高い再生能力を持つと言われています…でも、これだけ大きいと再生には時間がかかるはずです」
「なら本体を打っ潰して、その隙に逃げるしかねェ…あいつの弱点はおそらく体内で光る核だと思うが…」
「オイオイどーやって攻撃すんだよ、刀じゃあいつの中心に届かねーぞ?何?鬼の副長は牙突零式とかできちゃうワケ?」

銀時の言葉にフッと口角を上げる土方。

「牙突零式は無理でも、こっちにゃ切り札がある」
「切り札?」
「大丈夫だ、問題ない…後ろ見てみろ」

振り向けば、エンジンを唸らせて一艘の和船がやってくる。船外機の操作は山崎、そしてバズーカを肩に構えた沖田の姿があった。

「全員、伏せてくだせェ!!俺の取って置きの一発、このデカブツに見舞ってやりまさァ!!」

シュオッ!!バズーカ砲が発射されると巨大クラゲの傘にロケット弾が飲み込まれ内部で爆発した。その衝撃波と共に外膜が破れ飛び、ゼラチン質の肉片が四方八方へと散る。

「仕留めたかっ!?」
「イヤ、まだ中心の核が無傷だ」
「副長!今ここで倒しておかなければこの先また同じような被害が…!」
「…仕方ねェ、トドメは俺が刺す…葉月、お前は船に戻っとけ」
「!…いやです!わたしも副長と一緒に行きますっ!!」

かたらの忠実さに銀時のこめかみがピキッと動いた。

「ダメだ、お前は船で待ってろ…こいつァ副長命令だ」
「いいえ一緒に行きますから!わたしを甘やかさないでください、そう言ったでしょう!?」
「イヤこれは別に甘やかすとか、そういう問題じゃねーから!」
「それでも絶対ついて行きますっ!」

ふたりのやり取りに胸がモヤモヤする。副長とその補佐の絆は思っていた以上に強い…それがかたらの真面目な性格故のものならいいが、もしかしてそれ以上の、何か特別な感情を持っているのでは…と疑ってしまう。一瞬、銀時の脳裏にある男の顔が浮かんで消えた。昔、散々ヤキモチを焼かされた記憶までも思い出し、咄嗟に頭の中で振り払う。

「オイかたら、上司の命令に逆らうなよ…お前の代行はこの俺、万事屋銀さんに任せとけって」
「銀時さんまで…っ…」

かたらは眉を下げ不満そうに銀時を見て、土方を見る。

「葉月、俺ァ何もお前が足手まといだから置いてくワケじゃねェ…何だその、…説明しなくても分かるだろ?」
「恥ずかしい台詞は憚られるんだと、察してやれかたら」
「…なんだかお二人とも仲が良さげです」
『どこがっ!?』

とにかく今は剥き出しになった巨大クラゲの核に止めを刺すのが先決である。銀時と土方が勇み進もうとした途端、ズズズ…と海面が振動しだした。もう悪い予感しかしない。

『!!』

予感は的中、巨大クラゲの青色に光る核が赤い警告色へと変わっていき、再び辺り一帯に触手が出現して隊士たちは阿鼻叫喚に包まれた。暴走した触手の半数は見境なく人を捕らえ、もう半数は本体を護るように囲い蠢いている。迂闊に近づけばどうなるのかは想像に容易いが、それ以前に襲ってくる触手が多くて近づけない状態だった。

「っ、かたら危ねェ…!!」
「銀時さんっ!!」

かたらを庇って銀時が触手に捕まり、助けようとした土方の手は届かない。

「万事屋ァァァ!!」
「銀時さんん!!」

銀時は高く掲げられ巨大クラゲの真上で逆さ宙吊りになった。弾みで救命胴衣が脱げ落ちて、それでも木刀はしっかり握ったままに叫ぶ。

「かたらーーー!この触手を斬ってくれ!こっからこの化け物にトドメ刺してやらァ!!」
「!…っ…やってみます!!」

手に持ったナイフは一本のみ、投げて外せばそれで終わり。ナイフ投げなど久しくて成功するかも分からない…しかし、自信がないと弱音を吐くよりは己の技術を信じるしかなかった。
かたらはナイフの刃部を持ち、回転打法で思い切って目標に投げつけた。ナイフはくるくると回りながら触手に命中、切り離された銀時は真っ逆様に落ちていった。

