「遠泳大会といっても速さや時間を競うわけではないので、自分のペースでゆっくり泳いでもらって大丈夫です。コースはここの海辺からあそこの岩島までの距離およそ二海里、往復して約8km弱になりますね。途中、つらければ手を上げて伴船に助けてもらってください。体に異常をきたした場合も同じくそのまま船に止まって棄権してくださいね」

かたらの説明に銀時の顔が蒼白になっていく。

「真選組では週に何回かプールに通って体を慣らしてきましたけど、銀時さんと新八くんは事前の準備もなく参加するわけですから、絶対に無理しちゃだめですよ」
「つーか絶対に無理だから棄権してもいい?」
「銀さん、ちょっとでもいいからがんばりましょうよ。遠泳は基本平泳ぎですから、それなら銀さんだって少しは泳げるでしょ?」
「平泳ぎも無理!ホントに無理だからァ!!プールならまだしも足がつかない海なんてぜっったい無理ィィィ!!」

本気で嫌がる銀時を見て、かたらは口元に手を当てた。

「銀時さんて、もしかして…」
「そうアル、銀ちゃんはカナヅチでちっとも泳げないアル。まったく情けない男ネ」

番傘を持ち直しながら神楽が言えば、お妙も賛同して頷いている。

「本当、運動神経だけはいいはずなのにどうして泳げないのかしら?もしかしてアレかしら、頭が天パだと水中でバランスが取れないのかもしれないわね」
「天パのせいにすんじゃねーよ!天パは悪くねェェェ!!」

銀時は浮輪を抱いて蹲った。やっぱり子供みたいなところが可愛くて、かたらは笑んでしまう。

「銀時さん、泳げないならその浮輪を使ってください。土方副長には黙っておきますから…それと、お妙さんと神楽ちゃんはわたしと一緒に伴船に乗りましょうね」
「何で女子だけ船なんだよっ!ずるくねーか!?…ってアレ?かたらも遠泳に参加するんじゃなかったっけ?」
「もちろん参加します。でも…あそこに船があるでしょう」

かたらが指差した砂地には和船が五艘並んでいた。一艘、十人ほど乗れそうな大きさである。

「交代で伴船の番をするので、わたしは後から海に入るんです。銀時さんが溺れたらすぐに助けますから、安心してくださいね」
「溺れる前に助けて、頼むから、300円あげるから…っ!!」
「かたら、銀ちゃん甘やかしちゃダメヨ。ロクな人間にならないネ…ま、今更矯正できないけどな」
「そうよ葉月さん、溺れても放っておけばいいのよ。そうすれば死に物狂いで泳げるようになるんじゃないかしら」
「何で命懸けで遠泳しなきゃいけねーんだよ!だったらオメーらがやってみやがれ!」
「いやアル、傘持って泳げないし」

ちゃっかり直射日光に弱い夜兎族の性質を盾にする神楽も、其の実泳ぎが得意ではない。

「そうね、参加するのも楽しいかもしれないわね。私は泳ぐの好きだし、思い切って遠泳に挑戦してみようかしら」
「イヤ姉上、絶対ゴリラにストーキングされますよ」
「まあ、せっかくの海なのに残念ね…誰か海ゴリラを駆除してくれればいいのに…」

お妙の笑顔の裏にはドス黒い感情が渦巻いている。日々、近藤にストーカーされる鬱憤が溜まりに溜まっていた。

「姉上、海ゴリラは一頭だけだからいいけど、さっき海に入ったらクラゲが結構いましたよ」
「クラゲが?それはちょっと嫌ね、刺されたら痛いし…やっぱり泳ぐのやめておきます」
「新八ィ、クラゲって食べられるアルか?私お腹すいたヨ」
「僕が見たのは食用じゃないから食べられないと思うけど…」
「神楽ちゃん、お腹すいたんだね…それじゃあ、まず先に軽食を取りましょうか。銀時さんと新八くんは泳ぐ前なので食べ過ぎないようにしてくださいね」

