冷たくて気持ちいい…心地よい波に揺られ、かたらは土方の後を泳いでいく。記憶を無くしても体が泳ぎ方を覚えているおかげで何の苦もなく前に進む…けれど、遠泳をするにあたっての問題は持久力、いかに無駄な力を使わずに長時間持ち堪えられるかだ。しかし一番の問題は土方のペースについていけるかどうかであった。ここは副長補佐として遅れる訳にはいかない。

「!……副長ってば…やさしい、ですね…」

いつの間にか、かたらの隣に土方が並んでいた。

「っ……何がだよ…」
「だって、…わたしのために…ペースを落として…」
「っ、お前のためじゃねェ……少し疲れただけだ…」

心なしか照れているような声を返されて、かたらは微笑む。無愛想な言い方をしつつ愛想がある…土方のそういうところが可愛いと思う。かたらは土方の好意に甘え、自分のペースで泳ぐことにした。

「……何アレ、何なの?スゲームカツクんですけど」

一方、銀時はジト目で不貞腐れていた。仲良さ気に泳ぐかたらと土方が気に食わない。やっぱり嫉妬してしまう。

「旦那も一緒に泳いだらどうですか?結構楽しいですよ?」

何も知らない山崎に、銀時はキッと鋭い視線を向けて睨みつけた。泳げたならとっくにそうしている。

「あの山崎さん、銀さん泳げないんです」
「え?そうだったの?…知らなかった…」

新八がこっそり耳打ちすると山崎の顔が青くなった。余計なことは言わないに限る、口にチャックをしておこう。



遠泳大会は順調だった。近藤を先頭に次々と隊士たちが折り返し地点の岩島まで辿り着き、給水所代わりの和船から飲用水を補給する。それから岩島を一回りして海辺へと向かい戻っていく。
後方にいた土方とかたらも少し休んだのち岩島を回り込んだ。銀時たちが乗る和船は手前で待機させているため、岩島の裏手は見えない。

「!…副長、この小さな島には鳥居があるんですね」
「ああ、…ちょっと寄ってくか……足元、気をつけろよ」
「はい…」

岩島の裏には階段のような足場が作られていた。数段上れば鳥居が目前に迫る距離で、その奥には石像がある。それは荒波で削られたのか、何の神様を祀っているのかさっぱり分からなかった。
土方は段差に座ると防水煙草ケースの蓋を開け、一服すべく煙草に火を点ける。かたらは手持ち無沙汰から鳥居の前で手を合わせた。

「…何を祈った?」

言ってから不躾な質問だと土方は後悔する。ただ、かたらの思考を知りたいが故の純粋な気持ちで訊いてしまった。

「遠泳大会が無事に終わりますように…って単純なお願いをしたんです」
「そうか…」
「この遠泳を乗り切れば、あとは楽しいイベントばかりですからね」
「泳ぐのキツイか?キツイなら船に乗ってても構わねーぜ?無理して俺に付き合うこたァねーんだ」

これも失言だったようだ。かたらはきゅっと口を結び、土方の隣に座り込む。その大きな瞳が間近に迫り土方は焦った。

「副長こそ、無理してわたしの遅いペースに合わせなくていいんですよ?ゆっくりすぎて逆に疲れるでしょう?」

言って少しだけ唇を尖らせるかたら…その唇が若干アヒル口で可愛いとか、艶があってやわらかそうだとか、意識し始めたら止まらない。

「お、俺ァ別に無理してねーよ…それに疲れてもいねェ…」

唇から胸元に目が行く…否、これは向こうから勝手に視界に入ってきたものだ。そうは思っても前屈みのチラリズム、水着の谷間もとより胸のボリュームが刺激的過ぎて、なおかつ惜しげも無く晒された太腿の誘惑に勝てる気がしない。欲求不満もいいとこだ…土方は視線を逸らし、苦し紛れに煙草を吹かした。

「わたし、やっぱり迷惑でしたか?」
「バカ、んなこと一ミリたりとも思っちゃいねェ…ただ、お前のことが心配で…無理してほしくなかっただけだ…っ」
「…副長はやさしいですね。やさしすぎて…物足りないんです」
「物足りない…だと…?」

どういう意味で物足りないというのか。

「もっとビシバシ厳しいくらいに指導してください。剣術稽古だって、いつもわたしに指導する役を与えるだけで、副長はわたしの相手をしてくれませんし…わたし、副長補佐としてもっと強くなりたいんです。そのためには無理することも必要だと思うんです…!」

ああ、そういう意味か…土方は携帯灰皿に煙草を押し付けた。

「…要するに、甘やかすなってことか」
「はい」

確かに打ち解けた分、仕事でも甘やかしていたかもしれない。否、甘やかし過ぎていた…それは告白してフラれても勝手に恋心を抱いたままでいる所為だろう。

「向上心があるのはいい…が、体壊すまで無茶しやがったら承知しねェ…分かったな?」
「はい!」

かたらの笑顔が胸に突き刺さるようで、土方は苦笑する。複雑な想いは惚れたが因果、どうしようもないことだった。



「…何かさっきから嫌な視線を感じるんだけど、気のせいかしら?」

お妙が微笑みを浮かべたままに言う。岩島を折り返し暫くした頃で、和船に乗ったメンバーは変わらずに万事屋三人とお妙、山崎である。かたらが一向に戻らないことが不満で、銀時はタオルで顔を覆い不貞寝していた。