「うらあああああっ!!」

木刀を構え、巨大クラゲの中心へと飲み込まれる銀時…その姿が消えると、カッと眩い赤色が周囲を照らした。灯滅せんとして光を増す…その最後の灯が弱まると同時に、核が崩壊していく。

「っ…やりやがった…!」

銀時があの化け物に止めを刺したのだ。

「銀時さん…っ…!」

分散し始めた巨大クラゲの肉片が水に浮かんだ氷のようにキラキラと光っては波間で揺れた。それはやがて海に溶け消滅するのだろう…それよりも、銀時が浮かんでこないことが気掛かりだった。

「副長、銀時さんは泳げないんです!…わたし、ちょっと行ってきますね」
「オイ葉月っ、無理すんじゃねェ…」

土方の制止を振り切り、かたらは少し泳いで場所に見当をつけると、大きく息を吸い込んで海中に潜った。
クラゲの残骸が浮遊する中、沈みゆく人影が視界に映る。もっと深く潜水して必死に手を伸ばし、ようやくその体に届いたとき…銀時の意識はなかった。まるで眠っているかのように。あの日、抱かれた夜、隣で安心しきった幼子のように寝ていた銀時をふと思い出す。

かたらはその唇を塞いで酸素を送る。ふたりの間から気泡が生まれ、それだけが頭上へと去っていく。海中では人工呼吸もままならない…早く上へ戻ろうと銀時の腰を掴み必死に泳いだ。けれど、なかなか浮上できずにいた。深みに嵌まって抜け出せなくなっていた。

次第に息が苦しくなって、かたらは目を伏せる。もう抵抗するだけの力もなくなって…なけなしの力を振り絞っても、きっと空には届かないような気がした。ここであきらめたら銀時は…大切な人はどうなる?一緒に死ねたなら幸せだと…そう一瞬でも考えてしまった自分を、銀時は許してくれるだろうか…?

かたらはぎゅっと銀時を抱きしめた。
一緒に死ぬよりも、一緒に生きたかった…そう思うなら最後まであきらめずに抗うのが正しいはずだ。たとえ助からなかったとしても最後まで…かたらが顔を上げると、そこに土方がいた。

!!

土方はフッとやさしい表情を見せて頷く。もう安心しろと言うように微笑んで、かたらと銀時をまとめて引っ張っていく。かたらも微力ながら足を蹴って海面を目指した。ほら、空はすぐそこにある。





銀時が目を覚ますと、まず最初に見慣れぬ天井が見えた。少しだけ顔を横にすれば窓から射し込む西日に目が眩み、そこへスッとひとつの影が現れる。

「銀時さん、気がついたんですね…!」

かたらの声…逆光に夕日色の髪が照らされ輝いて、まるで天女が舞い降りたかのようだった。まったく現実感が湧かない。

「……こいつァ…夢か…?」
「夢じゃないですよ、わたしがここにいるでしょう?」

そっと手を握られて、そのぬくもりを確かに感じた。

「よかった…!銀時さんが助かって…本当によかった…っ…!」

かたらの表情が緩み、瞳から溢れた涙が頬を伝って落ちていく。それを見てやっと思い出した。何が何してどうなったのかを…

「そういや…気ィ失う前に人魚が見えた……お前だろ?俺を助けたの…」
「半分だけ…いえ、三分の一くらい正解です」
「?…何それ…」
「わたしだけの力じゃとても引き上げることは難しくて…土方副長が助けてくれたんです」
「…そうか……すまねェ…心配かけちまったな…」

かたらの頬を撫でようと、伸ばした手は異様にだるくて重かった。それでも何とか触れることができたのは、かたらが腕を支えてくれたからだ。

「まだ無理して動かないでください…クラゲの毒で全身痺れているはずですから」
「何…あいつ毒持ってたの…?」 
「あの光る核に含まれていたようです。消滅する前に触れた銀時さんだけが毒に冒され、他の者はみな無事でした」
「ああ…どうりで、突っ込んだとき激痛が走ったワケだ…」
「わたしたちが無事だったのも、あなたのおかげなんですよ?…だから礼を言わせてください……銀時さん、ありがとう…」

言葉だけじゃなくて、唇にやわらかいものが触れた。かたらからの口付けだった。

「…大好きです……」

吐息で囁くかたらに口を塞がれ、されるがまま…返事も言わせてもらえずに、ただただ受け止める。その愛がとても愛おしかった。


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