大型バスが連なって海沿いの道を走っていく。
窓から眺める景色、その美しさに見蕩れてかたらは頬に手を当てた。海は太陽の光を受け煌めいて、鮮やかな青空には綿菓子みたいな夏雲が浮かぶ。真夏の海を見るのは随分と久し振りで、気を抜けば子供のようにはしゃいでしまいそうだ。

「海は好きか?」

隣に座る土方の唐突な質問にかたらは振り返る。

「はい、義父が休暇の度によく連れて行ってくれたので……海は眺めているだけで気持ちが安らぎますね」
「そいつは俺も同感だ…早く夕日に照らされる海を拝みたいモンだがな」
「遠泳大会が終わったら思う存分見れますよ。副長、一緒に夕日見ましょうね」
「…ああ、楽しみだ」

笑顔のかたらに土方も微笑みを返す。一緒に夕日を眺める…そこに特別な意味はない。かたらは副長補佐として常に傍にいるだけであって、そこに特別な感情は一切ないのだから…何かを期待するだけ無駄というものだ。

土方は再び景色を眺めはじめたかたらの横顔を盗み見る。片想いでいいと決めた筈なのに、日増しに恋心が募っていくようで、何もできないことが苦しくて、いっそ手放してしまえば楽になると思っても、手放すことなど到底できなくて…ただ己の独占欲に逆らえずにいる。誰にも渡したくない、自分だけのものにしたい…そんな想いを心底に隠しておく。誰に知られることのないように…



真選組遠泳大会!一泊二日慰安旅行、一日目。
貸切のビーチに集まった屈強な男たちは皆、黒の水着(ハーフスパッツ)で揃っている。そして真選組の紅一点、かたらは黒のタンクトップとショートパンツ、所謂タンキニタイプの水着でその上に半袖パーカーという姿だ。

「皆、旅行のしおりに目を通したものとして、細かい説明は省く!」

局長・近藤勲が隊士たちの前で声を張り上げる。

「本日正午より、予定通り遠泳大会を実行する!時間まで各自軽食を取り、準備運動を忘れずに、海に入って体を慣らしておくように!以上、一時解散!」

至って簡潔に言いその場を切り上げると、隊士たちは海の家や出店へと散っていった。残されたのはいつもの三人とかたらである。近藤はかたらに向き合って何やら照れた様子でモジモジしていた。

「かたらちゃん、困ったことがあったり、セクハラされたりしたら遠慮せず俺に言ってね。何でも相談に乗るからねっ」
「はい!局長、お気遣いありがとうございます」

律儀に頭を下げるかたらの胸元に目が行ってしまい、近藤の頬が赤く染まった。

「近藤さん、鼻の下伸びてる。そもそもアンタの視線がすでにセクハラだと思う」

土方は首にかけた防水煙草ケースから一本取り出して火を点ける。かたらの露出については極力意識しないように努めるしかない。しかし、沖田はいつもの如くストレートに言い放つ。

「葉月、お前やっぱ胸でけーなオイ」
「コラ総悟!!セクハラ発言は控えなさいっ!確かにかたらちゃんは胸が大きいけれど、脱いだらスゴイけれど、そういうことは口に出して言っちゃダメだからね!セクハラになっちゃうからねっ!」
「近藤さん、セクハラの意味分かってるか?」
「セクハラとはセクシャルハラスメントのことです!!」
「イヤ正式名称じゃなくて意味……ん?葉月、どうした?」
「あの…副長……あれ……」

遠い目をしたかたら、その視線の先には…見たことのある連中がいた。銀髪天パとメガネとチャイナ、そしてメガネの姉貴だ。

「オイ葉月、どういうことだ?どうして万事屋がここにいる?まさかお前、話して…」
「はっ話していません、ただ…旅行のしおりを見られてしまったことはわたしの落ち度です。この間、部屋に入れたとき…机に置いてあったしおりを見て日時と場所を記憶したんだと…思います」
「…部屋に入れろと言ったのは俺だ、お前だけの落ち度じゃねェ…しかし、面倒なことになりそうだ」
「あのっ、申し訳ありません…!」
「いいじゃないかトシ!かたらちゃん!俺は構わないさ、だってお妙さんもいるし、全然まったく問題ないからね!だってお妙さんがいるんだもんっ!」
「大方、近藤さんを丸め込むために連れてきたんだろーよ」

喜ぶ近藤にあきれつつ土方は紫煙を吐き出した。

「おーいたいた、かたら発見」

案の定、ふてぶてしい表情でやってきた銀時…万事屋一行も日除けパーカーの下は水着姿だった。腕にはパラソルやシート、浮輪にビーチボールまで持っていて、どう見ても楽しむ気満々である。