「姐御、気のせいじゃないアル。船の後ろに海ゴリラがくっついてるネ」
「まあ、大変」
「いやあハッハッハ、見つかってしまいましたかぁ!流石お妙さん、そんなに俺のことが気になっていたとは露知らず、もっと早くご一緒させてもらえばよかったですっ!」

言いながらちゃっかり船に乗り込む近藤に、お妙は反撃に出た。

「あら近藤さん、隊の局長ともあろう方がこんなところにいていいんですか?先導するのが長たる役目じゃないんですか?」
「お妙さん、心配は無用です!あいつらはしっかりしてますし、何か問題があってもトシがついているんで大丈夫です!」
「そうやって土方さんに頼ってばかりだと局長の威厳が失われてしまうんじゃないですか?」
「ハッハッハ、これは手厳しい…事実、皆を指導をしているのは副長のトシですから。俺なんかは普段お飾りみたいなモンですよ!」
「土方さん苦労してるんですね、かわいそう…飾りでいいなら動物園のゴリラが局長でもいいんじゃないですか?」
「またまたそんな冗談を〜」
「そうだわ!代わりに近藤さんが動物園のゴリラに永久転職したらいかがです?そうすれば私もストーカー被害に遭わず安心して暮らせると思うんです」
「おっ、お妙さん……」

涙目の近藤に居た堪れなくなって山崎が口を挟む。

「局長!船の操作、頼んでもいいですか?泳ぎに戻りたくても誰も交代してくれないし…あの、局長さえよければ…」
「ザ、ザキィィィ…!!」

近藤に笑顔が戻る。船に残る口実があれば誰も文句は言わないだろう…と思ったら、もう一人の強敵が口を開いた。

「船の操縦なら私だってできるアル!私に任せるネ!フンッ…」

バキッと小気味よく船外機のシフトレバーが折れ、どこかに歪みが生じたのかエンジン音が途絶えた。銀時以外の視線が神楽に集まる。

「…折れちゃった、ゴメン…どうしたらいいアルかコレ」
「ちょっと神楽ちゃん!何やってんの!?船が動かなかったら戻れないでしょーが!!」
「まーまー落ち着いて新八君…大丈夫、故障したときのためにオールがあるから」

山崎は備え付けの櫂を取り出して新八に手渡すと、素早く水泳帽とゴーグルを装着して縁に足をかけた。

「それじゃ局長、俺行きますね!新八君、あとはヨロシク!!」

言って船を下り、波飛沫を立て泳ぎ去っていく山崎であった。

「逃げたアル…」
「オイさっきからユッサユッサ揺れが激しくて眠れねーんだけど、何してんだテメーら……オイオイこんなことろにゴリラがいんだけど何?何なの?動物園にでも辿り着いたワケ?」

むくりと銀時が起き上がって目をこする。

「あ、銀さん…何でもないですよ、山崎さんとゴリラが交代しただけです。あと神楽ちゃんが船外機のレバー壊しちゃって操作不能です。でもオールで漕げば問題ないと思います」
「フーン…で、かたらは?」
「まだ泳いでますよ……アレ?土方さんと少し離れてます…かたらさん、疲れちゃったのかな?」

新八の言う通り、土方とかたらの間が十数mほど開いている。というかその前にこの船とかたらの距離が離れてしまっていた。

「オイ神楽、責任取ってかたらのところまで漕げよ」
「仕方ないアルな…海ゴリラ、お前も手伝えヨ」

神楽と近藤が船体に櫂を設置して、今から漕ぎ出そうとした瞬間に異変が起こった。

『!?』

和船がゆらりと大きく揺れ、皆必死に縁にしがみついた。風もなく穏やかだった海、その波間が膨張するように盛り上がっていく。

「ぎっ、銀さんんん!!下にっ、下に何か…得体の知れない何かがいます…っ!!」
「なっなな何がいるってんだ!?クラーケン?イヤそれダイオウイカじゃね??つーか転覆したらヤバイから!銀さん泳げないからァ!誰か救命胴衣取ってェェェ!!」
「銀ちゃん!ダイオウイカって食べれるアルかァァァ!!」

番傘を畳み、更に櫂を持って二刀流の構えを見せる神楽をお妙が止める。

「ダメよ、神楽ちゃん!危ないわ!!それにダイオウイカは美味しくないって聞いたことがあるわ!!」
「お妙さんんん!ダイオウイカはスルメにすると案外食べられるってこないだテレビでやってましたよぉぉぉ!!」
「イヤあんたらそんなコト言ってる場合じゃ…」

ズズズと海上に現れたそれは丸くて透明な山のように見えた。山というよりはきのこの傘…内部には臓物らしきものが透けて見える…どこかで見たことがある生物だった。

「…もしかしてクラゲですかコレ…こんな巨大なクラゲって地球上に存在しましたっけ…?」

一旦、静まり返ってそれぞれが息を呑む。これは嵐の前の静けさか…


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