かたらの言葉に喜んで神楽は我先にと出店へ向かい、志村姉弟も後に続いていった。しかし銀時だけ沈んだ顔つきのまま動かない…見兼ねてかたらはこっそり銀時の手を握った。

「銀時さん、そんなに落ち込まないでください。大丈夫ですよ、スタートしたらできるだけ早くわたしの船に乗せますから」
「ホ、ホントにィ!?」
「はいっ」
「かたら……っ!!」

銀時がかたらを抱きしめようとすると浮輪に間を隔てられた。「人前でイチャイチャは禁止です」とかたらがはにかみながら言う。それでも強引に抱きしめて、見ている奴らにかたらが俺の女だということを知らしめてやりたい…銀時はそんな感情と衝動を抑え込み「了解」とだけ返した。



正午になり、いよいよ遠泳大会の始まりである。近藤の掛け声を合図に、皆一斉に駆け出し海へと飛び込んでいった。

「始まったアル!銀ちゃんも浮輪付きなら大丈夫アル、きっと何とかなるネ!」
「新ちゃんだって、がんばれば完泳できるかもしれないわ」

先に沖合いに出た五艘の和船、その内の一艘に女子が三人乗っていた。船体にビーチパラソルを立てたその下に神楽とお妙、かたらがさながら女子会の如く和気藹々とお喋りに興じている。

「あー、日差しのせいで肌がヒリヒリするアル…」
「神楽ちゃん、ちゃんと日焼け止め塗ってきた?…塗ってないの?」

かたらは自分のポーチから日焼け止めを取り出した。丁度、塗り直そうと思っていたところで、神楽にも進めてみる。

「それじゃあ、これ使って。肌に負担をかけずに、しっかり紫外線を防いでくれる日焼け止めクリーム。よかったらお妙さんも使ってみてください」
「かたら、ありがとネ!」
「ありがとう、葉月さん。塗り直すなら背中を塗ってあげるわ」
「頼んでもいいですか?ありがとうございます!じゃあ、お願いしますね」

女子が楽しそうに日焼け止めを塗りっこしている間に、先頭を切って海面を掻き分けてきたのは近藤だった。

「お妙さあぁぁんん!!俺、お妙さんのために一番乗りで岩島まで行って戻ってきますっ!!そしたらこの船で休憩させてくださいいい!!」
「海ゴリラ出たアル」
「まあ近藤さん、無事に戻ってこられるといいですね〜…岩に頭ぶつけて死にさらせ」
「局長!あまり急ぐと足をつってしまいますよ〜!無理しないでくださいね〜!」

かたらの忠告も空しく、近藤はクロール泳ぎ全力で遠ざかってしまった。
それから暫くして、わらわらと隊士たちが船の横を通り過ぎ…その中にいた土方がかたらの船へと近づいてきた。

「副長!…どうですか?」
「どうですかって…やたらとクラゲが多い」
「ですよね、もし大きいクラゲを見かけたら避けてくださいね!毒を持っている可能性があるので」
「怖いこと言うな…それより遊んでねーで仕事しろ。ちゃんと俺の後について来い、行くぞ」
「あの副長、先に行ってください…今ちょっと取り込み中でして、日焼け止めを塗ったらすぐに追いかけますから」
「はぁ?日焼け止めって……まあいい、早く追いつけよ」

言って土方も離れていく。あとは銀時と新八を待つだけで…その二人は今どうしているのだろうか。かたらが海辺のほうに目を向けると、それらしき二人が波間に揺れていた。

「浮輪って以外に進まねーのな……アレ?ちょ、新八ィ!銀さん置いていかないでェェェ!!」

どん尻にいる銀時は浮輪を装着した状態で必死にバタ足するが、なかなか思うように進まない。すでに足は海底から離れていて…そのことが銀時を一層不安にさせた。かたらの船までどうやって辿り着けばいいのか…こうなったら頼みの綱は新八だ。銀時はどこからか取り出したロープを投げ縄にして放った。