「ぎ、銀時さ…」
「何でてめーらがここにいる?」

かたらの言葉を遮って土方が詰め寄った。

「何でって…俺ら海水浴に来ただけですけどォ?いや〜偶然ですねェ、真選組の皆さんもアレですか?バカが揃いも揃ってバカンスですかァ?」

何食わぬ顔で言う銀時に、土方はピキッと青筋を立てた。

「このビーチはなァ今真選組が貸し切ってんだ、関係者以外立ち入り禁止なんだよ」
「え?そうなの?んな注意書き見なかったけどォ?」
「すっとぼけんじゃねェ、お前アレだろ?どうせ葉月が目当てで来たんだろ?」
「当たり前のコト訊くんじゃねーよ、それ以外に何があるってんだ?どっかの誰かがかたらを束縛してるせいで、こちとらデートもロクにできねーんだよコノヤロー」
「だからって職場の慰安旅行にまで押し掛けてくんじゃねェ、ストーカーとしてしょっぴくぞコラァ」
「ああ?俺をしょっぴくならまずテメーんとこのゴリラストーカーをどうにかしろよ。アレ見ろ、年中盛ってんじゃねーか去勢しろ去勢」
「っ……!?」

鼻を突き合わせている間に、近藤とお妙の間に何か一悶着あったらしく、近藤が砂に突っ伏していた。その隣では沖田と神楽が臨戦態勢である。

「誰の胸がまな板だゴルァ!五年後にはめっさ大きくなってるアル!お前の股にぶら下がってる粗末なモノは五年後も粗末なままネ!」
「誰のチ○コが粗チンだコラ…チャイナ、てめー俺の本気見たことねーだろィ」
「じゃあお前の本気見せてみろヨ、今ここで!」
「…いいだろう、苦情は受付けねーからな」
「イヤいいだろうじゃねェェェ!!総悟、お前まで何セクハラしてんだァァァ!!頼むからこれ以上恥部を晒さないでェェェ!!」

沖田と神楽の間に入って阻止すると、お妙がにっこりとした笑顔を土方に向けてきた。

「土方さん…私、近藤さんにひどいセクハラを受けました。責任取ってもらえます?」
「そうアル、お前ら責任取って私たちをもてなせよ」
「接待しろってことか?ふざけんな、どうせ最初からたかるつもりで…」

ガシッと足首を掴まれて下を見れば、近藤が必死に目で訴えていた。言いたいことは何となく分かる。痛い目にあっても、惚れた女と一時でも長く一緒にいたいのだろう。

「…分かった、責任は取る。ただし、こっちの予定に合わせて行動してもらうぜ。いいな?万事屋」
「さっすが土方君、話が早い」

ニヤリと口角を吊り上げる銀時にもはや言い返す気力も失せ、土方は肩を落とした…その一方で新八とかたらは肩を並べて話し込んでいる。

「あの、かたらさん…ご迷惑かけてしまってスイマセン…」
「新八くん、わたしは迷惑だなんて思ってないよ?みんなと一緒に過ごせるなら、それはとてもうれしいことだし、きっと楽しい思い出になると思う」
「かたらさん…」
「わたしね、これからいっぱい思い出を作ろうって決めたの。真選組だけじゃなくて、銀時さんと…もちろん新八くんたちとも楽しいことたくさんしたいなって思う。だから…これからもよろしくね、新八くん」
「は、はい…!」

胸が高鳴って新八の頬が赤くなる。かたらへの好感度が上限を突き破る勢いで爆発してしまいそうだった。しかし目の前のかたらは銀時の彼女であって、ふたりは大人の関係を結んでいる訳で…この清純で美しい天使のような人がどう抱かれているのかを想像しただけで鼻血が…

「ぱっつぁん、何赤くなってんの?何で鼻血出してんの?」
「ぎっ銀さん違いますっ!これは別にかたらさんの水着を見たからじゃなくて、その…っ…スイマセンっしたァァァ!!」

新八は叫びながら海へ向かっていった。銀時とかたらは顔を見合わせて頭に疑問符を浮かべる。

「かたら、新八に何か言った?」
「楽しい思い出を作ろうね、って話していたんです」
「…まァその笑顔にコロッといっちまったのかもな、あいつ童貞だし。…それよりまず、お前に謝っておかねーと…」
「?」
「その…アレだ、押し掛けるようなマネして悪かった…な…」

少し照れながら言えば、かたらも同じく照れながら、ふふっと笑った。

「銀時さん、謝らなくても…いいんです……わたしのことが心配で…来てくれたんでしょう…?」
「…まあ、な」
「だったら…うれしいです……」
「かたら……」

「なーにいい雰囲気になってるのかなァ」

ふたりの傍に殺気立った土方が立つと、かたらは慌てて銀時から離れた。

「葉月、前に言ったこと覚えてるか?」
「はい!隊の規律を乱さないこと、仕事に差し支えないことをお約束しました!」
「そういうことだ、万事屋…てめーもここに来た以上、こっちのやり方に従ってもらう。異論は認めねェ」
「…わーったよ、大人しくしてりゃあいーんだろォ?」
「てめーにも遠泳大会に参加してもらう」
「はああ?何言ってやがんだ?無理に決まってんだろ?だって俺、泳げね…」
「だから異論は認めねェ、強制参加だ。葉月、万事屋とメガネに大会の規則を教えておけ」
「はい!了解しました!」
「正午前に集合場所に来い。それまで別行動だ」
「はい!」

土方は近藤を助け起こし、その場を後にした。残された女子が笑顔で挨拶を交わす中、銀時は涙目だった。その理由はもちろん、まったくもって泳げないからである。


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