「なっ!?銀さん何やって…うぐ、っ…!!」

ロープの輪っかが新八の首に掛かりギュッと締まる、というか絞まる。このまま新八に浮輪を牽引してもらえば無事にかたらのもとへ行ける手筈だ。

「よし!行け、ぱっつぁん号!!」
「よし!じゃねーよ!!ぱっつぁん号て何!?かたらさんにいいとこ見せたいなら自分で泳げやあァァァ!!」

ブチキレた新八は銀時の浮輪に指を突き立てた。秘孔を突かれた浮輪から空気が漏れ出して銀時が悲鳴を上げる。

「アーーーッ!!新八てめっ何してくれてんのォォォ!!溺れちゃう!銀さん溺れちゃうううー!!」
「一度溺れたほうがいいと思いますよ」
「っ…ふざっけんな!…ぷあっ…オメーも道連れにしてやらァァァ…!!」

銀時が背中にしがみつき新八は動きを封じられた。

「ぶあっ…銀さ…んぷぁ、っ…やめ……たすけ、てェ…!!」

結局一緒に溺れる羽目になり、無理心中になるかと思われたそのとき…オレンジ色の救命浮輪が飛んできた。

『!!』
「それに掴まってください!!…引き上げますよ、いいですかぁー?」

約束通りかたらの助け船に乗り込んで、銀時と新八は咽ながら息を整える。

「うえェ、っ…銀さんのせいで海水飲んじゃったじゃないですか…」
「あん?…俺だってなァお前のせいで海水ガブ飲みしてんだよ…人の浮輪に秘孔突きやがって、メガネの分際でェ」
「そのメガネに投げ縄つけたバカヤローはアンタでしょーが!」
「新ちゃんも銀さんも、いい加減にしてください。精神を鍛え直す折角の機会だったのに…これじゃあ海ゴリラに笑われてしまうわ」

お妙にとっては屈辱的なことである。

「んなこと知るかっ、泳げねーモンは泳げねーの!」
「姉上、何かもう海水飲んだら…気持ち悪くて…おええ゛」
「何産気づいてるアルか新八、ここで吐くなヨ」
「…それじゃあ、銀時さんと新八くんは棄権ということにしましょう」

かたらはぐったりした男二人にタオルを差し出して言う。

「土方副長の強制には最初から無理があったんです。もし命にかかわるようなことになれば、その責任を問われるのはわたしたち真選組なのに……お二人とも、無理をさせてしまってごめんなさい…」

申し訳なさそうに謝るかたら。その生真面目さに皆の視線が集まって、かたらは「?」と小首を傾げた。皆が皆、同じことを考えていた。真選組にかたらを置いておくのは勿体無い、と。

伴船としての役目を果たすため、万事屋一行を乗せた和船はエンジン音を鳴らしながらゆっくりと前へ進んでいく。かたらは船外機の操作をしつつ土方を探した。すると土方がこちらに気づいて近寄ってきた。

「…何で万事屋一行が船占領してんだよ」
「あの色々ありまして、お二人とも棄権することになりました。それより副長、交代します…?」
「俺はいい…だが葉月、お前はこっちに来い…船の操作は山崎と交代だ」

土方の後ろに控えていた山崎が顔を上げる。水泳帽とゴーグルで誰なのか分かりにくい姿であった。

「了解しました。山崎さん、お願いします」
「OK、かたらさん…がんばってね」

山崎が船に乗り、かたらは場所を譲って立ち上がる。そのまま上着のパーカーを脱ぎ、腰に巻いたヒップバッグの位置を整えて一呼吸…

「…それでは、行ってきます」

皆の顔を見渡したあと、銀時に微笑んでかたらは船から海面へと下りた。


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